第168話 矛盾の解決案
遅れてしまいすみませんでした。
気まずい沈黙が続く。まあ確かに考えてみればせんべいのだるまみたいな着ぐるみを着ている理由がただの趣味ってのはちょっとアレな理由だったかもしれん。俺はもう慣れちまってそういうもんだと割り切っちまっているが、改めて考えるとやっぱな。ラックの反応がそれを如実に表してるし。
さて、どうしたもんかな、と考え始めた矢先、バタッと何かが地面に倒れる音が響いた。俺とラックの視線がそちらへと向く。
「アスナ!」
先ほどまで固まっていたのが嘘のようにラックが飛び駆けて行った先にあったのは大の字の姿勢のまま地面へと倒れているアスナの姿だった。荒い息を吐きながら肩を上下させており、体のいたるところが赤く腫れている。なんでそんなことがわかるかって言うとあいつの服がほとんど破けてるからだ。うん、色気のない下着が丸見えだ。それにしても幼児体型のせいかアスナの性格を知っているせいかわからんが全く興奮しねえな。
しかし先輩が故意に服を破るなんてする訳ねえし、何をしたらあんな状態になるんだ?
「ふむ、視姦の時間か?」
「違えわ! なんであんな格好になってんだろうと思ったんだよ」
ニヤニヤと笑いながらやって来たセナの聞き捨てならない言葉を即座に否定しつつ、アスナと俺たちの間でまだ警戒を続けてくれている先輩へと手を振って、お疲れと伝える。先輩は視線をアスナに向けたまま、いつも通り無言で片手を挙げて返してきた。こんな状態でも油断はしないなんて、やっぱ先輩は頼りになるぜ。
アスナは倒れたままラックと何かを話している。その楽しそうな顔とラックが呆れたように嘆息する姿から、その内容は大体想像がつくな。本当にあいつ苦労してんなぁ。同情の視線をラックへと送り、セナへと視線を戻すと俺と同じような視線をラックへと送っていたセナがこちらを見上げた。
「そろそろ良い時間だから先輩にアスナを拘束してもらおうとしたんだが、アスナが服を自ら破って無理やり抜けたのだ。あんな姿になったのはそのせいだな」
「……アホだろ、あいつ」
「まあ拘束を抜けるために服を犠牲にするのはわからんではないが」
「わかっちゃうのかよ」
セナの意外な返事に思わず突っ込んだが、その表情には冗談の色は無かった。あっ、これはマジなやつだ。
「例えば戦地で敵に捕まったとする。そのままでいれば当然拷問されるか殺されるか、言うなれば命の危機だな。その時に……」
「相変わらず状況が特殊すぎるよな。まあ言わんとすることはわかったけどよ」
つまり捕まったままでいれば危険な状況では、服を犠牲にして逃げるという選択肢は全くおかしくないってことだろ。でも、言うなれば今回は試合のようなもんだ。アスナが理解していたかにはちょっと疑問があるが、命までは取らないっていう前提の戦いだからな。
「やっぱあいつ、どこかおかしいよな」
「そう言う透も同じようなものだぞ」
「いやいや、俺はまともだろ」
俺の言葉に、セナはフッと息を漏らすと処置なし、とばかりに目を閉じて首を横へと振った。両手まで上げて、お前はどこぞの外国人か!? と突っ込みたくなるような仕草だ。イラっとするが、まあ俺は人形好きなだけで普通だからな。そんな挑発には乗らねえよ。
こういう時はさっさと話題を切り替えるに限るな。報告もあるし。
「とりあえずこっちの話し合いも終わったぞ」
「うむ。私が戦いの推移を見守っている中、ずいぶん楽しそうに話していたな」
「楽しそう? いや、結構真剣に話していたつもりだぞ。まあラックが良い奴だったのは確かだけど」
先ほどまでラックの座っていた場所にセナがぼてんと腰を下ろしたので、俺も同じく腰を下ろして話す体勢になる。しかし俺としては真面目に話していたつもりなんだが、そんなに楽しそうだったのか? まあセナや人形たち以外と話す機会なんて早々ないから、無意識にそんな風になっちまった可能性も……
「私のせんべいを食べたしな!」
「完全に逆恨みだな。しかも俺は食べてねえし。それに、まだ残っているからいいだろ」
