第167話 ラックとの話し合い
すみません。遅れました。
ちょこんとお座りをしながら、ラックがせわしなく首を動かしている。見た目は猫じゃらしへ飛びかかる前の黒猫って感じだが、眉根を寄せたその顔に現れているのは心配という感情だ。セナもそうなんだが、使い魔って見た目と違って本当に人間みたいなんだよな。
「すまん、ちょっといいか?」
「えっ?」
突然声をかけられたことに驚いたのか、ラックが慌ててその場からとびずさる。おっ、なんか今のは猫っぽかったな。いや、まあどうでも良いことかもしれんが。
4本足で立ちながらこちらを見るラックは明らかに俺を警戒していた。そりゃそうか。ここは言わば敵地だし、そんな場所でいきなりそのダンジョンのマスターが近づいて来れば何かされるんじゃないかって思うよな。ここはまず敵意は無いことをアピールした方が良いか。
立ち止まり、両手を上げながらラックを見つめる。
「あんま警戒しないでくれ、と言っても無理かもしれんが一応お前を害する気とかはねえからな。俺たちは俺たちで話し合いを進めたいと思って来ただけだ」
ラックがその金色の瞳でじっと俺を見つめる。俺の言葉が嘘かどうか判断しているんだろう。まあそんな簡単に信用してもらえねえよな。だって自分のマスターであるアスナが戦っているのに、それを放っておいて話し合いをするなんてやっぱおかしいし。
あれっ、そう考えると結構これって難易度高いんじゃね。
そりゃあ俺はアスナと先輩の戦いを見ることさえ出来ねえから話し合いをすることで役に立とうと決めた訳だが、さっきのラックの様子からして少なくともこいつは戦いの様子を見るくらいは出来ていそうだった。あの戦いに介入できるほど強いようには見えねえけど、ただの黒猫じゃなくて使い魔だし実は強いのかもしれん。それならアスナを放っておくことなんてしねえだろ。
ラックがちらっとアスナの方を確認する。ほらな、やっぱり。
「……良いですけど」
「まあ、そうだよな……って良いのか!?」
意外な答えに驚いて思わず大きな声が出てしまい、ラックがビクッと体を震わせる。慌てて「悪い」とすぐ謝ったが、俺の聞き間違いじゃねえよな。
「でも、本当に良いのか?」
「はい。ああなったアスナは満足するまで止まらないですし」
はぁー、と大きなため息をラックが吐く。なんというか今までもこういうことが何度もあったんだろうな、と簡単に想像がつく仕草だ。アスナというダンジョンマスターに振り回されてかなり苦労してそうだよな。苦労性って言葉が良く似合いそうだ。
驚かせないようにゆっくりと腰を下ろすと、ラックが少しだけ近くに寄って俺を見ながらちょこんとお座りをした。なんか可愛いな、こいつ。
「前もしたかもしれんが一応自己紹介しておく。この初心者ダンジョンのダンジョンマスターだ」
「アスナの使い魔のラックです」
俺の自己紹介に応じてラックも頭をぺこりと下げる。前回はなんか色々とごたごたしてちゃんと挨拶とかした覚えがねえんだよな。それ以降はこいつらとの交渉はずっとセナがしていたし、そう考えるとちゃんと話すのは今回が初めてといっても良いかもしれねえな。
「とりあえずアスナに疑いがかからないための解決策について話したいんだが、長くなるかもしれんし何か飲んだり食べたりするか?」
「お構いな……いえ、お願いします」
そんな風に途中で断りの言葉を止めて、ラックは意見を変えた。なにかあったか?
