第162話 気になる革職人
とりあえずウィリアム・ミッチェルに関してセナの話を聞いてわかったのは天才とアレは紙一重ってことだな。生まれる時代がちょっと早すぎたとも言えるかもしれねえし、上層部に理解者がいればもっと結果は変わったのかもしれねえけど。と言うか死後に評価されるってお前は画家か? って感じだしな。
まあそんな感じの事もありつつ数日様子を見ていたんだが、出前については結構受け入れられているようだ。メニューも豊富でしかも色々な国の料理に対応しているから飽きるってことはねえし、個人の好みはあるだろうが基本的にどれを食べても美味い。その上タダともなれば当たり前なのかもしれねえけど。
ちょっと面白いのは警備の警官とか自衛隊の奴らとかがうらやましそうにしているんだよな。そいつらは、お茶会の会場でたまに当たるポーションを手に入れる確率を増やすという使命があるからな。まあ、そこは宮仕えの宿命として諦めてくれ。
やっぱ美味い飯があるってのは結構重要だったようで、出前を頼んでいる奴は今までよりもちょっと楽しそうに働いている。特に製鉄会社の奴らなんかは人数が多いし、色々な種類を食べているせいか、これが美味かったとか、これは酸味が強くてちょっと無理だったわとか、出前の話題でわいわい盛り上がったりしてるしな。
最初は躊躇していた奴らも少しずつではあるが出前を注文するようになっているし、人数の減少も目に見えて減った。まあそれが俺たちだけの成果かはわかんねえけど、その一助になっていることは確かだろ。
という訳で待遇改善については一定の成果が出たし、とりあえず今回はこれで終了だ。他の改善については招待状の交換で頑張ってくれって感じだな。もしかすると候補者が決定してからの話になるかもしれねえが、そこは俺の知ったことじゃねえし。
それよりもここ数日ちょっと気になることが出来たのだ。それは……
「うーん。やっぱそうだよな」
「またこいつの監視か。はっ、もしや一目ぼれしてストーキングを……」
「違うからな」
タブレットの覗き込んできたセナが、その画面に映った革職人の凛を見てまさか! といった感じでわざとらしく驚く。わざとだとはわかっているが、俺の尊厳に傷つきそうだし即座に否定だ。
「確かにダンジョン内は覗き放題だ。ストーキングするには格好の環境だが、犯罪は許さんぞ」
「だから違うっての。でもそう考えるとダンジョンって恐ろしいよな。悪用しようと思えばいくらでも出来そうだし」
改めて考えると、ダンジョン内の様子を監視できるのってかなりのアドバンテージだよな。セナが言ったように他のダンジョンマスターの中には本当にストーキングしているようなやつもいるかもしれねえ。
何を今更といった感じで呆れたようにセナが俺を見ているが、俺としては情報収集として使えるって意識しかしてなかった。ぶっちゃけ、そんな犯罪とかに手を染めるよりも人形を造っていた方がよほど楽しいしな。と言うかそれは今はどうでもいいんだよ。
「前にも言っただろ。こいつの造っているもんを見てるだけだ」
タブレットの画面に映る凛の手元を指す。凛によって開けられた穴に、今現在糸を通されているそれは革のジャケットだ。しかもサイズが明らかに人間サイズではない。25センチ程度の大きさしかないのだから当たり前だ。
「うむ、人形用の服だな。まあ透は人形以外に興味が無いからな」
「その言い方はちょっと語弊がある気がするけどな」
「しかし服を造っているのは前からだろう。なぜそんなに気にするのだ?」
「さらっと流しやがったな。まあ良いけどよ」
あっさりと俺の言葉を聞き流しやがったセナに思うところが無いわけじゃねえけど、それよりも今はこっちの方が気になる。背伸びして覗き込んでいるセナが見やすいようにタブレットを床へと置くと、セナが俺のあぐらの上へとちょこんと座った。
ちらっとこちらを見たセナの要請に従って、画面を指さしながら説明を始める。
「最初は人形の服に興味があって見ていて、それで気づいたんだが……この糸遣いと縫い目を見てくれ」
