第182話 人形試作開始
走って出て行った警官の反応からしても、おそらくすぐに依頼は受注されるだろう。今の状況では階層を拡張できるっていう報酬は喉から手が出るほど欲しいだろうしな。それに動員する人間だって、まだまだダンジョンに入っていない警官や自衛隊の奴らもいるから問題ねえだろうし。
日本に警官や自衛隊の奴らが何人いるかはわかんねえが、少なくとも今まで入った数よりは確実に多いはずだ。身内を動かせるならそこまで時間はかかんねえだろ。あと問題なのは……
「あとはどれだけ俺たちが疑われるかってところか?」
「そうだな。とは言えマットの言ったとおり多少は仕方ないと諦めるしかないだろう。確かにDPを稼いで見つからないように工夫した方が建設的だしな」
肩をすくめながらセナが応える。
探索者が増える可能性が高い現状、俺たちにとってもダンジョンを拡張するってのは必須事項だった。もちろん拡張しなくても一定数の受け入れは可能だ。しかし問題なのは、俺たちが拡張しなかったら受け入れきれない者たちが出てしまうことだ。
受け入れきれなかった場合、どうなるかなんて考えるまでもねえ。人的なコストはかかるだろうが他のダンジョンを使うに決まってる。そうなったら俺たちのダンジョンはある意味で終わりだ。だってチュートリアルの意味が薄くなっちまうんだからな。
とは言え今の状況で無理やり拡張して、下手に疑われるのもまずい。だからこそチュートリアルダンジョン内のモンスター討伐数という相手が把握していないことが確実な数値を達成したことにして、依頼掲示板の機能が解放されたことにしようと俺とセナは考えた。しかしそれに待ったをかけたのは、その役目を引き受けるように俺たちが頼んだマットだった。
昨日、マットに依頼掲示板の機能を加えるということと、そうする理由などを伝えた。そして俺たちの説明を聞き終えたマットは、腕を組み少し考える仕草をした後、話し始めた。
「なあ、マスターはん、セナはん。今の状況では何をしても疑われるで。むしろ、それだけ大きな出来事があったのに理由として挙げん方がよっぽど怪しいわ。時期的にちょっとズレとるから他の理由をつけるのは賛成やけど」
その言葉に顔を見合わせる俺たちに向けてマットは言葉を続ける。
「というか、ダンジョンは人類にとって敵扱いやろ。そもそもそんな奴の言うことをまるっと信頼するのはよっぽどの馬鹿やで。むしろこれだけの出来事があったのに全く反応がないってことを不自然に思って疑っている奴もおるやろうしな」
「つまり理由の1つにした方が自然ってことか?」
「そやな。下手に隠して陰謀論が盛り上がっても面倒やし、しれっと条件の1つにでも挙げたほうが納得するやろ。決定的な証拠でも出てこん限り利用価値のあるマスターはんのダンジョンは現状維持やろうし、むしろDP稼いで見つからんようにした方が建設的やで」
どう思う? とセナに目配せして確認してみると、苦笑いしながら首を縦に振った。「まあ、最終的にはマスターはんの意向次第やけど」とマットは遠慮していたが、別に俺もセナも何が何でも自分たちの意見を通したいって訳じゃねえし、より良い意見が出たならそっちを採用した方が良いのは当たり前だ。ってことでマットの案が採用されたわけだ。
この依頼掲示板を実装したおかげで1から3階層の拡張は問題なく出来るだろうし、今までアスナ以外になかった外の情報の入手手段も増えた。アスナが来るのは、定期的に来ていた時でも10日から15日くらい間が空いていたから情報の鮮度で言えば、むしろこっちの方が上だしな。
逆に言えば新聞や雑誌なんかを持ってきていたアスナの仕事がなくなるわけだが、それ以外の物でも欲しいものはいろいろあるし、そっちに重点を置けるようになったと考えることもできる。今まで情報を優先して注文できなかった試してみたい人形の素材とか、セナが狙っているせんべいとか欲しいものはまだまだあるしな。
よし、とりあえずこっちはマットに任せておけば大丈夫だ。ビデオを回す警官から見えないところで顎に片手を当てた決めポーズをする余裕もあるし、問題ねえ……か? うーん、頭は良いと思うんだけど、なんと言うか本当によくわからん性格してんだよな。このダンジョンの中で一番わからんかもしれん。でもまだまだ新人だからな。少しずつ理解していくしかねえか。
で、問題はやっぱ外へ出る人形だ。いくつか案は出ているんだが、これっていう決定打に欠けるんだよな。とは言え造っているうちにアイディアが浮かぶかもしれんし、とりあえず造ってみるか。
「セナ、とりあえず試しに人形造ってみるからダンジョン頼むな」
「良いぞ。それで何に決めたんだ?」
「んー、とりあえずセナの言っていた擬態人形だな。俺も初めてだし、うまくいくかわかんねえけど」
「わかった。まあ本番は次にアスナが来て実験を行なった後だからな。無理はするなよ」
「了解」
行ってこいと手を振るセナに後を任せ、コアルームから自分の部屋の隣にある物置部屋へと向かう。なにせ擬態人形なんて初めてだ。試行錯誤が必要だろうし、色々な材料を使うかもしれねえからこっちの方が便利だしな。
自分の部屋よりよほど広い物置小屋には多くの棚が並び、アスナに調達してもらった素材や道具、その他ダンジョン産の素材やらDPで購入したものなどが俺なりに整理されて並んでいる。というか人形作りの素材の中には時間経過で劣化するものも多いからな。それに道具類は大切に扱ってこそ良い人形が造れるってもんだ。