「ふん、せんべいは時間の経過とともに味が落ちるのだぞ。まだそれがわからないとは、所詮は透だな」
文句を言いつつもぱりぱりとせんべいを食べだしたセナに、結局食べるのかよ、と突っ込みたくなったが面倒なのでやめる。と言うか俺も腹が減ってきたな。ストローで飲み物は飲むことが出来るが、せんべい丸に入ったまま何かを食べるってのは無理なんだよな。
そんなことを考えていると、2枚目のせんべいへと手を伸ばしつつセナがこちらをチラッと見た。はいはい、説明しろって事だな。心の中で小さくため息を吐きながら、報告を始める。
「とりあえずラックとの話し合いはついた。大筋はこちらの案の通りだな」
「もぐ、どの案だ?」
「隠し部屋だな」
その言葉にセナが意外そうな顔をして動きを止め……うん、口だけはしっかり動いてやがるな。まあセナが驚くのも無理はない。隠し部屋の案はどちらかと言うとアスナたちよりも俺たちに利がある案だからな。
一応俺とセナは今回の対応のためにいくつかの案を出した。そのいずれもが今後のダンジョンの運営に影響を与えるものだ。なぜならアスナは一度に人形の服を全て買った訳じゃなくて、継続的に買っていたからな。繰り返しそれをこなしていたって風にした方が説得力がある。アスナ以外でも同じようにこなすことを出来るとなれば、それがダンジョンの機能の1つだって周知も出来るからな。
一応、ボスの単独突破特典とかも考えなくもなかったが、1回限りとなるとアスナへと向けられる疑惑が完全に晴れることはねえし、なにより単独突破は桃山が先にしちまってるしな。民間で、と言う意味ならアスナが最初だがダンジョンがそれを区別するってのもおかしな話だし。
まあその中でも隠し部屋の案は比較的シンプルな案だ。2階層に隠し部屋を設置し、そこに人形を並べる。その人形に似合う服を奉納すれば報酬が得られるって訳だ。案内役の人形を配置してやれば説明が可能だし、なにより人形を手荒く扱ったり壊したりすることを防ぐことも出来るしな。
アスナは偶然この隠し部屋を知り、それをこっそりと独占していたという筋書きだな。
「本当に良いのか? 利益を独占していたということになるんだ。奴らに反感を抱く奴らは確実にいるぞ」
「ちゃんとそう伝えたぞ。でもその方が良いんだって」
「どういうことだ?」
本気でわからないといった顔をしているセナに向けて、俺は苦笑いを浮かべる。うん、そういう反応になるよな。俺も聞いた時はそう思ったし。
「なんか、あいつら今注目されすぎてるんだと。民間トップの美少女探索者って言われててマスコミやらファンやら、あげくは不審者なんかにつきまとわれているらしい」
「つまりわざと悪評を流して、それを散らそうという訳か。マスコミにも注目されているとなるとかなりバッシングを受けそうなものだがな」
「それも承知の上だろ。まあバッシングされた程度でアスナが参るようには見えねえし、何よりダンジョンに潜っちまえば関係ないって考えてんじゃねえか?」
「それもそうか」
アスナの場合、戦えさえすれば幸せってのは今回の事からしても明らかだしな。むしろ逃げるって口実でダンジョンに潜り続けそうな気がする。さすがにマスコミもダンジョン内には入ってこれないだろうし。後は世間が飽きて落ち着くのを待てば、アスナたちの望む状況になるって訳だ。
「ならば後はバラすきっかけを作るだけという訳だな」
「だな。バレた後の説明はアスナに任せば……任せて大丈夫だよな?」
「……よく言って聞かせよう」
俺と同じ不安を抱いたらしいセナが苦い顔をしながら立ち上がる。そして手に持っていた最後のせんべいの欠片をぽいっと口へと放り込み、アスナたちへと向かって歩いていった。俺も後へと続こうとして、思い直して反対方向へと歩き出す。
せめてアスナの服を持って行ってやろう。これ以上ラックに苦労かけると、あいつ心労で倒れかねんからな。
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