第178話 検証から立案へ
俺は目の前にある雑誌へと軽く目をやる。今回のモンスターの氾濫の大まかな流れが記載されているものだ。
モンスターが出てきた結果、多大な被害が出た。瑞和が近くにいたダンジョンや自警団が奮闘したらしいダンジョンの被害は抑えられたらしいが、それは特に不自然じゃない。ダンジョンマスターは外の情報を得るのが難しいからな。地上にたまたま強い奴がいるとかわかんねえだろうし。
不自然なのはその次だ。今回被害を出した8か所のダンジョン全てが、その当日もしくは翌日には警察や自衛隊によって入り口を抑えられちまってるってことだ。さらに言えば1か月以内に4つのダンジョンが踏破されているのだ。
そりゃあ地上にモンスターを出すダンジョンなんて危険と思われるだろうし、警察や自衛隊も本気で攻略にかかっているんだろう。桃山たちや杉浦たちが未だにこのダンジョンに帰って来てないことからもそれがわかる。だとしても、だ。
「確かにおそまつすぎるな」
「ああ。密かに同盟まで組むような奴らであれば、慎重なのは確実だ。同時刻に複数か所で作戦を行うというのも、相手を混乱させ、対応する戦力を分散させるという意味で理に適っている。そこまで考えられる奴らが、その後ただ単に入り口を抑えられ、そしてやられるなどありえない。効果が検証されたのだから、次の立案が出来るはずなのにそれがない」
セナがホワイトボードに書かれた「検証」の文字から「立案」へと矢印を引き、そしてその上に大きくバツ印をつける。図にすると確かにわかりやすいな。
地上にモンスターを出してDPを得た。でも奴らの行動はそれで終わっちまってるんだ。DPが大量に入ってくるのは把握してたはずなんだから、追加でモンスターを放つなりすればもっと被害を与えられただろうし、逆に引きこもるにしても攻略されないように強いモンスターを召喚するなり、ダンジョンの構造を変えて罠を配置したりする時間は十分にあったはずだ。
ダンジョンに誘い込んだが想定以上に自衛隊や警察が強かったという可能性もあるが、150万DP以上あるならリカバリは可能だろう。100万DPくらい使って強いモンスターを召喚しちまえば、今の自衛隊や警察では対応なんてほぼ無理だしな。
綿密な作戦後のおそまつな対応。ここから考えられる可能性は多くない。
「最初の作戦を考えた奴は別の奴ってことだな」
「その通りだ。もしくはまだ攻略されていない4つのダンジョンの中に構想を練ったものがいるのかもしれんが、そいつにとって他の奴らが捨て駒だったのには変わりはないな」
キュッとマーカーのふたをしめ、セナが肩をすくめる。
自分の利益を最優先して、他はどうでも良いなんてダンジョンマスターらしいと言えばらしいか。でもなんというか、一度仲間にした奴らを裏切るってのはあんま好きな考え方じゃねえな。
とは言え俺たちだって自分たちが生き残るために他のダンジョンからしたら邪魔でしかないチュートリアルなんてやってるんだから、他の奴らからしたら同類と思われるのかもしれんが。
「透は甘いな」
「わかってるんだけどな」
俺の表情を読んだらしいセナの突っ込みに苦笑いしながら応える。まあセナならそう言うだろうなとは思ったが。
そんな俺を小さく笑い、セナが「さて」と言いながら再びホワイトボードへと向き直り文字を書き始める。
「では、我々も検証に入るとしよう。今回のことから予測できることはいくつかある。実際は同盟ではなかったかもしれないが、作戦の内容を共有していたことからしても少なくとも各ダンジョンへの連絡役はいたはずだ」
「まあそうだな」
「連絡役の候補は3つ。まずはモンスターだな。ドッペルゲンガーのように人に擬態できる者や、ヴァンパイアなど人に類似したモンスターを使用している場合だ。まあダンジョンらしいオーソドックスな方法といえるだろう」
ホワイトボードに「モンスター」と書きつつセナが説明を続ける。
確かにそれならごまかせるかもしれねえけど、人の姿をしたモンスターって基本的にかなり高いDPじゃねえと召喚できなかったはずだ。そんな奴がダンジョンを出入りしたら召喚したダンジョンが破産するんじゃねえか?
俺だって瑞和と共にリアがダンジョンに帰ってくると、毎回25万DPくらい外に出すために払ってるしな。まあ強化したことに後悔はしてねえし、リアが瑞和と他のダンジョンを攻略しているおかげで入ってくるDPもあるから丸損って訳じゃねえけど。そもそも瑞和が忙しいのか最近は帰って来てねえんだけどな。
ふと、こちらへと向けられる視線を感じて考えを止める。まずはセナの説明を聞いてから2人で相談すれば良いしな。
気持ちを切り替えて見つめると、セナが「うむ」と首を縦に振り説明を再開した。
「2つ目はダンジョンマスター自身が動いている可能性だな。非常にまれではあるだろうが、アスナと同様のパターンだ」
「あいつみたいな奴が他にいるのか?」
「可能性は低いが、ないとは言い切れんな」
自身でも首をひねりながら、セナがホワイトボードに「ダンジョンマスター」と書いていく。確かに可能性としては0ではないってのはわかる。アスナっていう実例があるんだしな。
でも普通ダンジョンを造る力を与えられて、それを全くせずに自分だけ外に出るなんて狂気の沙汰だ。あっ、そう言えばダンジョンマスターって大概おかしい奴がなるらしいし、なくはないのか。
しかしこれは最悪だな。もし俺のダンジョンなんかに来られたらアスナの時の二の舞になっちまうんだし。
「そして3つ目。連絡役が人だという可能性だな」
「人の協力者がいるってことか?」
「まあな。利益を与えて飼いならしているのかもしれんし、人形系のモンスターで言えば操り人形のように人を操作できるようなモンスターを使用している可能性もある。まあ種類としてはこの3種類だな。と言うよりこの3種類で全部をカバーしているとも言えるから対象が絞られている訳じゃないがな」
「んっ……そういやそうだな」
3段目に「人」と書きながらセナが笑う。確かに言われてみれば、モンスター、ダンジョンマスター、人って連絡役の出来そうな奴を列挙しただけだよな。さすがに動物とかを伝令役なんかには出来ねえだろうし、機械で運ぶってのも無理だろうし。
項目があがったことですっきりしたのは確かだから無駄じゃないけどな。
「他にも黒幕の正体や、今回のダンジョン以外に呼応するダンジョンがあるのかなど気になることはたくさんあるが、これ以上の情報を新聞や雑誌などから得ることは無理だ」
「そりゃあ、そうだよな」
「さて、ではおおまかな検証で現状を把握したところで、立案に移るぞ。ダンジョンの改装は必須だ。どうやら今回のことを受けて一般の探索者がかなり増えそうだからな。キャパシティが無くて他のダンジョンに流れてしまうのはもったいないからな。それと同時に他のダンジョンマスターがこのダンジョンにやって来た時の対応策も考えておく必要がある。しかし最も重要なことは……」
こちらをうかがうようにしてセナが言葉を止める。わかってるよ。今までさんざん重要性を教えられてきたし、ここまでお膳立てされてわからないなんてことはねえだろ。
「俺たち自身で他のダンジョンの情報が得られるように動くってことだろ」
「その通りだ」
俺の答えにセナは破顔した。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。