第157話 本当の検証とは
セナのアドバイス通りスミスとプロンの応援に行ったのが良かったのか、2人は機嫌良さそうにしながらものすごい速さで作業を進めていった。あんま作業の邪魔になんねえように離れて見守っていただけだが、やっぱその道の職人の技ってのは分野が違っても興味深いもんだな。とは言え2人のレベルが違いすぎて俺には理解しきれねえんだけど。
そして1時間程度で全ての工程を終えた2人を褒めた後、いつも通りの衝突実験をしてみた結果ある程度の傾向は掴めた。まあ予想から大きくは外れてなかったけどな。
そんな訳でとりあえずやるべきことを終えた俺たちはダンジョンの観察に戻った。今日入ってきた生産職は鍛冶だけじゃないし、他の生産職の奴らがやっていることも気になるんだが……どうしても目が製鉄会社の従業員に向いちまうんだよな。
今、製鉄会社の奴らは俺たちが渡した素材を使って鍛冶をしている。パソコンに向かってたり、それ以外にも机で作業している奴の方が多いけどな。
「岩さん。楽しそうっすね」
「そりゃそうよ。一品物を造るなんて久しぶりだしなぁ。しかも未知の素材だぞ。自分で加工できねえってのが玉に瑕だがなぁ」
「レベルを上げれば出来るようになるって話ですよ」
「そうかぁ。それも良いかもしれねえなぁ。ほいよっ、確認終了だぁ」
のん気に会話を交わしているように見えながらもその熟達した動きが止まることはない。普段から仕事を一緒にしているからか、何というか自分がするべきことを知っているだけじゃなくて、相手がしたいことをわかっているって感じなんだよな。
もう鍛冶については30代前半くらいの若い従業員がスキルを習得しているようで、その男を中心に道具作りが進んでいる。だが決して1人って訳じゃなくって皆が一丸となって困難に立ち向かっていく姿が俺の目を惹きつけて離さねえんだ。
スミスやプロン、他の生産者たちとはちょっと毛色が違うが、やっぱこいつらも職人だ。個人個人って言うか、全体のチームとしてって感じか。
造り上げられた道具類は自衛隊に渡され、廃坑へと向かった自衛隊の隊員がその道具に計器をつけてからレールにはめて力を込めていく。しばらくしてそれをやめると、使った道具を持って鍛冶の部屋へと戻り、そしてそれを受け取った製鉄会社の従業員がいろんなところを計測してそれをパソコンへと記録していく。
着々とデータが積み重なっていく。多分俺たちが下した結論と同じことはもうわかっているだろうが、条件を変え詳細を詰めていっている。これがプロフェッショナルって奴か。
「うーん、すげえな」
「入る前から検証内容を固めていたのだろうが、それに対応できるだけの技術を持った者がおり、フォローできる体制も整えられ、分析を行うことのできる人材もいる。外にはまだバックアップの人員もいるだろう。一流の技術を持った職人よりもこいつらはよほどダンジョンにとっては脅威の存在だろうな」
「もしかしたら、俺たちやっちまったかもな。他の日本のダンジョンマスターに恨まれそうだ」
「まあそれも今更だろう。なにせ私たちはチュートリアルをしているのだからな」
「それもそうか」
セナの言葉に、思わず苦笑する。確かに俺たちが生き残るために取ったチュートリアルに偽装するって選択は最初から他のダンジョンマスターにとっては害にしかならねえもんだ。気にするのも本当に今更だ。
まあ他のダンジョンマスターを気にしても仕方ねえな。多少強い武器が流通しちまうかもしれねえけど自分で頑張ってくれ。
それから数日間、他の生産者の作業を時々眺めながらも、検証を続ける奴らを見続けた。
一応俺たちの実験では、普通の武器を覆うダンジョン産の金属の量が増えるごとに威力が上がっていくって言う結果だった。せんべい丸の中に入って実感したから間違いはない。
その事実から想定される結論を俺とセナで話し合った結果、外の素材とダンジョン産の素材の比率によってダンジョン産のものに干渉出来る力が変わるんじゃねえかって事になった。干渉する部分だけダンジョン産の金属で覆われていれば良いのであれば、厚くても薄くても一律のダメージになったはずだしな。地上の素材と組み合わさると干渉力が減衰するって感じか。
それと同じ程度の結論は初日で出ていた。だがこいつらが違ったのはその検証が滅茶苦茶細かかったって事だ。
俺たちと同じようにこいつらも覆う厚みを変えていたが、初日で大まかな傾向を出してその翌日から始めた検証では、その単位が1mm単位とかじゃなくって0.02mmごとだったしな。
マイクロ単位の厚みの違いを造りだす技術もすげえが、それを100回近く繰り返すんだぞ。俺なら絶対に心が折れてるわ。
しかもこいつらがやったのはそれだけじゃねえ。ダンジョン産の金属と地上の金属の比率を一定に保ったまま部位ごとに覆う厚みを変えた場合はどうなるのかとか、普通の素材とおそらくダンジョン産の皮それぞれを使って持ち手をつけた場合違いは出るのかとかもやっていた。
現在もダンジョン産の金属と地上の金属の合金にした場合の変化をその混合比率を変えて検証しているし、まだまだ検証は続きそうな感じだ。
逐一データでまとめてそれを見ながら従業員たちが推測などを話し合っているので、俺たちは労せずに情報を手に入れられてラッキーとも言えるんだがな。
「なんていうか、こういうのを見るとやっぱダンジョン問題ってヤバいんだなって感じるよな」