「んっ? じゃあとりあえずミルクとかで……ミルクって猫はお腹壊すんだったか?」
「いえ。なんでも大丈夫です。こんななりですけど使い魔ですから」
「そりゃそうか。じゃ、適当に持ってくるわ」
そう言い残して奥の部屋へと行き、ダミーコアに触れて一旦コアルームへと戻る。人がいるとタブレットが使えなくなっちまうからな。少し面倒だが仕方ねえ。
「お帰りなさい、マスター。もう用事はお済みになりましたか?」
万が一を考えてコアルームの守りをお願いしておいたスミスたちの出迎えを受けながら、その質問に笑って首を横に振る。
「話し合いを始めるところだ。飲み物とかを用意しようと思ってな」
「なら、私が」
手を挙げて立候補してくれたククには悪いんだが、先輩が戦っている現状でそんなに時間をかけたくねえんだよな。断然ククの方が美味いのは確かなんだけどよ。
「時間がねぇから……」
いいや、と言おうとしたんだがククの懇願するような潤んだ瞳にそれ以上言葉が続けられなかった。
「とりあえず最初は出来合いのもんにしておくから、後でパペットたちにでも運ばせてくれ」
「はい!」
心底嬉しそうに走って出て行ったククの後ろ姿を見送り、手早く必要そうなものをタブレットで選択していく。そしてそれらをリュックに詰めて持ち、再びラックの元へと戻った。
アスナと先輩はまだまだ戦いの最中のようだな。
「すまん、待たせた」
「いえ、全然」
その場から動かずに俺を待っていたラックと、なぜかデートの待ち合わせのようなやりとりをしながら話し合いの用意をしていく。
地面に直置きもなんなので、とりあえず大きめのシートを敷いてその上にお茶やミルク、お供のクッキーやらを置いていく。
猫と言うことも考慮して一応煮干しも出したが、なんというか雑多な感じだ。統一感が全くないとも言える。まあ、この際だし交流を深めると思ってもう少し出しておくか?
「あ、あの!」
「んっ、どうした?」
突然ラックに話しかけられ、リュックを探っていた手を止める。
「こんなにいいんですか?」
「んっ、なにがだ?」
「だってこれ、DPで出した奴ですよね」
「おっ、わかるのか。流石だな。味はそれなりだけど時間短縮に便利だよな、DPって」
俺としては同じダンジョンマスター側ということで軽く共通の話題を振ったくらいのつもりだった。つもりだったんだが、なんでラックは泣いてんだ?
「そうですよね。ダンジョンの強化はもちろんですけど、普通そういう風に使いますよね」
「おっ、おお。まあな」
「DPがあるのにもったいないからってリュックに水と食料をこれでもかと詰め込んだり、地面になにも敷かずに寝たり、結構破れた服をまだ縛ればいけるでしょって着たりしませんよね!」
「……そんなことしてんのか、あいつ」
泣きながらこくこくとうなずくラックに同情の視線を送る。なんというか清々しいまでに振りきってんな、アスナは。これがセナがよく言うダンジョンマスターになる者の業ってやつか。
まあ、俺は記憶がないからそんなことはねえけど、ラックとかダンジョンマスターの使い魔ってめっちゃ貧乏くじだよな。
「まあ、飲めよ。後でもっと美味いものも来るから遠慮すんな」
「ありがどうございまず」
ぐずぐずと泣きながらミルクを舐めて飲むラックが落ち着くまでにはしばらく時間がかかった。
「つまり……」
「いっそのこと……」
「でもそうすると……」
「それは……」
「ああ、だからさっきは……」
ラックとの話し合いは最初にちょっとトラブルはあったが、思ったよりすいすい進んだ。
と言うかこいつ、頭の回転が速くて俺たちの考えをすぐ理解するし、なにより良い奴だ。自分たちが得になるだけじゃなくて俺たちのことも考えて意見を出したりしてくれるしな。
始めの頃は心配でチラチラと先輩を気にしていたんだが、だんだんとアスナがへばってきたのでもう安心だ。なので今はラックとの話し合いに集中している。
「とりあえず、こんな感じで良いか?」
「ですね。最後にアスナに確認してもらいますけど、文句は言わないと思います。元々目立ってしまっていたので、僕たちとしても今回のことはある意味都合が良かったですし」
「そうか」
とりあえずこっちは決着がつきそうだ。ラックのぽっこりと膨れたお腹と満足げな表情からしても、もてなしもうまくいったことに間違いないしな。
しかし、今回のことがアスナたちにとっても都合が良かったとは思わなかったな。まあ、俺としては問題が解決できれば良いんだけどよ。
「しかし、意外でした」
「なにがだ?」
あっ、しまった、とばかりにラックが顔をしかめる。思わず聞き返しちまったが、流してやればよかったな。本当は言うつもりはなかったみたいだし。
「別に言いたくなければ……」
そうフォローしようとしたが、ラックはすぐに首を横に振って笑った。
「すごく理知的だったから驚いたんです。えっと、その、格好からはちょっと想像がつかなくって。でもなんでそんな格好をしているんですか? きっと僕にはわからない理由があるんですよね」
「いや、セナの趣味だな」
あっさりと言った俺の答えに、ラックが固まる音が聞こえた気がした。
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