第172話 生産者の歴史始まりを告げる音
基本的に俺が今まで造ってきた人形たちは、その人形の可愛さなり、格好良さなりを第一に造ってきた。特にアリスシリーズなんかは人形が先にあって、それから衣装を造ってもらってたしな。
しかし今回に限ってはその逆で、まず先に衣装がある。それが似合う人形を造ってやるってことになるんだが、これがなかなか難しい。
今まではある意味、俺の自由勝手に人形を造っていた訳だ。しかし今回はライダースーツが似合うという制約がある。選択肢が狭まった分だけ簡単になったようにも思えるが、逆にいろんなパターンが思いついちまってなかなか決まらなかったんだ。
考えてみれば俺が衣装を頼んだあのおばあさんもこんな状況なんだよな。
俺自身が人形と衣装の両方を造る時は、人形を製作している段階から既に衣装のイメージも出来ているから問題ないが、あのおばあさんは今の俺と同じようにいきなり人形を見せられて、さぁこの人形に合う服を作ってくださいって言われるようなもんだ。
そりゃあほとんどの場合、人形が先にあるし慣れているって事もあるんだろうが、俺のイメージぴったりの衣装をあれだけ作れるってのは本当にすげえことだ。そんな職人に最初から出会えたなんて、本当に俺は運が良かったな。
まあ、それよりも今はライダースーツの似合う人形のことだ。
試行錯誤の末、一応イメージは固まった。あとはそのイメージ通りに人形を造っていくだけなんだが、これもまた苦労の連続だった。
ただライダースーツを着ることのできる体型というならきっとそこまで苦労はしなかったんだろうが、これだけ完成度の高い衣装なんだ。それをちゃんと映えさせなきゃ人形師としての面目丸つぶれだ。
ぴったりと吸い付くようなふくらはぎや太もものライン、そして腰回りの横じわの入り方、胸元が変に浮いてしまったり、逆にぴったりすぎないようにラインを維持しながら、ジッパーを下げた時に絶妙な位置で止まるような工夫。ひじやひざを曲げた時に入るしわの自然さ。
1つ1つのパーツがほんのコンマ数ミリの単位ずれただけで全体の印象が変わっちまう。その精度のために何度も削っては盛り付け、また削るを繰り返し理想へと近づけていく。
1時間ずっと太もも部分を直し続けても結局納得のいくものが出来ず、セナに何が変わっているかわからないと呆れたように言われても造り続けたのは、それは……
楽しかったからだ。
今までの造り方とは違う考えに基づいて人形造りをすることが、少しずつ俺のイメージの中と現実の衣装を着た人形の姿が一致していくことが、こんな人形造りもあるんだと実感することが出来たことが、嬉しかったんだ。
でも、そんな時間ももうすぐ終わる。いや、こいつが出来上がること自体は本当に嬉しいんだけど、何というかもっと続けていたいって気持ちなんだよな。とは言えこれ以上無理に続けたとしてもそれは蛇足になるだけだ。そうして魅力を減らしてしまったら本末転倒だしな。
顔全体を覆っていたネットを取り外す。よし、髪も落ち着いたようだな。ウェーブする髪ってどうしても広がりやすいんだよな。でも締め付けすぎてペタッとなったら意味がねえし。
軽く手ぐしでそのダークブラウンの髪を整えてやり、そして全体のバランスを見ながら最終チェックを行う。体にフィットするように張り付いたライダースーツは妖艶でありながら、どこか武骨さ、強さを感じさせる。相反するように思えるそれらをしっかりと表現しているこいつなら、きっと凛も文句はねえはずだ。たぶん。
「おっ、やっと出来たのか?」
「まあな。最後の仕上げがあるけどよ」
しげしげと人形をセナが見つめる。こいつにはこの1週間、まるっきりダンジョンの事を任せちまったからな。
と言うか集中しすぎて食事を抜きそうになった俺の髪の毛を引っ張って強引に机に座らせてスプーンを俺の口に突っ込んだり、フラフラのまま造り続けようとしていた俺を殴って寝かしたりと俺の世話までさせちま……んっ? 考えてみると結構ひどい扱いをされていたような気がするんだが。いや、俺が悪いってのはわかってるんだけどよ。
まあ、いいか。迷惑をかけたのに変わりはねえしな。
挑発するようにこちらを見るその目元を銀縁のゴーグルで覆い、そしてそのダークブラウンの髪と同じ色の猫耳のカチューシャをセットする。頭まで覆うマスクを革で造れたら完璧だったんだが、俺の腕で造ろうとするとどうしてもライダースーツと比べて見劣りしちまうからな。
あとはその手に鞭を持たせりゃあ……
「よし、完成だ」
