第171話 セナの考え、透の考え
結構な音がした割に痛みのあんまりない頭をさすりつつ、目の前で腕組みしながらこちらを見ているセナを見返す。
「いや、なんでだよ」
「当たり前だろうが。そもそも凛に疑われるかもしれないということがきっかけで色々と動いたのだぞ。これ以上あいつに下手な手出しは禁止だ」
「それは……まぁ、そうだけどよ」
確かにセナの言うことは正論だ。そもそもの話が俺が不用意に外部の服を注文させちまったことで始まったんだし、その関係者で疑いを持っているかもしれない凛にヒントを与えるような行為はすべきじゃねえってのはわかる。わかるんだけど、これほどあからさまな挑戦状になにもしないってのはな。
納得がいかずにうーんとうなっていると、セナがやれやれとばかりに小さな嘆息を漏らした。
「別に人形を造るなと言っている訳ではない。凛に見せなければ良いんだからな」
「うーん、でも挑戦状を叩きつけられて無反応ってのもな」
「革の素材を増やしたり、生産に使う道具を補充してやれば良いだろう。それに透は凛に対抗するために人形を造るのか? その造られる人形のために造るのではないのか?」
じっとこちらを見上げながらセナが言った言葉が俺の頭に突き刺さる。
そうだよ。挑戦状のせいで対抗意識とかそういったことにばっかり意識がいっちまってたが、人形を造るときはそいつのために全神経を注ぐってのが最も重要なんだ。挑戦状への返答のために人形を造る? 違うだろ。その人形の事を思い、その人形にふさわしい姿で生み出してこその人形師だろ。
俺は馬鹿だな。そんな最も基本で、最も大事なことをセナから教えられるなんてよ。
「悪かった。セナの言う通りだ」
「うむ」
「とは言えこの衣装に合う人形はすぐ造りてえから、ちょっと後は頼んでいいか? やっぱこういうすげえ衣装とか見ると創作意欲がこう、むくむくと……」
「わかった、わかった。私が後は何とかするから好きにしろ」
「ありがとな」
しっしっと手を適当に振りながらあっちに行けと言うセナに軽く感謝の言葉を伝えて、自室へと道具を取りに向かう。やっぱ前がジッパーで開くタイプのライダースーツと言えばセクシー系のお姉さんキャラだよな。筋肉が浮き出るようなごつい親父の人形ってのも捨てがたいんだが、凛の送って来たライダースーツは明らかに女性の体型だし。
うーん、ライダースーツに最も映える体型を造るってのも難しそうだが、それもまた挑戦だ。やべえ、めちゃくちゃワクワクしてきたぞ。さっさと作業を開始しねえとな。
スキップでも踏みそうな足取りでコアルームを出ていった透の姿を見つめていたセナがため息を吐く。しかしその表情は呆れたといった感じではなく、とても優しいものだった。
「本当にあいつは、鋭いのか馬鹿なのか。どっちなんだ?」
壁にかかったタブレットの画面には革職人たちの部屋へと戻っていく凛の姿が映っていた。しかしセナはその姿を見ながらも思考はそちらへとは向かっていなかった。
実際、セナが凛を殺そうとしたのは、言ってしまえばほんのついでだ。そもそも外部の物を手に入れようとするのであれば、そこから足がつく可能性があるということは当然想定できた。だからこそセナはあらかじめその対応策も練っていた。透との話し合いでいくつもの案がすぐに出たのはそのおかげだ。
それなのにセナが凛を殺すと言ったのは……
(今回の収穫はアスナの現状の強さを測れたことと、クラスを知ることが出来たことか。しかし私の想定の上を行くとは、やはりダンジョンマスターは危険だな)
何事もなく監視を続けているようにしながらもセナの思考はアスナの事ばかり考えていた。目の前に置かれたせんべいを食べることもしないほど真剣に。
たまたま透の言った凛が人形の服の製作者の関係者かもしれないと言う言葉を聞いてセナが思いついたのは、このことを利用してアスナをどうにか出来ないかと言うことだった。
ダンジョン運営が順調な現在、このダンジョンにとって最も危険な存在は自衛隊でも警察でも、外国の軍隊でもなくアスナだとセナは考えていた。
ダンジョンマスターの性格上予期せぬ行動をとる可能性が高く、万が一再び敵対して人形を倒されるような事態になれば透がどうなるのかセナにも予想がつかなかったからだ。
