第183話 ミニチュア化の成果
息を止め、慎重にピンセットを動かして粘土の整形を繰り返す。既に何千回と繰り返しているが、少しでも油断すれば確実に失敗する。どれだけ慣れたとしてもそれだけは変わらない。
ダンジョン内ということもあり、物置部屋は特に暑くないはずなのに汗が頬を伝っていく感覚を覚えて作業を止める。そんな感覚があるってことは集中力が途切れてきた証拠だからな。
曲がっていた体を伸ばし、顔を作業台から背けて大きく息を吐く。前に普通に息を吐いたらせっかく造ったブロックが飛んでっちまったし。
「はぁー、やっぱきついな」
完全に固まった体をゴキゴキと鳴らして体をほぐし、力を抜く。右目にはめていたキズミを外して、用意しておいたウエットティッシュとタオルでゴシゴシと顔と手を拭いた。こもっていた熱が薄らいでいく感じがして気持ちが良い。
ミニミニゴーレムを更に小さくするために色々と試したのだが、小さくなるにしたがって肉眼では細部の確認ができないという事態に直面した。いや、大まかにはわかるんだが、細部まで確認しながら作業しねえと最終的な完成度がかなり変わってくるしな。
で、それを解決するために導入したのが、俺が右目にはめていたキズミだ。黒い円柱形の外殻にレンズのついた拡大鏡なんだが、普通はアンティーク時計の修理する職人なんかが使っている物だ。
眼窩にはめ込む方式なので、両手を自由に使うことができるし今回の人形作成にはもってこいの道具なんだが、1つ問題があった。
それは、ピントの合う範囲が狭いってことだ!
ダンジョンのDPでこのキズミを交換したわけなんだが、そこにはいくつかの倍率のキズミがラインナップされていた。そこまで高いDPって訳でもなかったんで一通り揃えたんだが……
2倍とかの低い倍率はまだ良かった。2倍に拡大されただけでもかなりよく見えたし、小さくする作業もかなりやりやすくなったしな。だが、倍率を上げていくとピントの合う範囲がどんどんと狭くなっていったんだ。
最高15倍まであったんだが、そこまでいくとちょっと首が動いただけでぼやけて見えなくなっちまうんだ。はっきり言ってこんなもんつけたまま作業できるはずがねえ。
そんな理由もあって俺が現在使っているのは主に5倍のもので、たまに3倍や7倍のものを使うって感じだ。3倍で大まかな作業、5倍で仕上げ、7倍でチェックって感じの使い方だな。
ずっと同じ倍率を使っていた方がピントの距離がずれないので良いって奴もいそうだが、作業のスピードや、同じ体勢でずっといると完全に体が固まっちまうことを考えると俺には今のやり方が一番合っている。それでも、きついことはきついんだけどな。
「さて、さっさと続きをやるか。粘土も固まっちまうし」
パンパンと軽く顔を両手で叩いて気合を入れ直す。加工する粘土が小さくなるにしたがって乾燥にかかる時間も短くなっているからな。一応乾きにくい種類を選んではいるが、時間が経つごとに加工しにくくなるのには変わりねえし。
キズミを右目にはめ直しピンセットを持って、さあ作業を再開しようとしたところで気づく。
「マジかよ」
先程まであったはずの造りかけのブロックがその場にないことに。視線を左右に振ると、作業机の奥の方に転がったブロックを見つけた。たぶんさっき俺が気合を入れなおすために叩いた手の風圧で転がっちまったんだろう。
1ブロックの大きさは既にマイクロの世界だからな。いや、そう言うと大げさか。0.4ミリって言った方が正確だよな、たぶん。まあどっちでも良いんだけどよ。
転がっていったブロックを慎重に戻して、ひっそりと気合を入れ直してから息を止め、作業を再開する。さあ、やるか。
若干フラフラした足取りで、作業していた物置部屋から出てコアルームへと向かう。手に完成したミニミニゴーレム18号を載せながら。キズミなどを使って小さくなるように改良をしていった結果、現在では全長5ミリと最初に作成した時の半分の大きさにまですることが出来るようになった。
一応ブロック単体の大きさとして当初の半分以下には出来ているんだが、人形としての完成度にこだわったりしているとどうしてもちょっとブロックの数が増えちまうんだよな。こだわらねえならブロック5個とかでもゴーレムって言えなくはねえけど、そんなのは俺の造りたい人形じゃねえし。
