第159話 生産者の待遇改善案
セナと相談した結果、俺が思いついた改善案は採用されることになった。というよりセナは「まあ特に問題は無いだろうし透の好きにすれば良い」って言うくらいにほとんど興味がなかったみたいだけどな。
セナからすれば生産者の環境改善なんて俺たちの仕事じゃないってことだろうが、より良い作品を作り上げる苦労を知っている身としては少しは楽しみがあってもいいんじゃねえかと思うんだよな。
理由はどうあれセナの了承も得られたことだし、ダンジョンから人がいなくなるのを待って俺は日向などの今回の改善で働いてもらう人形たちに手伝いをお願いした。俺のわがままで仕事が増えちまうんだ。例え俺がダンジョンマスターであろうとも筋を通すのは当たり前だしな。
特に異論なく、というか仕事が増えるのになぜか皆乗り気だったので、改修をする必要もないし早速翌日から始めようということになった。リハーサルをすると去っていった日向たちを見送り、そして俺は思った。
こいつらの即断即決と言うか行動の早さはセナに似たのかもしれねえな、と。
そんなこんなで翌日の朝、俺とセナはいつも通りコアルームでモニターを眺めながらまったりと過ごしていた。普通であれば本当に効果があるんだろうかとかちょっとそわそわしそうなもんだが、今感じているのはそれとはちょっと違う。何というかこれは……
「子供のお遊戯会が始まる前の親の気持ちってこんな感じなのかもな」
「一生解けないだろう疑問を自らに投げかけるとは、透はマゾだな」
「いや、俺だって親になる可能性は……まあねえよな」
はぁ、と息を吐き少しうつむく。考えてみればダンジョンマスターである俺が結婚して子供をつくるなんて出来る訳ねえよな。ダンジョンマスターは人類の敵だし、そもそもこのダンジョンは、俺がいるってことを知られた段階でアウトだ。対抗することは出来るかもしれねえけど、そういう殺伐とした感じになって満足に人形を造れないようになったら最悪だしな。
いや、考え方を変えればこのダンジョンの人形こそが俺の子供とも言えるはずだ。なにせ俺が生み出したんだし。ということはこの疑問は解けたも同然。
晴れ晴れとした気持ちで顔を上げると、ニヤニヤと笑っているセナの顔が見えた。
「残念ながら顔がな」
「顔かよ!」
「それ以外にも出不精だし、集中すると周りが見えなくなるし、同じデザインの服を毎日着るし、髭も髪も私が言わなければ伸び放題だし……」
「ぐっ」
なかなか的確に俺の弱点を把握してるじゃねえか。さすがに結構な時間を共に過ごしただけあるな。反論の余地も残されてねえ。と言うか言われてみると結構俺ってヤバいのか。
なんというかコアルームって家の中って感じがしてそういうのに気を遣わなかったんだが、考えてみればセナもいるしな。うん、これからはちょっと気を付けよう。
少し申し訳ない気持ちになりながら、意識をセナへと戻す。まだまだセナの口が閉じられる様子はない。小さな言葉の針がグサグサ刺さり……
「……、頭ははげ散らかしているし、足からは象をも卒倒させるほどの異臭を……」
「ちょっと待てい! はげてねえし、それに象が卒倒する異臭って何だよ。そんな異臭ならセナだって暮らせねえだろ!」
「ふっ、私は防毒マスクを愛用しているからな」
「どこにだよ!」
「ここだ」
セナが見たことのない頭から顔全体を覆うタイプの緑と黒のマスクをかぶる。目の部分は透明なガラスみたいなのでガードされており、口と頬の3か所に円形の呼吸するために使うだろう機器がついている。
「コーホー」
「見たことねえよ!」
「心の清い者にしか見えないのだ。コーホー」
「どんなマスクだよ!」
くぐもった声で返してくるセナの顔から半ば強引にマスクを取り上げる。「ああっ!」とか声をあげてセナが口を押さえているがその目には明らかに笑いが浮かんでいた。
「ちなみに象の嗅覚は人間よりはるかに優れているからな。そのせいで襲われることもあるから注意が必要だぞ。特に夜営時にはな」
「へいへい。今後使われることのないであろう知識をどうもありがとう」
「透はわかっていないようだな。奴らの巨体は……んっ、来たな」