ぐるりと人形の周りを一周して確認を終える。イメージと寸分の違いのない、ライダースーツの似合う女。同じ猫耳をつけていても、気まぐれや自由奔放といった性質を引き継いだチェシャ猫とは違い、こいつは妖艶、孤高や誇りを感じさせる。
まあイメージの大元がアメコミのスーパーヴィラン、つまり悪役だしな。結構俺のイメージが加わっちまっているから原作とはだいぶ違うとは思うけど。
満足のいく出来に俺が腕を組みながらうんうん、とうなずいていると、覗き込むようにして人形を見ていたセナがこちらを振り返った。
「ふむ。つまり透はこういったぴったりとした服を脱がせたいという欲望が……」
「なんでそういう結論になったんだよ!」
「いや、寝食を忘れるほどに没頭していたではないか」
「それは……そうだが、あくまで人形を造るのが楽しかっただけだ!」
疑わしそうに半眼でこちらを見るセナの姿にピキピキっとこめかみがうずく。いや、迷惑をかけられたセナなりの仕返しってのはわかってるんだが、さすがにそんな性癖を勝手に決められるのは心外だ。
「確かに前開きのジッパーを開いた時に見える胸元がセクシーに見えるようにかなり工夫は凝らしたが、それはあくまで人形を引き立たせるためだ。しかも直球のエロではなく、妖艶さを増すような美しさを目指したんだぞ。それに見てみろよ、このライダースーツに入ったしわが良い味を出してるだろ。ちなみにここのしわが枝分かれするように腰骨を……」
「すまん。私の勘違いだったようだ。透はどこまでも透だったようだ」
「んっ? そうか?」
俺の弁明を途中でセナが止める。ちょっと乗ってきたところだったんで話し足りない気もするが、わかってくれれば問題は無いしな。
はぁー、とため息を吐いている姿を見るとやっぱ結構負担になっちまってたみたいだな。こいつも完成したことだし、迷惑をかけた分しっかりやらねえとな。俺がそんな決意をしていると、軽く首を振ってセナが再びこちらを見た。
「それでこいつの名前は何というのだ?」
「色々考えたんだけどよ。ベルってのはどうかと思うんだ。衣装製作者の凛の名前から鈴を連想して、それを英語にしただけだけどなんとなく似合ってねえか?」
「ふむ、ベルか。良いのではないか。生産者たちのチュートリアルの始まりを告げる福音とも言えるしな」
「おお、その理由も良いな。んじゃ、ベルって事で決定だ。じゃあさっそく……<人形創造>!」
俺のイメージが人形へと流れ込んでいく。ようこそ、ベル。俺たちのダンジョンへ。そして生産者たち、お前たちの時代が今始まったぞ。
ダンジョン産の革を手の中で揉みながら、凛は物思いにふけっていた。
(もう1週間過ぎた。やっぱり気のせいだったみたいね)
半ば予想はついていた。渾身のライダースーツをダンジョンに捧げて、その翌日に革素材の量が2倍になったという報告を受けた段階でやはり自分の予想は違うのではないかとは考えていた。
そして1週間、凛の予想が正しいのであれば、確実に返ってくるであろう反応は無かった。
出前を持ってきたチェシャ猫の人形の衣装が師匠である和子の作であることは凛にはすぐにわかった。しかしそれを特に疑問に思うことはなかった。
なぜなら和子は人形を趣味にしている界隈ではかなりの有名人だ。若い時からずっと精力的に製作をしてきたため、その衣装を着た人形は数多く存在している。奉納される人形の中に和子の衣装を着た物があっても不思議ではないと考えたのだ。
凛が疑問に思ったのは、その人形自体だった。それは球体関節人形と呼ばれる種類の人形で、その作風が凛の良く知る人物と瓜二つだったからだ。目から鼻へと抜けるライン、つり目の時の目じりの特徴、その他にもいくつもの共通点を凛は見つけた。何よりその生き生きとした表情の人形からは製作者の尋常じゃないほどの愛が感じられた。
もうこの世にいるはずがないのに、それを凛は幻視したのだ。
(あの人形馬鹿が生きてるわけないのにね。あーあ、ダンジョンにこもり続けたせいでちょっと参ってるのかな?)
凛が手に持っていた革を作業台の上に置く。凛が愛用するペンギンの置時計を見ると時刻は11時45分を指していた。両手を上げて背伸びをした凛が、ゆっくりと立ち上がる。
「よし、ご飯でも食べてちょっと気持ちを入れ替えよ。今日はカツカレーだ!」
そんな独り言を言いながら凛は廊下を奥に向かって歩き始めた。
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