第170話 秘密の依頼所
警官数人を連れ立ってダンジョンへと入って来たアスナが2階層を進んでいき、しばらくしたところで壁に設置された隠し扉のスイッチを押して中へと入っていく。事前に説明されていたんだろうが少し驚いた顔をしながら警官たちもその後へと続いていく。
ちょっと遅くて心配したが、この様子だと問題は無かったようだな。
「イラッシャイマセ」
白い壁に木製のフローリングという落ち着いた印象の部屋の奥には酒場のようなカウンターが設置されている。そしてその向こう側に居た1体の人形が頭を下げながらアスナたちに片言の日本語で声をかけた。
その姿に警官たちの間でどよめきが広がる。もちろん言葉を話したからじゃねえ。このダンジョンの人形が話すなんて、こいつらにとってはもはや常識だしな。
それなのにこいつらが驚いたのは、その人形の姿がこのダンジョンで最弱の存在とも言えるパペットだったからだろう。
「やっ、さっきぶり」
「サッキブリデス、アスナ様。依頼ノ、破棄ヲ、ゴ希望デスカ?」
「いやー、ちょっとあってね。この人たちを案内しに来ただけ。ちゃんと依頼はこなすから」
「ワカリマシタ。オ待チシテオリマス」
アスナと親し気に会話を交わしているのは、外見はパペットの姿をしているがパペットじゃねえ。俺がパペットに似せるようにして1から造った人形、その名もマットだ。名前の由来は、まねパペットという意味と仕事がマスターっぽいパペットだからマットだな。
マットがアスナへと頭を下げ、そして警官たちへと向き直る。
「皆サマ、マットト申シマス。現在ノ、依頼ハ、ゴザイマセン。マタノ、オコシヲ、オ待チシテオリマス」
「すまないが、ここの使い方などについて教えてもらうことは出来るだろうか?」
「ワカリマシタ。説明サセテ、イタダキマス」
マットが身振り手振りをしながらこの部屋の使い方を警官たちに説明していく。使い方って言ってもそう大したもんじゃねえけどな。
マットがいるカウンターの奥に人形を置く棚があり、そこに人形が出ていれば似合う服の納品と言う依頼があることを示している。そして依頼を受けたい場合はマットに話しかければいいって感じだな。そして人形の服を納品して、翌日以降にマットの元にやって来ればその依頼の達成度に見合った報酬が支払われるという訳だ。
マットの片言の言葉のせいかちょっと警官が聞き取りづらそうにしているが、実はこれもわざとだ。
アスナに人形の服を依頼したのはアリスたちの階層を造る前、つまりこのダンジョンのモンスターとしてはパペット、お化けかかし、サンドゴーレム、ユウぐらいしか認知されてない時期だからな。
ユウはボスモンスターだから別格だとして、他の人形が話すなんて認知されていない時期から存在している隠し部屋なんだし、言葉は片言で十分だろうからな。
その時期から居ると知っていれば話すって言うだけで、隠し部屋にいる特別な人形だったんだなって考えが及ぶだろうし。
で、誰にその役目をさせるかって考えると言葉を話すのなら、人型で看板を持って案内したりした実績もあるダンジョンの万能選手、パペットが最も妥当だって判断したわけだ。
ちなみにわざわざ俺の手でパペットに似せて造ったのは、パペットを強化しただけじゃあ話せないからだ。なんというか自分で<人形創造>で造った人形は応用が利くんだが、召喚した人形たちは<人形改造>で強化しても戦闘方面に全振りしちまう感じなんだよな。
実際あれだけ<人形改造>で強化しまくっているサンでさえ、まだ話せねえしな。まああいつの場合は、感情表現が豊かなせいで言葉じゃなくてもほとんど伝わるんだけどよ。
おっと、マットの説明が終わったみたいだな。
「イジョウニ、ナリマス」
「わかった。またこれから依頼を受けることもあるだろうからよろしく頼む」
「オ待チシテオリマス」
「じゃね、マット」
「ハイ、アスナ様」
軽い口調で手を振りながらアスナが警官たちと共に部屋の外へと出ていく。こいつ、マットと会ったのは昨日が初めてのはずなのに、まるで本当に昔からの知り合いみたいに対応しやがるな。
いや、悪いことじゃねえんだ。むしろ嘘がバレない確率が上がる分、俺たちにとっては良いことなんだろうが何というか……怖えよな。こんな自然に演技って出来る物なのか? 俺だったら確実に無理だぞ。
「ふむ、とりあえず問題はなさそうだな……んっ、どうしたんだ?」
あぐらの上で座ってモニターを見ていたセナがこちらを見上げる。気づかないうちにじっと見ちまったみたいだ。
「別に何でもないぞ」
首を横に振って否定した俺をしばらくのセナは見つめ、そしてハッと口へと手をやりながら目を見開いた。
「まさか、モニターに私が集中しているのを良いことに良からぬ妄想を……」
「はいはい、そういうのじゃねえから」
自分の体を抱きしめるようにしてわざとらしくセナが震える。うん、バレバレの演技だ。そうだよな、こいつはそういう奴だった。まあ俺もこういう奴の方が気楽だしな。からかいとか軍事知識の教習とかが面倒だったりするけどよ。