「それはそうだろう。突然モンスターが出現したのだぞ。しかもそいつらは人に害をなそうと襲ってくる。真剣に取り組まない為政者はよほどの無能だ。いや、そんな奴が治めていた国は既に滅んでいる可能性もあるがな」
「そうか、そうだよな。ダンジョンって人類にとっては敵なんだよな」
セナは何を今更っていう顔をしているが、仕方ねえだろ。俺たちのダンジョンは平和なんだ。いや人が普通に死んだりするから平和ってのは語弊があるかもしれんが、ちゃんと生き返らせるから悲壮な雰囲気とかギスギスした空気とかなんてほとんど感じることがねえんだよな。一般の探索者なんて結構な割合で楽しそうに挑んでくるし。
「なんでわざわざ敵対するんだろうな」
「ダンジョンマスターとして選ばれるものの業としか言いようがないな」
「あの、どうしても叶えたい望みがあるってやつか?」
「そうだな。常識どころか記憶さえどこかに捨ててきた誰かには関係ないようだが」
「うっせ、好きで失くした訳じゃねえし。と言うか常識はあるわ!」
「あると思っているのか!?」
くそっ、口に手を当ててマジ? って顔をすんじゃねえよ。確かにちょっと偏ってはいるが俺は常識があるはずだ。というかセナの常識がおかしいんだ。セナの場合、砂漠の歩き方とか森での警戒方法なんかも常識の範囲内の扱いなんだ。そんな特化した知識が常識なわけねえだろ。
今ここが日本であることを考えれば、おそらく日本人である俺の方が常識的であるのは疑いようがねえ事実だからな。
「何とでも言え。しかしどうしても叶えたい望み、ねぇ。好きなだけ人形造りに没頭できる環境さえあれば後は適当で良いと思うんだけどな」
「それは透だけだ」
「かもな」
呆れたように苦笑するセナに肩をすくめて返す。俺としては今の状況は滅茶苦茶幸せだからな。
人形に囲まれて、人形造りを自由に好きなだけ出来る。しかも造った人形に命を吹き込むことも出来る。定期的に人が造った人形、しかも出来の良い奴もタダで手に入る。
うん、夢のような状況だな。これ以上を望んだら罰があたるだろ。
画面の先で必死になって検証を続けている奴らの姿を眺めながら、自身の幸せをかみしめているとコアルームのドアがノックされ青の割烹着に白の前掛けといういつもの格好をしたククが中へと入って来た。
「マスター、そろそろお昼ですがリクエストなどはありますか?」
「おっ、そうだな。何にすっかな。ククの料理はなんでもうまいからな」
「ありがとうございます」
嬉しそうにククが頬を緩める。なんというかククの笑顔を見てると穏やかな気持ちになるな。この笑顔を見続けていたいって思うほどに。
実際ククの料理は上手い。作れる料理は純日本料理から聞いたことのないような国の料理まで様々で、しかもそれに外れが無いってのがすげえんだよな。ククの料理をお茶会の会場で初めて出した時は自衛隊の奴らもその味の変化に驚いていたしな。外国の軍が入ってくるにあたって注文メニューも変えたから、特に不自然には思われなかったみたいだが。
まあそれは置いておいて今は昼飯だ。今日の気分は和食。焼き魚メインの定食って感じのやつだな。
「そうだな。今日は……」
「透はレーションが希望のようだぞ」
「おい、ちょっと待て。何言ってやがる!」
俺の言葉を遮って不穏すぎる言葉を口走ったセナの肩をがしっと掴む。ククによって改良を加えられた、その悪魔の食べ物はもはや悪魔さえ避けて通ると言わんばかりのレベルに達しているんだぞ。改良って言っていいのかわからんが、グレードアップしているんだ。
あらゆる猛者を撃沈するこのダンジョンの最終兵器をすき好んで食べるわけねえだろうが!
そんな思いのこもった俺の必死の表情を、セナは素面のまま眺め、そしてニヤリと笑った。
「先ほど透は言ったではないか。好きなだけ人形造りに没頭できる環境さえあれば後は適当で良いと」
「それとこれとは話が別だ。と言うかあんなもん食ったら人形造りに没頭する前に寝込むわ!」
「ええと」
戸惑うような声に振り向くと、ククが困った顔をしながらこちらを見ていた。あっ、しまった!
「ち、違うぞ。ククの料理が不味いって言っている訳じゃねえからな。あれはそういう風に作ってくれって俺たちが言ったからだ。お前の料理なら俺はなんでも食える自信がある」
「ふむ、そこまで言うならレーションも食べられるな」
「ぐっ」
「あの、マスター。大丈夫です……」
「わかった。食ってやろうじゃねえか。でもお前も連帯責任だからな!」
「なっ!」
俺の切り返しにセナが目を見開く。こうなりゃ死なばもろとも。セナも地獄へ連れてってやる。ふふんと笑い、挑発するような目でセナを見下ろす。
「言い出しっぺはセナだからな。まさか敵前逃亡なんてしねえよな」
「私を甘く見るなよ。敵わない相手ならば撤退するのは当たり前だが、レーションごときに負ける私ではない」
「あの……」
「「クク、お昼はレーションだ!!」」
「わかりました」
出ていくククを見送りもせずに2人で顔を見合わせて笑い合う。
意地を張り合った俺たちが同じように撃沈したのは、そのしばらく後だ。そして何とか食い切り、気をつかったククによって出された食後のシャーベットの爽やかさにほろりと涙が零れ落ちたのはお互いに見なかったことにした。
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