第177話 久々の情報
机の上に山積みにされた雑誌や新聞をセナがぺらぺらと流し読みしては別の山へと移していく。その表情はかなり真剣だ。およそ4か月ぶりの外部の詳細な情報だし、ダンジョンで収集していた情報との整合性を確かめているんだろう。
さすがに俺もセナに任せっきりって訳にはいかねえから読んでいるんだが、やっぱ外はかなり変わったみたいだな。
もちろんこの雑誌や新聞を持ってきたのはアスナだ。どうやらあいつの周辺もやっと落ち着いたらしい。まあアスナよりも旬な話題が出来たし当たり前っちゃあ当たり前か。
その旬な話題ってのも色々あるんだが、一番大きいのはやっぱ各地でダンジョンからモンスターが一斉に地上へと出てきて甚大な被害が出たってことだな。その後の変化はそれに起因してって感じだし。
地上へのモンスターの氾濫が起きた3か月くらい前、俺たちの初心者ダンジョンでも結構大きな変化があった。まず今まで入って来ていた警官や自衛隊の奴らがほとんどいなくなったのだ。外国軍の随伴とか生産者の護衛とかの最低限の人員以外は本当に入らなかったんだよな。だって毎日来ていた桃山でさえ来なかったしな。
そして自衛隊とかが貯めていたお茶会の招待状を全て使ってポーションを大量に交換していったのだ。鍛冶のスキルスクロールやその部屋の拡張なんかに使うために貯めていたはずのやつを含めてな。
他にも一般の探索者の入ってくる数が急に減り、外国の軍隊が突然入ってこなかったりとその変化に俺もセナもかなり戸惑ったんだよな。まあしばらくしてダンジョン攻略を再開した外国の軍人が話している内容や、製鉄会社の社員たちの会話なんかで大まかには把握できたんだけどよ。
しかし実際に新聞とかで日々増えていく死者数とかを見ると、その被害のでかさを改めて実感するな。このダンジョンとしては一時的な変化はあったものの今ではほとんど元通りだし平和なもんだけどよ。
「でも色々なダンジョンで一斉にモンスターが氾濫するなんてやっぱおかしいよな」
「そうだな。ダンジョンを管理するのはダンジョンマスターだ。これはどれだけ世代が変わったとしても不変だ。そこから考えられるのは……前に話したが覚えているか?」
俺の呟きに読んでいた雑誌から視線を外し、セナがニンマリとこちらを見る。その表情が物語っているのは当然覚えているんだろうな、という俺へのあからさまな挑発だ。3か月前とは言え、結構な時間真剣に2人で議論したことを忘れるはずがねえだろ。
「1、氾濫したダンジョン間で密かに同盟等が結ばれていた。2、氾濫したダンジョンを統率する存在、例えば上位のダンジョンなどがあり、その命令を受けた。3、ダンジョンマスターの意思に関係なく強制的にモンスターを地上へと放つ何かが発生した。だろ?」
「うむ、可能性が高いのはその3つだな。地上でも色々な説が出ているようだが、内実を知る私たちからすれば見当違いなものばかりで参考にはならん」
「いや、それは知ってる情報が違うんだし仕方ねえだろ」
「それはわかっている。まあ今確認したのは新聞や雑誌だからな。ネットなどであればもっと様々な予測が出てきそうではあるが、ダンジョン内で見ることが出来ないというのがやはりネックだな」
持っていた雑誌を置き、こちらへと体を向けながらセナが腕を組む。その表情は少し不満気だ。確かにネットが繋げたらセナが欲しい情報も自由に得られるようになるし、俺も人形作りの資料なんかをすぐに検索することが出来るようになるから便利なんだけどな。
ダンジョン内に普通には電波が入らないことは前に落ちていたスマホを使って確認済みだし、外部から有線で繋げるって方法も自衛隊の奴らがすでに確かめていて、結果無理だったんだよな。断線している可能性も考えたのか機材を入れ替えて何度も確かめていたからよく覚えている。
同じ階層内なら無線は通じるんだよな。フィールド階層を探索している時に自衛隊や警官たちが使っていたし。でも1階層と2階層とか階層が違うと、2人とも階段の付近にいて距離的には近かったとしても通じない。
