第166話 先輩とアスナの死闘
「良いだろう。と言うよりお前がそう言うだろうとは予想がついていたからな」
「へぇ、お見通しってわけ。それで相手は誰? まさか前みたいにダンジョンマスター自らが相手をする訳じゃないよね」
「そんな訳ねえだろ。言ったかもしれんが俺は戦うのは苦手だ」
ただ笑っているだけなのに、異様な圧を放つアスナになんとか軽口を返す。はっきり言って虚勢だ。と言うか虚勢を張れているのだって事前にセナと一緒にアスナが戦いを求めてくるであろうことを予想し、その通りにこいつが求めてきたからだ。
もし想定外の事を要求されたら、きっと俺は何も言えなかっただろうな。そうはっきりと感じられるほどアスナは強くなってやがる。でもこっちだって前のままじゃねえんだよ。
「お前と戦うのはこいつだ!」
俺の言葉と共に、ダミーコアのある奥の部屋からゆっくりとそいつが姿を現す。俺たちのチュートリアルダンジョンで最強の存在。最も人を倒したと言えばユウになるだろうし、危険と言う意味ではアリスなのかもしれねえ。だがそれでも最強の存在と言えば……
「頼むぜ、先輩」
俺の声援に姿を現したサンドゴーレム先輩がその大きな背中越しに片手を挙げて応える。ダンジョンの初期から共に戦い続け、そしてダンジョンの最後の砦として頑張ってきた先輩以外にここを任せることなんて出来ねえ。
それに前回は俺のために我慢してもらったが、先輩はアスナに同属のサンドゴーレムを殺されているからな。そのリベンジとしても戦わせてやりたかったし。
2メートルを超える巨体と相対したアスナが笑みを深める。
「強いね。その覇気は、ただのサンドゴーレムじゃないよね」
「……」
先輩がだらんと手を垂らした状態でアスナを見つめる。サンドゴーレムである先輩にとってそれは既に戦闘態勢だ。それを察したのか、アスナも半身になり手を軽く握りしめて胸の辺りで構えた。
「言っておくが両者とも相手を殺すのはなしだ。それだけは絶対に守れ」
「いいよ。だから早くして」
「……」
2人とも注意を促すセナには目もくれず、バチバチと火花を飛ばしている。あまりの緊張感に、当事者でないはずなのにのどが渇き、思わずごくりと唾を飲み込む。
「はぁー、本当にわかっているんだろうな。まあ仕方ない。始めろ!」
「行くよ!」
「……」
呆れたようにため息を吐いたセナの開始の合図に、アスナが瞬時に反応する。ダン、という地面を蹴る大きな音が響き、俺は一瞬その姿を見失う。そして次の瞬間には、ボグッという鈍い音が辺りへと響いた。
音のした方へと視線をやり俺の目が捉えたのは、長方形の大きな砂の盾を突き出した先輩と、その盾へと拳を突き入れているアスナの姿だった。
そして先輩がその砂の盾でそのままアスナを押しつぶそうとしたが、それを察したのか盾が突き出された反動を利用してアスナが先輩から大きく距離を取る。
「これを防ぐんだ。結構本気だったんだけどな」
「……」
手をプラプラと振りながら、アスナが笑う。いやどこか狂気を感じさせるその表情を笑うと言って良いのかわかんねえけど。と言うかあいつかなり強くなってやがる。スピードだけで言えばアリスやユウの方がまだ上だと思うが、それでも俺が見失うほどの速度で動けるって、完全に人間をやめてやがる。
でも先輩なら大丈夫だ。ちゃんと反応して砂の盾を作って防御しているしな。それに速さはあったが、アスナの拳は盾を抜けなかった。それが意味するのは、威力に関してはそこまでじゃねえってことだ。
「良いね。次は君からおいでよ」
「……」
くいくいっと手招きしてアスナが先輩を誘う。それに応じるように先輩がその2本の手を軽くふるった。先ほどまであった砂の盾が姿を消し、その両手が巨大な剣と先端が幾重にも分かれた槍へと変化する。
ヒューと唇をとがらして口笛を吹くアスナの目は爛々と輝きを増していた。
「……」