あっさりと話題を切った俺に少し不服そうにしていたセナだったが、すぐにその表情をいつも通りに戻した。
「さて、これで当初の問題はクリアした訳だな。後はアスナがぼろを出さないことを祈るだけだ」
「あの様子なら大丈夫そうじゃねえか。当面は他のダンジョン攻略に専念するって言ってたしな」
「まあな。その間新鮮なせんべいと情報が入って来なくなるのが問題だが、仕方あるまい」
「なんかその順番にセナの優先度が現れてるよな」
苦渋の決断とでも言わんばかりに顔を歪めるセナの姿に苦笑いを浮かべる。やっぱせんべいが第一優先なんだな。
しかし新鮮なせんべいって言葉、普通使わねえよな。まあ言わんとすることはわからなくもねえけどよ。付き合い長いし。
次に人形の服を持って来たらアスナはしばらく初心者ダンジョンには来ないらしい。
3階層のサンドゴーレムのいるボス部屋の1つに新たに隠し扉を設置しておいたので、人に見られることなく接触することは可能なんだが、利益を独占していたって情報が出回ったら他の探索者に絡まれそうで面倒だからやめるそうだ。
そりゃあ、他の探索者からしたら良い気はしねえだろうしな。しかもあいつ、けっこう有名らしいし、格好の餌食だよな。まあ物理的に襲ったらそいつがアスナの餌食になるんだろうけど。
とりあえずちょっと面倒で色々と考えることもあったが、なんとかミスを取り返すことは出来たはずだ。後は適度に人形を補充して依頼をかけてやれば良いだけだしな。
しかしあのおばあさんの所以外の衣装が来る可能性もあるだろうから、新たな出会いの予感にちょっとワクワクするな。似合わん衣装なんて持ってきた日には強制的にレーション食わせる予定なんだが、よほどのことが無い限り大丈夫だろう。
「さて、ではそろそろ私は製鉄会社の奴らの監視に戻るぞ。最近は銃の試射を始めていたから気になっていたのだ」
「おう、そっちは全くわかんねえし頼むわ。俺も適当に他の奴らを……んっ?」
ちょっとウキウキした様子で俺のあぐらから降りて製鉄会社の奴らの監視に向かったセナの後ろ姿に返事をしつつ、俺自身もタブレットを操作してマットのいる隠し部屋から生産者たちの階層へと切り替える。そして丁度そこに映っていた光景に思わず声が出た。
「どうした?」
俺の声に反応して戻って来たセナにタブレットを見せる。そこに映っているのは人形の奉納に来た警察官たちだ。まあいつも夕方のこのくらいの時間に来るのでそれは不思議じゃない。俺が声をあげた原因はそいつらに革職人の凛が話しかけて何かを渡していたからだ。
1人の警官が地上へと走って戻っていき、しばらくしてそいつが戻ってくると元から持っていた人形と共に、凛に渡された何かを持って祭壇へと向かっていった。そしてそれらを祭壇に置き、罠が発動してそれらが消える。凛はその光景をじっと見つめていた。
「何なんだろうな。たぶん許可が出たんだろうから変なもんじゃねえと思うけど」
「見に行くか」
「そうだな」
セナと一緒に人形たちの待機部屋の隅に転移したはずのそれらを確認に行く。新しい人形に目と手が行きそうなのを我慢しつつ、シンプルな茶色の紙袋に入っている物へと手を伸ばして取り出してそれを広げた。
「人形の服? ライダースーツのようだな。よくこのサイズでここまで再現したものだ」
俺が取り出した人形サイズの黒革のライダースーツを見ながらセナが感心したようにうなずく。セナの言うように、人形が着るんだからと手を抜いたような様子もなく確かな技術で造られたつなぎのライダースーツだ。胸の部分をジッパーで上げて着るタイプで、黒一色でありながら光を反射する光沢のある革と造りこまれた細部のおかげで安っぽさなど全く感じられない。
思わず、ニヤリと笑みが浮かぶ。そんな俺の顔をセナが不思議そうに見ている。セナにはまだわかんねえようだな。このライダースーツに込められたメッセージがよ。
「これは挑戦状だ」
「挑戦状?」
「ああ。この衣装に合うような人形がお前には造れるのかって言ってんだよ、こいつは」
祭壇を見つめたままじっと立っている凛を指さす。
なぜこいつがこんなもんを送ったのかはわかんねえ。もしかしたらあのおばあさんの衣装を着た人形を見て、自分の服を着た人形が動くのを見てみたいってだけかもしれねえが。
いや、もしかしたらおばあさんの衣装にお前の腕は見合っていないってことかもしれん。反論があるならこの服に合う人形を造って実力を見せてみろって感じか。うん、こっちの方がしっくりくるな。
「ふふっ、良いだろう。その挑戦受けてやる」
俺の心の職人魂に的確に火をつけやがるとは、やっぱこいつはひと味違うぜ。首を長くして待っているが良い。絶対にあっ、と驚かしてやるからよ!
「1人で盛り上がってるところ悪いが、ダメに決まっているだろうが」
完全に凛の挑戦を受けるつもりだった俺は、飛び上がったセナにパシンと頭を叩かれ、冷たい言葉で盛大に水を差されたのだった。
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