「んっ、特におかしな点はなさそうだが? 均等に縫われているしさすが専門職と言えば良いのか慣れているなと言う印象しかないぞ。革の手縫いの場合、穴を開けてから縫うということは知らなかったが」
「あー、菱目打か。あれも簡単そうに見えて道具の扱いが悪いと斜めに穴が空いたり、刃先が整ってないと穴が不均一になったり、間隔がずれたりとか結構コツがあるんだよな。まあ他に穴を開ける器具とかもあるんだが、それは一旦置いておいてもっと注意深く見てみろよ」
タブレットを操作してその縫い目を拡大してセナにもはっきりと見えるようにする。腕組みし、時々傾げられる後頭部からすると真剣に考えているようだな。
しばらくしてセナが腕組みを解き、そしてこちらを見上げながら首を横に振り軽く手を上げた。
「全くわからん」
「そうか? セナなら気づくかと思ったんだが」
「それで正解は何なのだ?」
「いや、ここはいつもセナが言っている通り、答えをすぐに人に聞くんじゃなくて自分で見つけるように……」
「ほう、透も言うようになったではないか」
俺だけが気づいてセナが気づかないなんてことはめったにあることじゃねえから、ここぞとばかりに普段のお返しをしてやろうかともちょっと思ったんだが、やっぱやめだな。
うん、そういうことをするなんて性格が悪いとしか言いようがねえし。決してセナの手に突然現れたキラリと光る何かのせいじゃないからな。まだほとんどの部分は鞘に収まっているからセーフだし。
「まっ、正解を言うとこいつの縫い方だな。別に人形の服だけじゃねえけどよ」
「縫い方? 他の奴と特段違いがあるようには見えないが。まあ珍しい縫い方ではあるとは思うが」
「平縫いだ。糸を交互に入れていくのは普通の刺繍とは違ってちょっと珍しいかもな。まあ俺も出来るがあれだけの速度で縫うのはちょっと無理だ」
まるで機械であるかのようなスピードですいすいと縫っていくし、その縫い目に乱れもなく、革が寄ったり逆に糸が緩んだりしている様子もねえんだよな。使う革と糸でかなりその力加減も変わってくるはずなんだが、さすが職人だ。俺も精進……って今はそこじゃねえし。
駄目だな。そっち関係になると思考がちょっとあっちこっちに行っちまう。さっさと話を進めるか。
「まあそれは置いておいて、結論としてはこいつの縫い目。どこかで見たような気がしねえか?」
「どこかで? まさかアリスシリーズか!?」
「おっ、正解。なんだ、セナもわかるんじゃねえか」
「いや、縫い目でわかった訳ではない。今までのダンジョンの経緯から推察しただけだ。縫い目で気づくような変人は透くらいだぞ」
「いや、わかる奴にはわかるからな。きっと」
縫い方にだって個性はある。俺じゃなくても詳しい奴ならきっと判別はつくはずだ。だから変人ってわけじゃねえし。より正確に言うのであればマニアだろ。
そんなことを考えていると口に手を当て、じっと画面を見ながら考え込んでいたセナがこちらを再び見上げた。
「しかし悩んでいたところを見ると確実ではないのだな」
「まあな、そもそも布と革で素材も縫い方も違うってのもあるし、その縫い方も微妙に違うような気もするんだよな。うーん、流派が同じって言った方が正しいかもな。まあ縫い方に流派ってのも変な気がするが」
「確かアリスシリーズの服を造っているのは老婆だったな。その弟子、または家族と言う可能性が高いということか」
「おっ、そうかもな。そう考えると数奇な巡り合わせだよな」
何というか引っかかっていたことがセナの言葉のおかげでしっくりと来た感じだ。本当のところは確かめようがねえけど、もしそうだったらちょっと面白いよな。
そんな風に俺が気楽に考えていると下からじっとりとした視線を感じた。そこには眉間に皺を寄せて考え込むセナの姿があった。
「これはマズいかもしれんな」
「何がだ?」
「こいつはこのダンジョンにとって致命的な毒になるかもしれん」
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