「おーい、セナ。とりあえず終わ……っていねえのか? 珍しいな」
いつものごとくせんべい丸の上でくつろぎながらせんべいをかじっているかと思っていたんだが、コアルームにセナの姿がない。本当に珍しいな。
情報部の立ち上げ当初とかは結構面倒を見るためにあっちの部屋に行ってたりはしたんだが、今はショウちゃんがコアルームに来て報告してくれているし、情報部もうまく機能している。味噌せんべい人形のミソノちゃんとジュモーの人形のテートの、ショウちゃんを巡る女の争いが報告に付属しているのが難点だけどな。
情報部は半ばショウちゃんのハーレム状態なんだが、全く羨ましくない。逆に大変だな、って同情するくらいだ。現実ってそんなもんだよな。って、それよりセナの居場所だ。
「せんべい丸。セナがどこ行ったか知ってるか?」
だらっとしたいつもの姿勢のまま、本当のクッションのような格好で寝ているせんべい丸に問いかけると、面倒くさそうな雰囲気をそこはかとなく醸し出しながらゆっくりとその腕を動かし、壁掛けのモニターを指さした。そしてすぐに力を抜き、だらんとした姿勢に戻る。
せんべい丸の態度に思うところがない訳じゃねえけど、まあ今は良いや。後でぬるま湯でもぶっかけて、あいつの嫌いな洗濯でもしてやろう。
せんべい丸が指さしたモニターへと視線を向けると、そこにはセナが映っていた。というかセナだけじゃなくてアスナも映っている。そう言えば前に久しぶりにアスナがダンジョンに来てからもう10日経ったのか。
どうやら俺が来る前に既に話は終わっていたようで、アスナが3階層のボス部屋であるサンドゴーレムのいる部屋の奥に設置された隠し扉から出て行った。セナも隠し部屋の奥に設置された階段を下り始めたので、しばらくしたら戻ってくるだろう。
そう結論づけて、コアルームの机の隅に用意された試作品の人形たち置き場へとミニミニゴーレム18号を並べる。ブロック造りのミニミニゴーレムが並んだ姿はどこかミニチュアのお城を守る城壁のようにも見えるんだよな。まあ隙間が開いているし、大きさもだんだんと小さくなっているから高さが均一じゃなくて斜めになっちまっているが。
ここにはミニミニゴーレム以外にも髪の毛で造ったミニミニ人形であるオカミさんシリーズとか、服の縫い糸で造ったミニミニ人形であるウェアシリーズなんかもいる。
一応この2つのシリーズの作り方はほぼ同じだ。元となる小さい人形を粘土でパーツ単位で作り上げておいて、そこに髪の毛や縫い糸を巻いて形作っていく。わかりやすく言えば全身に包帯を巻いている感じか。最終的にはその包帯部分が人形の本体になる予定だ。
これがなかなか簡単なようで難しくて、ラインが乱れちまうと美しくねえし、あんま隙間が空いちまうと人形らしくなくなっちまうんだよな。まだまだこっちも完成って訳じゃなくて工夫の余地有りってところだ。
最初はこいつらも普通に並べていただけなんだが、ゴーレムが城壁のように見えてきたのでちょっと遊び心を出して今は色々な格好をしている。二人並んで散歩をしていたり、お茶会をしていたり、寝転んでいたりと様々だ。
息抜きで造った小物なんかも使って少しずつらしくなっていくのが楽しいんだよな。たまに息抜きが本気になりそうな時があるのが問題だけどよ。
「んっ、透か。試作は出来上がったのか?」
「おう、またちょっと改良したぞ。こっちの完成度も上がったしな」
コアルームへ転移してきたセナが俺へと声をかけてきた。それに答えつつ、箱庭のような試作人形置き場を指さすとセナが苦笑いを浮かべる。まあ、セナにとっては不必要な物だろうし、その反応も仕方ねえか。
「そうか。こちらもアスナに実験の依頼をしておいたから、これで大まかな目途はつくはずだな」
「そういや、実験って何をするんだ?」
「まあ、待て。今日中に結果が出るはずだからな。結果を整理してから教えてやる。それとも詳細を語ってやろうか。軽く数時間程度は……」
「さーて、そろそろ飯の時間だな。ちょっとククの所に行ってくるわ」
不穏なセナの言葉が聞こえなかったふりをして、コアルームからククの調理場へと向かう。今日の飯はなんだろうな!
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