先輩がその腕を鞭のようにしならせて振るう。先端の大剣と槍の形はそのままにその腕が伸びていき、そしてその先には当然アスナがいた。
「ハッ」
アスナの気合を入れる声が聞こえる。その声はどこか楽しげだ。
俺じゃあ全く反応できないようなその先輩の攻撃を、その場からほとんど動かずアスナが手を添えるようにして避ける。
すげえな、ここまで最小限の動きで先輩の攻撃を避ける奴なんてロシア軍にもいなかったぞ。
でも、それは悪手だぜ。
「なっ!」
アスナの顔が驚愕に染まる。避けたはずの大剣と槍はアスナに避けられた瞬間に形を崩し、そしてそのままアスナを包み込むようにしてその全身を拘束していた。先輩にとって形ってのはあってないようなものだからな。そんな変幻自在の戦い方も先輩の強みだ。
ふぅ、ちょっとアスナの成長具合に驚いたが、これで終わった……
「ふふっ、良いね。最高だね。私、生きてるね。もっと感じさせてよ」
「……」
「もっと、さぁ!」
「なっ!」
アスナがカッと目を見開いたかと思うと、全身を拘束していたはずの砂が弾かれるようにして吹き飛んでいく。ゆらりと構えるその全身からは何かが立ち上り、その周囲の風景を歪めていた。
「私のクラスは武闘家。本来ならその系統のモンスターに恩恵があるクラスらしいけど、私自身も例外じゃないんだ。私の目指す先へ、生きている実感を得るためにぴったりのクラスだと思わない? 思うで、しょ!」
「……!」
アスナの体がぶれたと思った瞬間その姿が消え、そして次に俺が視認したのは先輩が造った大きな砂の盾をその拳だけでぶち抜いているアスナの姿だった。やべえ、スピードだけじゃなくて威力まで上がりやがった。
「これにも反応するんだ。本当に強いなぁ。君、すごく良いよ」
「……」
八重歯をむき出しにして笑ったアスナの姿が再び消え、砂を貫く鈍い音が響いていく。もはやその戦いの様子は俺には見ることさえ出来ない。その場で無傷で立ち続けている先輩の姿からまだまだ負けている訳じゃねえとはわかるが、なんて戦いなんだよ。
思わずぎゅっと汗ばんだこぶしを握り締めていると、とんとんと足を叩かれた。視線を下げるとそこにはセナが立っていた。
「透、今のうちにあいつと話を詰めてこい」
「いやいや、先輩が戦っている最中だぞ。さすがにそれはねえだろ」
俺と同じように心配そうに戦いの状況を見守っているラックを指さしながらそんなことを言ったセナに、即座に否定して返す。俺たちのために頑張ってくれている先輩を放っておいて、話し合いを進めるってそれはちょっとおかしいだろ。
「2人が何をしているのか、透には見えているのか?」
「いや、それは……」
「ここでただ突っ立っていても役に立たん。こっちのフォローは私がしてやるから、透は自分に出来ることをしろ」
そう言ってセナが俺の足を押す。いや、確かにセナの言い分もわかる。俺が見ていたって先輩がピンチなのかどうかさえ判断がつかねえしな。それじゃあ、助けに入ることも出来ねえし意味がないってことだろ。
視線を戦い続ける2人の方へと向ける。相変わらず断続的に鈍い音が響き、砂が吹き飛んでいる。その光景からは有利なのか不利なのか俺には判断がつかなかった。
足元からふぅ、と息を吐く音が聞こえる。ちらっと確認すると、セナが仕方のない奴だとでも言わんばかりの少し呆れた顔でこちらを見ていた。
「安心しろ。まだ先輩は余裕を持って対処しているから負けはしない。それにラックとの話し合いがつけば、あいつがアスナを止めてくれるかもしれないぞ」
「……わかった。先輩を頼む」
「うむ」
鷹揚にうなずくその姿は、憎たらしいほどにいつもと変わらなかった。
わかったよ。俺に出来ることはただ見えない戦いを見守ることだけじゃねえ。少しでも先輩の役に立って見せるさ。
そう決意し、俺はラックの方へと歩き始めた。
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