第156話 武器改造の検証
ククに造ってもらった昼食を食べ終えた俺たちは、やってきたスミスとプロンにセナが集めていた落とし物を改造してもらうように依頼した。とりあえず効果がわかりやすいようにと考えて同じ種類で複数あるものを用意してもらったんだが……
「なあセナ?」
「なんだ?」
「なんでバールとスコップがこんなにあるんだ?」
セナが自分の部屋から引っ張り出してきた検証のために改造する武器は、スコップとバールだった。多少長さやデザインに違いはあるが見間違いようもなくスコップとバールだ。しかもそれぞれ5本もある。
警官や自衛隊は自前の装備品って訳じゃないからか、その扱いはかなり厳重にしている。だから奴らから回収することはまず出来ない。回収できるとしたら一般の探索者たちが持ち込んだ物くらいだ。だから一般人でも購入、持ち運びの出来る物が多くあるってのは理解できるんだが、偏りすぎてねえか?
そんな疑問を浮かべる俺に向かって、セナはふふんと鼻を鳴らして笑った。
「スコップではない。シャベルだ。しかし透はシャベルの有用性を知らんらしいな。軍においては時としてシャベルは銃よりも強し、なのだぞ」
「いや、そんなペンは剣よりも強し、みたいに格言っぽく言われてもな。しかしそんなに強いのか?」
「強いというよりも汎用性の広さが半端ないのだ。白兵戦の近接武器として、時には銃弾を防ぐ盾として、またある時は塹壕掘りに。その用途は工夫次第で無限に広がっているんだぞ」
「なんか無駄に壮大だな」
腕を組みながら胸を張って自信満々に解説してくれるセナには悪いが、俺にはスコップとシャベルの違いが何なのかさえいまいちわからんしな。なんとなく大きさで呼び分けていたような気もするんだが、どっちがどっちだったか自信がねえし。
とは言えそんなことを正直に言おうものなら確実に解説コースが始まっちまうし、したり顔でうなずいているに限る。それでさっさと話しを進めるんだ。
「とりあえずシャベルの有効性はわかったが、バールは何でなんだ?」
「うむ、バールか。バールはな……」
「バールは?」
「わからん。持ちやすくて適度な重さがあるし、てこの原理を利用して攻撃することも出来ると考えたのではないか」
溜めておいて、あっさりと回答放棄したセナの態度に思わずガクッと頭を落とす。わかんねえのに何でそんな溜めたんだよ。
でも言われてみれば確かにそうかもしれねえな。さっきバールを試しに持ってみたがずっしりとした重さがあって、これで殴られたら致命傷を負うだろうって実感できるほどだった。
確かにバールならホームセンターとかに行けば手に入るだろうし、何より普通の武器を買うより格段に安いだろう。もしかしたらこっちが本命の答えなのかもしれん。
「もしくはバールのようなもの、だからか?」
「んっ、これは紛れもなくバールだぞ。何を言ってるんだ?」
「気にするな。日本独特の文化って奴だ」
不意に頭によぎった考えを口に出してしまい、不思議そうな顔をしたセナに突っ込まれる。まあ日本人以外の奴でバールのような物って言っても意味がわかんねえだろうしな。
いや、もしかしたら世界的にバールのようなものは有名なのかもしれんが。でもいかにも断定を避けてぼかすところが日本っぽいし、どうなんだろうな? まあいいか。
「じゃあスミス、プロン。このスコップとバールを塗装……メッキ? うーん、なんて言っていいのかわからんがダンジョン産の金属で覆えるか?」
「はい、問題ありません」
「うん。がんばる」
「1つはそのまま残して他の4本は覆う厚さを変えて、それがわかるようにしてくれ」
「わかりました」
スミスとプロンがその小さな体とは似つかわしくないパワーで軽々とバールとスコップを持ちあげコアルームから出ていく。プロンが何かを話しかけ、スミスがそれにうなずきながら答えている姿はその揃いの服のせいもあり、本当に兄弟のようだ。うん、兄妹みたいに見えなくもないがきっと気のせいだ。