何を造ろうか考えながら棚をめぐって必要そうな素材を取り出していく。そしてそれらを部屋の片隅にある作業用の座卓へと置いて腰を下ろす。
「擬態人形ねぇ……」
一応俺の知識の中には擬態人形なんてジャンルの人形はない。もしかしたら失っている知識の中に入っていた可能性もあるが、人形関係についてはセナが驚く程覚えているし、それ関係の雑誌を読んでもわからないところがほとんどないくらいだからかなり詳しいはずだ。擬態人形を個人で造っている人はいるかもしれんが、まあ1つのジャンルとして確立しているとまでは言えないくらいだろう。
このアイディアはセナの意見を採用したものだ。軍などが森に溶け込むために迷彩服を着るように、地上のものに紛れるような人形にするって訳だな。最初は他の生き物に擬態する人形、例えばアリとかバッタとか蚊と言った虫系の人形にしようか思ったんだが……
「出来なくはねえと思うが、こっそり人に着いて情報収集するなるとダメだよな。それに見る奴が見れば違和感に気づくだろうし」
虫系の姿だけなら図鑑など見ることである程度のクオリティは造れるはずだ。もちろん細かい部分は練習が必要だろうが、見本がある分修正がしやすいしな。しかしそれを人形にした時に自然な動きが出来るかっていうと自信がねえんだよな。
命を吹き込んだ人形は俺の想いと知識の結晶だ。だが俺には虫についての知識が全然ない。大まかな動きなんかはわかるが、それが本当にそうなのかわかんねえんだ。そんな中途半端なもんじゃあ、違和感を拭えずに観察されて、結局発見されちまう可能性が高いし、何よりそんな人形を造りあげたくねえ。やるなら虫について徹底的に研究しねえと。
「となるとやっぱ土か髪、服の糸あたりか。人形に出来るか? まあするしかねえんだけどよ」
頭を左右に振り、肩をほぐして息を吐き気持ちを落ち着ける。
人について情報を探るってことを考えると、人のそばにあっても不思議ではないものに擬態するしかねえ。手持ちの素材でどうにか出来そうなのは先ほどの3つだ。とりあえずお試しで作るとして、何から作るか。少し迷うが……まあ考えてみれば結局全部造るんだしどれでも良いか。
「まっ、とりあえず土からだな」
粘土を取り出し、少しこねてから細く長く伸ばしていく。1ミリ程度の細さに均等に伸ばしたら、それを1ミリ単位でマイクロナイフを使って切っていく。そしてできた小さな粘土の粒をピンセットを使って、大まかに形を真四角のブロック状へと整え、それを量産していく。
試作品だからちょっと大きめに造っているんだが、それでも作業を続ける内に手がプルプルと震えだす。これは、けっこうきついな。
「あっ!」
少し集中が乱れたせいで粘土を掴み損ね、ピンセットの先が粘土へと突き刺さっちまった。これはもう使えねえな。ピンセットの先から粘土を取り除き、両手を上げて背筋を伸ばしながら大きく息を吐いて気持ちを入れ替える。
俺が考えているのは極小のブロックを積み上げたミニミニゴーレムだ。これなら1つ1つのパーツを分解させれば地面に紛れることも出来るからな。先輩のようにただの砂で小さな人形を造るっていう手がない訳じゃねえけど、それだと細工しにくいし。
乾いて硬くなった粘土をピンセットで摘み、目の細かい紙やすりに滑らせるようにして大まかな形を整えたら次は着色だ。とりあえず3面2色で分けるか。色の濃い土と薄い土、両方に紛れられるように。
でもアスファルトとかコンクリートの地面も多いよな。そう考えるとそっち系の色も入れたほうが良いのか? となるとレンガ状からもっと面を増やす必要があるわけか。うーん、とりあえず試作してからセナと相談だな。
「あとは目を入れてっと……とりあえず完成か」
人形造りで面白いことの1つに目を入れる瞬間ってのは必ず入ってくるだろう。なにせこの瞬間、表情が一気に花開くからな。今まで考えていたイメージが目入れでガラッと変わっちまうなんてこともあるし。
ふぅ、と息を吐き、少し離れたところから人形を眺める。
俺が半日近くかけて作成したミニミニゴーレム1号(試作品)は全長1センチの無骨な感じの人形になった。ブロック造りのがっしりした四角いボディ、半分の大きさのブロックで王冠を被っているように特徴づけた頭。そしてごつい手足。
うん、これはこれでありだが、ちょっと大きすぎるな。ブロックの大きさはこの半分、いやそれ以下にする必要がありそうだ。造形に凝りたいし、擬態もその方が出来るだろう。ってことはもっと細部を確認しねえとダメだ。
「わかっちゃいたが、やっぱ難しいな。やりがいはあるけどよ」
ニヤリと笑いながらそのまま後ろに倒れる。床の冷たさが心地良いな。一段落ついたことで一気に疲れが来た感じだ。そういや徹夜したしな。
そんな事を考えている内にいつの間に俺は寝てしまい、俺が起きたのはもうダンジョンの閉まった深夜1時過ぎのことだった。
起き上がった俺の体からハラリと落ちた、誰かがかけてくれた毛布のぬくもりに微笑み、もう一度寝てしまいそうになる誘惑に打ち勝つ。こんな時間でも俺を待ってくれているだろう相棒がコアルームにいるはずだからな。
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