適当に聞き流そうと思っていたのだが、その言葉にすぐにモニターへと視線を向ける。セナの言葉の通り、そこには製鉄会社の従業員たちがダンジョンへと入ってくるのが見えていた。時刻は8時半ちょうど。なんというかこいつらも律儀だよな。
生産者たちがダンジョンへとやってくる時間は様々だ。早く来る奴もいれば昼近くになってからやってくる奴もいる。特に出勤時間とかは決まって無いようだ。その代わりにたぶんダンジョン内でダンジョン素材を加工する時間は決まっているようだけどな。これまで見てきた様子から考えるとだいたい4時間程度ってところか。人によって時間がバラバラなんでなんとも言えないところもあるんだけどな。
その中でもこいつらはちょっと変わっている。初日を除いて必ず8時半にダンジョンへと入ってくるのだ。会社員だからか、正式な候補者だからかはわかんねえけど。
「予想通り、こいつらが最初か」
「まあ良いのではないか。イレギュラーは起こらない方が良い」
腕を組みながらしみじみとした口調でセナが返してくるが、返事をするのは後だ。下手に返事をしたらお得意の戦争残酷物語が始まる可能性が大だからな。今はそれよりもこっちに集中せねば。
製鉄会社の従業員たちが世間話をしながら1階層を歩いていく。『闘者の遊技場』へとほとんどの奴らが行ったことのあるせいか、どことなく余裕がうかがえる。護衛の警官がパペットとかを倒しているが、別にこいつらなら放置しても問題ないような気もするな。
そして全員で生産者の階層への階段を進み、そして降りきったそこには日向が立っていた。いつもであれば一番奥の部屋で待機している日向がここにいることに警官の視線に警戒の色がにじむ。一方で製鉄会社の奴らは変わりない様子だな。これが経験の差か。
日向が集団に向けて穏やかな笑みを浮かべて、小さく頭を下げた。
「いらっしゃい」
「どうも、今日もお邪魔します。それにしてもお出迎えなんて珍しいっすね」
「そうなのよ。ちょっと皆さんにお知らせしたいことがあって」
コロコロと鈴が鳴るように笑う日向と話すのは、製鉄会社の従業員の中でも一番若いと思われる男だ。お調子者というかムードメーカーというかそんな感じの奴なんだが、休憩時間とかに日向と話しているのを見かける。その会話内容は世間話から上司の愚痴だったりととりとめのないものなんだがな。
人形好きなのかとも思ったんだが、『闘者の遊技場』とか行ってもそんな様子は見えないし、何というか不思議な感じの奴だ。まあ日向自身も嫌がっている様子はねえし、良いんだけどな。
「昨日の夕方で生産量が基準を超えたの。だからちょっと良いことがあるのよ」
「へー、どんな?」
「出前を頼めるわ」
「へっ?」
「あなた、お昼の種類も量も少ないって言っていたでしょう。大盛も出来るのよ。良かったわね」
「いや、それはちょっと言わないで……」
若い男が気まずそうにしながらちらっと警官の方を見る。警官は……苦笑いしてるな。やっぱ心当たりがあるのか。
俺が考えた改善点。人の心を満たすものと言えば衣食住。その中で俺たちがなんとか出来るとすれば食だ。
一応こいつらの食事は警視庁内にある食堂で食べられるようになっているようだが、不満を持っている奴がこいつを含めて複数人いたんだ。味が合わないとかあるんだろう。満足している奴もいるようだから不味いって訳じゃねえと思うけどな。
そこで俺は思いついた訳だ。俺たちにはククって言う凄腕の料理人がいるってことに。そしてそれを配膳する人材も豊富にいるってことを。なら出前をすれば少しは満足するんじゃねえのかって、楽しみが出来るんじゃねえかってな。
前例が無ければダンジョン産の食事を食うなんてハードルが高いだろうが、警官や自衛隊の奴らも今では普通に食べているし、その味も安全性も保証付きだ。むしろ警官たちは招待状を払って食べているしな。それに出前するメニューを事前に決められるから、地獄を見るハズレに当たる可能性もない。
これは食うしかねえだろ! さあ、日向。昨日の練習の成果を見せてやるんだ!
にっこりと満面の笑みを日向が浮かべる。
「お昼は何にするのかしら?」
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