たぶん階段のどこかにそれらを遮断するような見えない境界があるんだろうが……って今はそっちはどうでも良いか。
「しかし、特にこれと言って目新しい情報はないよな」
「何を言っている。少なくとも今回の資料のおかげで1つの可能性はほぼ消えたぞ」
「えっ、マジか?」
驚き聞き返した俺にセナがコクリと首を縦に振る。可能性ってさっきの3つの内の1つって事だよな。全然気づかなかったぞ。
書いてあったのは被害状況やその後の警察や自衛隊の対応なんかが中心だった。モンスターから市民を守った自警団が賞賛されてたり、モンスターに魔法を放つ瑞和の写真が掲載されていてその端っこにリアが写っているのを見つけてニヤニヤしたりしたがその程度だ。
本気で考えたが、たぶん3ではないだろうってことしかわかんねえな。3の可能性を否定するにはそのダンジョンマスター本人に聞くか、氾濫の明らかな原因が判明しねえと無理だろうし。
となると1か2だよな。あー、わかんねえ。でもどちらかと言えば……
セナが胸の前で手をクロスさせながらこちらを見る。
「さて時間切れだ。正解は何だ?」
「えっと……自信はねえけど、1か?」
半分は当てずっぽうだが、なんとなく1の同盟を組んでいるって方が違和感がある。何がどうって訳じゃねえんだけど。
俺の答えにセナが口の端を上げ、ニヤリとした笑みを浮かべる。おっ、この反応は良いんじゃねえか?
「ほう。ナメクジの歩み程度には成長しているようだな。根拠までは頭が回らず勘であったとしても、正解は正解だからな」
「全然褒められてる気がしねえな」
「褒めているぞ。こぼれ落ちたせんべいカス程度には」
「いや、それは……」
褒めてねえだろ! と言う言葉が出かけたが口をつぐむ。セナのせんべい狂いを考えると本気で褒めている可能性もないとは
言えねえしな。いや、でもさすがにせんべいカスは馬鹿にされているような気も……と言うか何を悩んでるんだろうな、俺は。
俺がよくわからん葛藤をしている間に、さっさと切り替えたらしいセナが見慣れたホワイトボードを持ってくる。そして軽やかに机に登るといつも通りマーカーのキャップを外した。
「透の答えの通り、正解は1だ。まあ100パーセントと言う訳ではないが、かなりの確率でこの可能性は消えたと言って良いだろう」
「なんでそう言い切れるんだ?」
「矛盾しているからだ」
そう断言したセナがホワイトボードへとマーカーを走らせていく。そこに書かれたのは「立案」「実行」「結果」「検証」と言う言葉だった。
「これは?」
「作戦行動のモデルだな、非常に簡略化したものだが。透が望むならもっと細分化することも……」
「いえ、それで十分です」
キラリと光ったセナの目を見ればわかる。これは深く聞いたらヤバいやつだ。確実に俺の精神にダメージを与える地獄の講義が始まっちまう。それを阻止するためにも即座に首を横に振る。
そんな俺の反応に苦笑いを浮かべながらセナが解説を始める。
「まず今回のことをこれに当てはめるぞ。まず、立案。同盟を組んで同時期にモンスターを地上へと出し、油断している人を殺すと言う電撃作戦だな。そして実行。作戦は問題なく行われ今回のことが起きた訳だ」
「そうだな」
「そして結果。計画通り作戦は成功し、奴らは戦果を得た訳だ。まあ、この場合はDPだな。死んだ人数からしてもまあまあなDPだっただろう」
確かにセナの言う通りだ。主にモンスターに襲われて死んだ奴らは、ダンジョンに入っていないから1人最低の1000DPだとしても合計は1000万DPを越えているわけだし、それを単純に8で割っても150万DPくらいは得たはずだ。後はそれを使って……ってあれ?
おかしなことに気づきセナを見ると、セナが真剣な表情で首を縦に振った。
「そうだ。これで終わりなんだ。これが私が1の可能性を排除した理由だ」
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