第18話 新たなる可能性
桃山の木の棒は壁に打ちつけられる直前で止まっている。もちろん隠し通路が現れたなんてそんなことはあるはずがない。状況を把握するためにモンスター召喚画面を最小化して原因を探す。そしてすぐにそれは見つかった。
「大丈夫ですか、加藤さん」
「いたたたた」
地面に倒れ込んでいるジジイを磯崎が助け起こそうとしている。見てなかったから確かじゃねえが多分工事現場っぽくするために設置しておいた土砂にまぎれている小石にでもつまづいたんだろう。警官ならもっと足腰鍛えておけよ、と思わなくもないが、もはやジジイがどんな醜態をさらそうが気にならなくなっちまったしな。
それよりも……
「あれっ、加藤さん。それってなんですか?」
「んっ、なんのこと……」
「あー!!」
ジジイの疑問の声を桃山の叫び声がかき消す。そして桃山が頬を膨らませながらずんずんとジジイへと近づいていった。まあ気持ちはわからんでもないが、棒を片手に倒れたジジイへ近づいていく様は引導を渡そうとしているように見えるな。現にジジイも顔を引きつらせて怯えているし。
そして桃山の木の棒がジジイに突き刺さる、訳もなく桃山は倒れたジジイの横をあっさりと通り過ぎるとジジイが転んだ拍子に手が触れて崩れた壁から顔をのぞかせている金属の箱を引っ張り出した。
「なんで見つけちゃうんですか。私ががんばってたのに!」
「いや、あの……」
ああ、完全にジジイは状況を理解してねえな。めっちゃしどろもどろしながら桃山と自分の横に置かれた金属の箱へと視線を行き来させてやがる。そしてジジイの混乱にさらに拍車をかけるのが……
こんこんこんこんこん
「ひっ!」
作業を止めたパペットたちと真似キンがジジイに向けて拍手し始めると言う今の状況だ。ジジイ以外の奴は突然の変化に少しは驚いているようだが動揺をあまり表に出していないのにも関わらず、ジジイはお決まりの地震の時の様な頭を保護するポーズで怯えている。
そんなに怯えるほどのことは起こってねえんだがな。ただ隠し宝箱の発見おめでとうって伝えているだけだし。いや、まぁいきなりモンスターが拍手なんて始めれば驚きはするだろうけどな。
鳴りやまない拍手の中、しばらくしてゆっくりとジジイが顔を上げる。パペットたちも真似キンもただ拍手をするだけでその場から動くことはないとやっと気づいたのか、ジジイが何事も無かったかのように立ち上がり制服についた土を払った。
「まあ儂ぐらいになると桃山の嬢ちゃんみたいにめったやたらに叩かなくても勘が働くんじゃよ。ここが怪しいと言う刑事としての勘がな」
「そんなことどうでも良いから開けましょうよ。きっと何か良いものが入ってますよ」
「そんなことって……」
なぜか渋さを前面に出しつつ刑事としての勘とかジジイが言いだしたが桃山にバッサリと斬られやがった。まあ俺も同感だ。むしろどうしてそんな顔が出来んのかと疑問だしな。
桃山が金属の宝箱の前へとしゃがみ、それに手をかける直前に後ろを振り返る。そしてメガネが小さく首を縦に振ったのを確認して蓋に手を掛けた。
「では、ごかいちょー」
1番安い木の宝箱とは違い、それなりの重みのある金属の宝箱がゆっくりと開いていく。他の警官たちも興味津々と言った感じでそれに注目していた。そして中に入っていたものがゆっくりと取り出される。
「巻物?」
「巻物というより昔の手紙のように見えるが」
「宝の地図じゃないですか?」
好き勝手なことを言い始めたが、確かに見た目は丸められた古びた紙が紐で閉じられているだけだからそんな予想になるのかもしれねえな。でもどれも正解じゃねえが。
「どうします?」
「……」
問われたメガネはしばしの間考えにふけり、そしてゆっくりと視線を周囲へと巡らせるとある1点でその動きを止めた。
「加藤が開けろ。その宝箱の発見者だからその権利がある。ダンジョンからのメッセージかもしれないからな」
「いや、遠慮す……」
「ええー、いいなー。でもそうですよね。じゃあ、はい」
桃山からモノを渡されたジジイが助けを求めるように視線をやるが、だれも動こうとはしなかった。もっともらしいことを言っていたがこれって完全に実験体というかいけにえだよな。なんかジジイならどうなってもいいやって感じが透けて見えるんだが。
誰も助けてくれないと悟ったジジイが泣きそうな顔をしながらゆっくりと紐を解いていく。ちょっと可哀想になるが、まあ別に体に害があるとか悪いもんじゃねえしな。
