第179話 変化への対応策
以前から独自に外の情報を得る重要性については2人で共有していた。セナからは口がすっぱくなるぐらい情報の大切さを聞いていたし、俺自身もそれは理解できた。ぶっちゃけその方が便利だってこともあったしな。
それでも俺たちがそうしなかったのは、アスナが定期的にここへとやって来ていたから外の情報が得られていたということと、このダンジョンの外の警備体制のせいだ。
今回の4か月間は別として、なんだかんだ文句を言いつつもアスナは10日から15日に1度程度必ずこのダンジョンを訪れていた。まあスクロールという報酬目当てだったのかもしれんが、それにしたって他のダンジョンへと潜れるようになった今ならアスナ自身でも出すことは可能だしな。
俺たちが出しているウォーターなんかの安いスクロールなら500DPで済む。ひょっとしたら自分が殺してしまった人形の供養も含めて来ているのかもしれんと、最近ではちょっと思い始めていたくらいだ。まあアスナについては、今はどうでも良いんだが。
問題となるのはこの初心者ダンジョンの外の状況だ。
俺たちのダンジョンがあるのは警視庁本部庁舎の前だ。敵の本陣の目の前って時点で、ある意味最悪な立地と言えるんだが、その周辺には皇居や国会議事堂など日本の各種中枢と言って良いような場所が林立している。そのせいで警備状況が半端じゃねえんだよな。
当初はぽっかりと地面に穴が開いていただけだったんだが、現在では周囲を強固な鉄筋コンクリート造の建物で覆われており、明るい光で24時間照らされ続け、さらには人だけでなく監視カメラや各種センサーによってその入り口はガチガチに固められているんだ。
なんでこんなに詳しく知っているかというとアスナに印刷してきてもらった警視庁ダンジョン対策部のホームページのおかげだ。場所が場所だけに安全性のアピールっていう意味もあるんだろうな。ちなみに2階や3階には一般の探索者向けの着替えのスペースなんかもあるらしい。
言うなれば初心者ダンジョンビルって感じか。まあさすがに飲食店とかは入ってないらしいが。
はっきり言って普通にモンスターなんて出した日には即発見されるだろうな。強行突破できるような強い奴を出すって手がない訳じゃねえけど、それをしたら今までの苦労が水の泡になるだけだし。
そしてそれ以外にも問題はある。
ただ外の情報を得るだけじゃなく他のダンジョンへと直接入って生の情報を得ることも確実に必要になるはずだ。今回の真相だってまだ生き残っている4つのダンジョンのマスターに聞くことが出来れば確実な情報が得られるんだし。まあ、聞くって言っても強制的にって感じにはなるかもしれんが。
そのためには強さってのも重要になるんだが、それ以上に俺にとって大事なのは……
「問題は監視の目の潜り抜け方だな。ただ単に外に出るだけならばアスナに協力してもらうのが最も手っ取り早いのではあるが、そうすると戻ってくる時も同様に協力が必要になるからな。今回の原因追及のためだけであればそれで良いし、少なくとも今より広範囲の情報を得られるようになるという利点はあるが、それでは我々が自由に情報を得られると言う意味が薄れてしまうしな」
「それも重要なんだけどよ、最も重要なことを忘れてるぜ」
「んっ、なんだ?」
監視の目の潜り抜け方を考えようとしているセナにちょっとストップをかける。不思議そうにこちらを見ている様子からしてわかっていないようだが、これを忘れちゃダメだろ。
「外に出た人形が殺されたときにどうなるのかの方が問題だろ。そりゃあ強化はするつもりだが何事にも万が一ってことはあるし、もし死んじまったら生き返らせることが出来るのか? そもそも外に出たモンスターのことなんて、命令できなくなる以外ほとんどわかってねえんだし、その辺の検証も必要だろ」
「……確かにそうだな」
少しだけ何かもの言いたげにし、そして表情を緩めながらセナが俺の意見に同意する。
確かに外の情報や他のダンジョンの情報を得ることの重要性はわかってる。でもそれを得るために人形たちを犠牲にするなんて俺には無理だ。今だってある意味チュートリアルのために人形たちに犠牲になってもらっているとも言えるが、それでも生き返らせることが出来るからな。
もし外に出た人形は対象外です、なんてことになったら他のダンジョンに入らせるなんていう危険な命令は出来ねえしな。
「となると慎重に様々な検証を進める必要があるな。ならば先にダンジョンの改装について詰めるぞ。探索者になる基準を下げて数を増やそうとしているようだからな」
「ああ、探索者の資格制度が大幅に変わるらしいな。でも普通に階層を増やせば良いんじゃねえのか?」
1か月前くらいの選挙で与党が大きく議席を減らしたってのが直接の原因かわからんが、セナの言う通り現在国会で探索者になることの出来る基準を引き下げることが審議されているらしい。
野党も議席を増やしたんだが、氾濫したダンジョンのモンスターから逃げ惑う人たちを守った自警団の人たちが出馬して、国民が自分の身を自分で守れる力をつけられるようにもっと探索者の基準を下げるべきだって主張して、結構な数が当選したらしいからそのせいもあるのかもしれん。
というかその主張だけで議員になっちまうってすげえよな。まあそれだけ今回のことのショックが大きかったとも言えるんだが。
それもあって確かにダンジョンを改装する必要があるってのは俺にも理解できる。今のキャパじゃあ確実に対応できなくなるからな。
でも考えるって何をだ?