(こいつの出番もまだ先か)
セナが手に持ったタブレットへとちらりと目をやり、そしてその画面をスワイプして切り替える。今ではただのダンジョンの様子が映るその画面に先ほどまで映っていたのは、モンスターの召喚画面。そしてその中でもセナが目をつけていたのはドッペルゲンガーと言う名のモンスターだった。
ドッペルゲンガーは10万DPもするモンスターだ。しかし単純な戦う力としては同じDPで召喚可能なクレーンの騎士などと比べるべくもないほどに弱い。
それなのにこれだけのDPがかかるのは、その人の姿を真似るという能力ゆえだった。そしてその能力はただ単に姿を模すに留まらず、ある程度の知識まで模す事が出来るのだ。
このドッペルゲンガーの能力を使ってセナが画策していたのはアスナを殺し、その代わりをドッペルゲンガーにさせるというものだった。
凛を殺すためと言うことにして、まずアスナにドッペルゲンガーとアスナを殺すことの出来る強さの人形を外へと連れ出してもらう。そして油断しているアスナを殺し、ドッペルゲンガーが入れ替わる。
そうすれば裏切られる心配もなくなり、さらには手駒をちゃんとした身分つきで外に置くことも出来る。ダンジョンにとってみれば正に一石二鳥とも言える策だったのだ。
(私は選択を誤っただろうか?)
セナが視線を上へと向ける。そこには変わり映えのないコアルームの天井しかないが、その視線はそこを通り越し、はるか彼方へと向かっていた。その先になにがあるのかはセナ以外には知りようもない。
しばらくして、セナが苦笑を浮かべる。そして小さく首を振ると目の前のせんべいへと手を伸ばした。パリッという音がコアルームに響く。そしてせんべいを持つ自分の小さな手をセナが眺める。
(私のこの手は既に血に染まっている。今更人を殺すことなどに躊躇はしない。透の心配など見当違いだ)
パリッとセナがせんべいを食べ進める。いつもと同じ味のはずなのに、1人で食べるせんべいはどこか味気なくてセナが顔をしかめる。
実際、セナは自分自身を冷静に分析していた。殺人を楽しむといったことはないが、必要であれば手段として選ぶことに迷いはない。
一般人である凛を殺すことに思うところがないわけではないが、それが自らの脅威となりうるのだからと割り切ることは出来ていた。
ならば何をセナは気取られたかと言えば、それは本命の目標であるはずのアスナについての思いだった。
(しかし透に気づかれるとは私もずいぶん弛んでしまったかもしれんな。仲間を裏切るな、か。こんな状況でも私を縛るとは、なんとも因果なことだ)
そんな事を考え苦笑しながらもセナの表情は先ほどまでよりもどこか穏やかだった。
セナ自身でもわかっていたのだ。最初こそ敵対した間柄だったが、それ以降文句を言いながらもこちらの要望を誠実にこなしてきたアスナに少なからず仲間意識が芽生え始めていたことを。そしてそれがどれだけ危険なことかもセナは同時に気づいていた。
アスナを半ば強引に殺そうとしたのもそのせいだ。しかし、わずかの躊躇を透に見抜かれ、そしてそれは成されなかった。
そのことが後々大きな厄介ごとになる可能性があるとわかっていながらも、これで良かったのだと思う気持ちが少なからずセナの胸中に湧いたのも確かだ。そしてそれを見抜いた透への思いも。
その時、ドアがバンッと勢いよく開き透がコアルームへと入ってきた。真剣な表情で見つめる透の様子に何事かとセナは身構える。
「セナ、やっぱ髪はロングの方が良いよな。ライダースーツに流れる感じで。ショートの活発さも捨てがたいが、メットを脱いだときとかにライダースーツから取り出した時とかのファサァって感じはやっぱロングじゃねえと……」
「どうでもいいわ! この人形馬鹿が!」
熱弁をふるう透へと罵声を浴びせ、そして手に持ったせんべいをセナが口へと放り込む。先ほどまでと変わらないはずなのに、まるで変わってしまったその味にセナは小さく笑みを浮かべるのだった。
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