そして紐を解き終えたジジイが意を決して丸まった紙を開いた。
「なんじゃ、これは?」
そこに書かれていたのは日本語でも英語でもない不可思議な文字の使われた紋様だった。そしてその紋様が赤く光ったかと思うと紙から抜け出して宙へ浮き、そしてジジイの体の中心へと吸い込まれていく。
その不可思議な現象に皆が目を見開き驚いている。ジジイは……あっ、こいつ驚きのあまり放心してやがる。再起動までしばらくかかりそうだな。
先ほどの巻物はスクロールと呼ばれるアイテムで簡単に言えば魔法とかスキルとかを覚えることが出来るとんでもアイテムだ。まあいわゆるダンジョンに人を呼ぶための餌となるものだな。
ちなみにジジイが覚えたのはウォーターという生活魔法だ。その効果は手桶1杯分くらいの水が出せるようになると言う魔法としては何とも微妙なものだが、それでもそのスクロールは500DPもした。まあ攻撃に使えるような魔法とか、スキルとかになると桁が跳ね上がるんだけどな。
自分で使えたり、モンスターに覚えさせたり出来れば色々と戦略の幅も広がったんだろうがなぜか無理だったんだよな。っていうかモンスターは武器とか防具とかをつけることすら無理だった。
正確に言えばただ持たせるなら出来るんだ。現にパペットたちはツルハシを持っているしな。でもそれで戦わせようと考えた瞬間、弾かれるように飛んでっちまうんだ。
セナ曰く、そういう存在だからとのことだが納得いかねえんだよな。まあ人形師を育てていけば何とかなるかもしれねえし希望は捨ててねえが。
おっとそろそろ状況が動きそうだな。別ごとを考えすぎたか。
「加藤さん、加藤さん。大丈夫ですか、どうしたんですか?」
「おっ、おお。良くわからんが魔法を使えるようになったようじゃ」
「魔法?」
「見ておれ。ウォーター」
加藤が手を差し出してそう唱えるとその前にゆらゆらとした水の塊が現れた。だいたい3リットルくらいか? その水の塊はしばらくの間、宙に浮いていたがすぐに力を失いパシャンという音を立てて地面へとぶつかり床を濡らした。
「いいなー、加藤さん」
「魔法と言い出した時はついにボケたのかと思ったが、これは……本当に常識が変わってしまったようだな」
桃山にまとわりつかれているジジイには聞こえなかったようだが、やっぱメガネはジジイを実験体にする気だったみたいだな。むしろジジイが連れてこられた理由ってそれなんじゃあ……いやそれ以上は考えねえようにしよう。さすがに不憫だしな。
「他にもありませんかねー」
「うーん、ないんじゃないですか。この壁もほら、よく見るとちょっと周囲と違いますし。そんな場所ありましたっけ?」
「おおまかには確認したが何とも言えんな」
「じゃあ……」
「いや、帰るぞ。魔法という不可思議な力が見つかったんだ。今なら説得も容易だろう」
「ええー」
不満そうな桃山を引き連れてメガネたちが出口へと向かって歩いていく。とりあえず隠し通路が発見される心配はもうなさそうだな。
こわばっていた体から力を抜くとタブレットを持つ手が汗で濡れていることに気づいた。自分が思っていた以上に緊張していたらしい。思わず苦笑する。
「運がよかったな」
「ああ。しかしわかりやすい崩れる壁の方じゃなくてなんで本命の隠し通路の仕掛けの方に行くんだろうな?」
「さあな。そもそも罠の存在が頭にないんじゃないか?」
「あー。確かにそうかもな」
確かに罠が身近な存在なんて猟師とかぐらいだよな。警官だって犯罪者を相手にすることはあっても、そいつらがこういう罠を張るなんてないだろうし。別の意味での罠は張ってるかもしれんが。
そう考えるとわざわざ見つかりやすいように作ったはずの崩れる壁の意味がなかったかもしれねえんだな。偶然とはいえジジイが発見してくれて良かったと思うしかねえか。
タブレットには警官たちがダンジョンから出ていく様子が映っていた。検討すべき点もいろいろあるし、やらなくちゃいけないこともないわけじゃねえが……
「とりあえず寝るわ。またなんかあったら起こしてくれ」
「ああ、今度は良く眠れると良いな」
「それ、ぜってーフラグだろ」
ニヤッと笑うセナの姿に苦笑しながら床へと寝ころんで瞳を閉じる。今度はゆっくりと眠れるようにと祈りながら。
まあその30分後に桃山が宝箱を探しに入ってきてフラグはしっかり回収されたんだがな。
お読みいただきありがとうございます。
ランキング上位の壁って厚いことを実感しますね。
でもとてもありがたいです。m(_ _)m