「今まで通り階層増やして、広報って感じじゃダメなのか?」
「まあそれも悪くないがな。下手をすると今回の氾濫がこのダンジョンのせいだと考えられる可能性があるぞ」
「はっ?」
完全に予想外のセナの言葉に、思わず声が出た。いやいや、俺たちなんて今回のことには全く関わってねえし、それどころが詳細がわかったのは今日なんだぞ。ありえねえだろ。
しかしセナは自信に満ちた顔をしている。ってことは結構な確率でそう思われる可能性があるってことだ。無言で見返して続きを促すと、セナが「うむ」と小さくうなずいて話し始めた。
「ここはチュートリアルダンジョンだ。人類に正しく試練を受けさせるためという体をとっている。ここまではいいな」
「おう」
「逆に言えば多くの者にチュートリアルを受けさせることを望んでいるともいえる。今回のことでチュートリアルを受けようとするものが増え、それを知っていたかのようにダンジョンが改装される。まるで我々が裏で糸を引いていたように見えないか?」
「いや、わからなくはねえけど。ちょっと無理筋じゃねえか?」
確かにセナの言わんとしていることはわからなくはねえ。探索者が増えれば俺たちに利益があるのは確かだしな。でもいくら何でも俺たちが原因なんて飛躍しすぎだろ。全く見当外れだし、関わってさえいないんだから証拠なんて出るはずがねえしな。
俺にはそう思えるんだが、セナはただ首を横に振った。
「その可能性があるかもしれないということが危険なのだ。透もこのダンジョンを造るときに言っていたではないか。ダンジョンにはまだ定義がない。そういうこともあるかもしれないと考えると」
「そりゃそうだが……」
「まあ、別の理由付けをすれば解決するんだがな。例えばこのダンジョンに入った人数が一定数を超えたとか、倒されたモンスターの数がとか、らしい理由はいくらでも作れるからな」
「なんだよ、それ」
セナに梯子を外され、ガクッと頭を落とす。なんかちょっと緊張しちまった俺が馬鹿みたいじゃねえか。そんな俺のリアクションに、セナはニンマリとした笑みを浮かべた。本当にこいつは良い性格してやがる。
「じゃ、今まで通り改装するって感じで良いんだな」
「いや、すぐにはしないぞ。仕込みはするが、まだ探索者たちが増えるのは先になるだろうからな。それよりも今は外へと出す人形たちの検証を優先すべきだ」
「なんか言ってることがコロコロ変わってねえか?」
なんか、あっちへ行ったりこっちへ行ったり話が入れ替わるから頭が混乱してきた。つまり、俺は何をすれば良いんだ?
「この程度で混乱するとは、まだまだ経験が足らんな」
「わざとかよ」
やれやれとセナが両手を広げて肩をすくめる。普段ならイラッと来るところだがなんか疲れちまって反論する気にもならない。無言でジッと眺めていると、セナが少しだけ居心地悪そうにしコホンと咳をしてちょっと視線を逸らした。
「これも訓練の一環だ」
「なんのだよ?」
「……思考力とかか? まあ、そんな事はどうでも良いのだ。我々にはやるべき事があるからな」
「ごまかしやがった。別に良いけどよ」
「さあ、検証を始めるぞ。人数の対応についてはダンジョンに人がいなくなってからの少しの時間で大丈夫だからな」
ちょっといつもよりテンションの高いセナを見ながら少し笑みを浮かべ、そして俺は今後を左右するかもしれない検証の方法を考え始めた。
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