2人とも凄腕の職人だし、面倒な依頼かもしれんがちゃんとこなせるはずだ。武器や防具の製作も信じられないほどの速さでこなすし、既存の物を覆うくらい……
「あっ!」
「んっ、どうした?」
「セナ、俺はとんでもないことをしてしまったかもしれん」
ある可能性に気付き思わず動きが止まる。スミスやプロンが素直に聞いてくれたから特に何も思わなかったが。自分自身の考えの足りなさに思わず頭を抱える。
「おい、何があったんだ?」
セナがこちらへと近づき、焦りを含んだ声で俺に問いかけてくる。理由はわかっていないようだが俺の様子からセナもこの事態のまずさを察しているんだろう。どうすれば良いのか俺1人じゃすぐには思いつかないが、セナと一緒なら何か思いつくかもしれん。
なにせ頼もしい相棒だしな。ならさっそく相談だ。
セナを見つめる。それを見返してきたセナのまっすぐな瞳は冗談の色など全く含まれていない真剣なものだった。そんな頼れる相棒に向かって俺は口を開いた。
「スミスやプロンに他人の作品の改造を依頼しちまったんだ」
「…………はぁ?」
「職人に対して人が造った物を改造させるなんて、失礼すぎるだろ。話し合いしてお互い納得の上で依頼するってのが最低限の礼儀だ。それを俺は半ば命令みたいに……」
「……ダンジョンマスターだしな」
「理由はある。だが俺はそれを十分に説明したか? それにスミスとプロンは納得してたか? 職人の気持ちを考えねえなんて、俺はどこまで馬鹿なんだ」
「透だしな」
「と言うことでセナ。何か良いアイディアがあるか? スミスやプロンに報いることが出来るようなそんなやつ」
なんかセナがじっとりとした目で見つめてきているような気もするが、多分俺のスミスやプロンたちに対する配慮のなさに呆れているんだろう。確かに責任は俺にあるから仕方ねえ。だからこそ挽回の方法を考えねえと。
自分でも考えを巡らせるが良いアイディアを思いつかずセナをじっと見つめていると、セナがはぁー、と大きくため息を吐いて首を横に振った。
「ありがとう、と感謝を伝えるだけで良いと思うぞ」
「それだけか?」
「それで不満なら、造っている所へ行って応援でもしてやると良い」
「いや、作業中に応援なんて邪魔になるだけじゃあ……」
「うだうだ言ってないで、さっさと行って来い。この馬鹿透が!」
「うおっ、わかった。わかったって!」
いきなり俺を蹴り始めたセナの豹変に驚きながらも立ち上がり、言われた通りに2人が作業をしているだろう工房へと歩き出す。
なんで蹴られたんだとも一瞬思ったが、謝るにしても早いほうが良いってことなんだろう。確かにうだうだしていても状況は良くなんねえしな。そんなことを考えながら俺はコアルームを出て行く。
背後から大きなため息が聞こえたような気がしたが、たぶん空耳だろう。きっと。
透が出て行き、静かになったコアルームに残されたセナは苦笑いを浮かべていた。とんでもないこと、などという言葉を聞いたときは何か致命的な見落としに気づいたのかと心配したものだが、蓋を開けてみれば何のことはない。スミスやプロンへの配慮というセナにとってみれば問題とも言えないことだったのだ。
「モンスターはただの配下だぞ。そんな奴らに気を遣う必要などないのに、あいつは……」
呆れを含んだその声色とは対照的にセナの表情は柔らかい。
「まあ、良い。問題は透に応援された2人が必要以上に張り切らないかだが、それでも検証は出来なくもないか。頑張れよ、せんべい丸」
立ち上がったせんべい丸がぶんぶんと首を横に振っていたが、同情してくれる者はコアルームには存在しなかった。
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