第164話 解決すべき問題は
「で、いつまで私の体を堪能しているつもりなんだ、透は?」
「お、おお。悪い」
セナに言われて慌てて抱きしめていた腕を離す。解放されたセナが肩を回したりして体をほぐしていく。力を抜くなんて考えてなかったからな。ちょっとまずかったかもしれん。
「すまん。なんか体の調子が悪いとかないか?」
「特に異常はないな。しかし私の魅惑のボディに魅了されたとはいえ、透は女の扱いがなっていないな」
「いや、どう見ても寸胴……」
つっこみどころ満載のセナのセリフに条件反射的につっこむ。たぶんさっきまでの緊張感が緩んだせいで、俺も気が緩んでいたんだろう。その先に待ってる未来なんてわかり切っているはずなのに、つっこんですぐに気づいたのに……口から出た言葉は消えてなくならねえんだよな。
「何か言ったか?」
「イエ。セナサンハ、オトコヲトリコニスル、ミワクノボディデス」
「よし」
どこからともなく現れ、そして消えたいつもの銀色に輝くものを目の前で眺め、ロボットのように返事をするという、ある意味でいつも通りのやりとりが終わる。
いや、確かに不用意な発言をした俺も悪いかもしれねえけど、セナも若干悪いと思うんだがな。セナの姿はデフォルメされた人形だ。多少は女性らしい体つきにはなっているもののメリハリとは縁遠い姿なんだよな。
「ふむ、まだ余計なことを考えているような気がするな」
「いや、別に考えてねえって。それより問題の解決のために会議するんだろ。行こうぜ」
「……そうだな。お仕置きは後でするとして、作戦会議が先だ」
「結局お仕置きすんのかよ」
俺の膝からぴょんと飛び降りてホワイトボードへと向かっていくセナの背中を眺めながら立ち上がり、小さくため息を吐く。なんか最近ますます心を読まれるようになった気がするんだよな。
お仕置き面倒くさそうだよな、とだらだら歩いていた俺がテーブルの席へとつくのとほぼ同時にホワイトボードをガラガラと引きずりながらセナがやってきた。そしてピョンと飛び上がり、途中で椅子を蹴ってさらに上へと飛び、テーブルの上まで一気に登り切る。相変わらず身軽な奴だ。
机の上へと降り立ったセナがキュポっとペンの蓋を取った。
「今回の問題としては奉納が始まる前に既に外部の者が造った衣装を着た人形がいたことを凛が知ってしまう可能性が高く、そこからアスナへと繋がってしまうことをどう回避するかということだ」
「まあそうだな」
キュッキュッとホワイトボードにペンを走らせていくセナを眺めながら俺も頭を整理する。確かにその不自然さに気づかれる可能性はあるだろうし、そこからちょっと探ればアスナに行きつくってのはわかる。でもなぁ……
「そもそも、調べようとするか? 普通の奴ならちょっと疑問に思っても調べるって手間をかけずにさらっと流しそうな気もするんだよな」
「確かにその可能性もあるな」
あっさりと肯定してきたセナの答えに、首を傾げる。
「じゃあやっぱり殺すってのはやりすぎじゃねえの? というかそれだけで殺すって考えるのはちょっとおかしいって言うか、セナらしくねえって言うか……」
「それが我々だけの問題であれば私もそんなことを考えはしなかったぞ。しかし今回はアスナが関わっているからな」
「アスナが?」
コクリとセナが首を縦に振る。最初に危険と言うか、怪しまれるのがアスナになるのは確かだ。俺たちのミスのせいでそんなことになったと知ったら、あいつはかなり怒りそうだってのも理解できるし、俺たちの事をバラす可能性が高いってのもわかる。
でもそもそも調べられないって可能性もあるんだし、事前にアスナに話すなりなんなりしておけば大丈夫なんじゃねえか? 文句を言いながらも俺たちの要望を聞いてくれるし、結構義理堅い奴だしな。まあ俺の人形を殺したことは忘れねえけど、それからはちゃんと約束を守ってるし。
「事前に話せば何とかなるんじゃねえか?」
「透は忘れているようだが、ダンジョンマスターに選ばれるのは何に変えても叶えたい望みのある者だ。それを邪魔した、いや邪魔する可能性があると言うだけで既に危険なのだ。本来であればアスナに知られずに処理するというのが最も望ましいのだぞ」
「そうか? 俺にはアスナは結構普通に見えるんだが。桃山と同類って感じはするけど俺たちとの約束は守ってるしよ」
率直に俺の考えを伝えてみたが、セナは迷うことなく首を横に振った。
「現状はお互いに利用しあっている関係だから成立しているのだ。それが崩れればどうなるのか私にも予測がつかん。本来ダンジョンマスターとはそんな奴なのだ。アスナがまだましな部類と言うのは同感だがな」
「うーん、実感わかねえな。でもそんな奴に自身の危険を回避するためとはいえ殺人を依頼する方が危険なんじゃねえか?」
「んっ? 何を言っている。アスナに人殺しなど頼むはずがないだろうが」
何を言ってるんだと言わんばかりの顔でセナが俺を見返してくるが、さっきアスナに頼むって言ってたよな。絶対に聞き間違いって事はねえし。
「ちょっと待て。どういうことだ?」
「アスナに頼むのは人形を外へと連れだしてもらう事だけだ。その人形が凛を狙う刺客という訳だな。そもそも作戦の核となる部分を外部の者、しかもダンジョンマスターなどに頼むわけがないだろう。それにこれはケジメの意味もあるのだぞ。私たちがやらなくては意味がないだろうが」
「あれっ?」
そんなこと言ってなかったと思うんだが、と記憶を思い返してみる。うーん、確かに直接アスナに殺すように頼むとまでは言ってなかったか? そうとれるニュアンスだったから俺が勘違いしただけってことか。
セナがはっきりと違うと言っているんだから多分そうなのだろう。だめだ。頭がこんがらがってきた。
「まあいいや。とりあえずそれは中止だから、どうだったかなんて今更意味がねえことだし」
「透の記憶力と理解力の低さが証明されただけだな」
「セナの説明力の不足が証明されたわけだな」
お互いに見つめ合いながら作り笑いを浮かべる。俺の切り返しにちょっとセナが驚いていた分、俺の勝ちだ。いつまでも言われっぱなしじゃねえんだよ。
しばらくしてセナが視線を逸らし、こほんと咳払いをしてホワイトボードへと向き直る。
「では、この問題の解決のためにはどうするのかということだが、クリアすべきは次の3点だな」
セナがホワイトボードへとマーカーを走らせていく。そこに書かれていたのは
・奉納前に人形の服が注文されたという矛盾の理由づけ
・アスナとの交渉(対価を含む)
・その後のダンジョンとしての対応
の3点だった。そしてセナが2番目のアスナとの項目の前に星マークをつける。これが最も重要という訳だな。
まあ確かに考えてみれば理由づけも、その後の対応も俺たちの範疇のことだが、アスナへの対応だけは違うからな。って言うかこれってもしかして……
「なぁセナ。これってアスナと話し合わないと決めようがないんじゃねえか?」
「まあな。だからこそ今回は透にも話し合いに参加してもらうぞ。せんべい丸を着た上でな」
「そりゃそうだな。じゃあとりあえずその話し合いに向けて良案でも練るとするか」
「うむ」
そして俺たちは話し合いを続け、矛盾をクリアするためのいくつかの案を練り上げた。とりあえずこの案の通りにすれば矛盾はクリアできるはずだが、あとはアスナ次第だ。
アスナが来る予定の日まであと数日。すんなりと話し合いで終わってくれればいいんだけどな。
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