第184話 セナの検証
昼食を食べ終えてまったりとお茶請けのせんべいを食べながら休憩をし、そろそろ人形造りにでも戻るかと考え始めた頃、ダンジョンへとアスナが再び入ってきた。出て行ってからまだ1時間半くらいなのに、もうセナに頼まれた検証が終わったのか?
「来たか。では行ってくる」
「おう。頼んだ」
椅子から飛び降り、コアへと向かうセナに声をかける。こちらを振り向きもせずに軽く手を挙げて応えたセナが隠し部屋へと続く階層に転移するのを見送り、壁掛けのタブレットのモニターへと視線を移す。さすがにこのままセナに任せて人形造りするわけにもいかねえしな。
しばらくして隠し部屋で落ち合った2人は短く会話を交わすと、スクロールと何かの入った紙袋を交換して別れた。時間にしてほんの数分だ。会話もうまくいったのかどうかの確認しかしなかったので、何の検証をしたのかさえわかんねえな。
アスナと別れたセナが階段を降りてそこに設置されていたフェイクコアに触れてこちらへと戻ってくる。その手には先ほどアスナに渡された紙袋が大事そうに抱えられていた。
「早かったな」
「うむ。アスナには私たちが何をしようとしているのか教える必要はないしな。まあラックあたりなら予想はついているかもしれんが」
「ふーん。で、その袋が検証の成果ってことか?」
「まあちょっと待て。まだ検証は終わっていないからな」
袋を覗き込もうとした俺をちょっと遮るようにしながらセナは自分の椅子へと座り、タブレットをどこからともなく取り出してテーブルへと置く。そしてそれを操作する合間に紙袋へと手を伸ばし、そこから出てきたのは……
「せんべいじゃねえか!」
「新作のダンジョンせんべいだ。先ほどアスナが持ってきた新聞に小さく記事が出ていてな、場所も近かったのでついでに買ってきてもらったのだ」
そう言ってセナが差し出してきたダンジョンせんべいを受け取る。薄焼きのせんべいをくるっと丸めて筒状にしたみたいだな。味は甘い……って辛え! 砂糖の甘さが最初に来たからそっち系かと油断していたら、舌を刺すような辛さが後から襲ってきやがる。
「水!」
テーブル上のコップへと手を伸ばし、入っていたお茶を飲んだが辛さが収まらず、水を追加してはゴクゴクと飲んでいく。合計3杯の水を飲んだところで何とか我慢できる程度にはなったが、まだ舌がヒリヒリしてやがる。なんてもん作ってやがるんだ。
「ふむ、ダンジョンの甘い誘惑と現実の辛さを表現したというだけはあるな。刺激的な味だ」
「いや、辛さを辛さで表現すんなよ」
平然とした顔のままそんな寸評をするセナのコップに水を注いでやる。表面上は平静を取り繕っているが、セナも特に辛さに強いって訳じゃねえしな。その証拠に注がれた水もすぐに飲み干してるし。
たぶんせんべいじゃなければ、「辛すぎるわ!」と怒っている気がする。せんべいだからなんとか我慢できているんだろう。なんで我慢するのかは俺にはわかんねえけど。
もうせんべいには手を伸ばさずに、セナはタブレットの操作に集中することにしたようだ。せんべいを捨てるなんてことは絶対にしないから、また後で食べるんだろう。と言うかさらっとお茶請けに混ぜられそうな気もするから、うっかり食べないように注意しねえとな。
そんなことを俺が考えているうちに検証が終わったのか、セナが小さく頷くとタブレットの操作をやめてこちらを見た。その真剣な表情に俺も居住まいを正して見返す。
「検証の結果が出た」
「おう。っていうかそろそろどんな検証をしていたのか教えてくれよ。要点で良いから」
詳細を何時間も語られても面倒だしと思って予防線を張って要点と言ってみたんだが、その結果はセナに呆れた目で見られるというものだった。
「いいか、透。背景を知ってこそ本当に理解が深まるのだぞ。要点だけ知れば良いというものではないのだ」
「まあ言わんとすることはなんとなくはわかるけどよ……」
言葉を濁した俺にセナが大きく息を吐き、指を1本立てる。
「透にわかりやすく言うのであれば、見てくれだけ整った人形造りでお前は満足なのか? ということだ」
「あー、ダメだな。外見は確かに重要だけど、心のこもっていない人形を造るなんてありえねえし」
うん。確かにそう言われてみれば納得だわ。人形を造ると決めたならまず背景を考えねえと薄っぺらい印象になっちまうからな。どれだけうまく造ったとしても、どこか違和感があったりするんだ。中と外が合っていないって言うのか?
現にアリスを造る時だって、セナが飽きて嫌がるほど何度も聞いてイメージを膨らませたからこそ納得のいく出来になったしな。
うんうん、と首を縦に振って納得した俺を見てセナが小さく笑う。
「そういうことだ。確かにそうも言っていられない時もあるがな。まあ今回は前提条件を共有しているからそこまで長くはない」
「おっ、そうなのか?」
「そもそも条件を決めたのは透だしな」
「そういやそうだったな。んっ?」
セナの言葉に納得しかけて、それと同時に覚えた違和感に首をひねる。なんかおかしいような気がするんだが。
しかしそれに俺が思い当たる前にセナが話し始めた。
「アスナに頼んだのは、今回の懸案だった外で倒されたモンスターを生き返らせる事が出来るかと言うものだ。条件を変えて数パターン検証してもらった結果、ある程度の傾向は掴めたぞ」
セナが続けて検証した条件とその結果について説明していく。
まず1つ目。
ダンジョンの外でステータスを得ていない者がモンスターを倒した場合、これは問題なくタブレットで復活させられるようだ。ただしダンジョン内で100DP以下のモンスターに限れば単純に10分の1のDPで復活させられるのに、外で倒されたモンスターを復活させる場合はそれが出来ず、召喚する時と同じDPが必要なようだ。
ちなみに車に踏み潰されても倒された事になるようだ。その場合、運転手がレベルアップするのかはわかんねえが。
そして2つ目。
ダンジョン外で探索者がモンスターを倒した場合も1つ目と同じ結果だったらしい。
まあここまでは良い結果だと言える。ダンジョンで倒された時以上のDPがかかるとしても、倒されちまった奴らを復活させられるってことだからな。
そして3つ目。アスナが倒した場合だ。
「まあ、これは想定通りリストには挙がらなかった。つまり復活は不可能と言うことだな。そして4つ目。これは明日以降になる予定だが……」
「なあ、ちょっと待てよ」
さらっと続けようとしたセナへ待ったをかける。セナは驚いた風でも気分を害した風でもなく、ただ平然とした表情でこちらを見ていた。俺が止めることなど予想通りだと言わんばかりに。
そしてその表情で俺は先ほどの違和感がなんだったのかに気がついた。以前、検証の事を聞こうとした時、セナは説明するのに時間がかかると言ったはずだ。だが実際にはほとんど時間なんかかかっていない。明らかに矛盾しているんだ。そんな事をした理由は1つ。俺に検証の方法を知られないため。
「てめえ、人形を実験に……」
「ああ、使ったぞ。悪かったな」
全く悪びれる事なく軽い口調で謝罪の言葉を口にしたセナに怒りがこみ上げ、視界が赤く染まる。自然と振り上げられた自分の拳がセナへと向き、そしてそれが振り下ろされた。
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