第153話 新たなる案内人
素材を渡した翌日、再び杉浦たちがやって来た。昨日確認しなかった他の部屋や廃坑を調査しに来たらしい。もともとそのつもりだったし別に調べられて困ることはねえから、現在存分に調べてもらっている最中だ。案内人付きでな。
「こちらが革職人の方々のための部屋ですよ。他の部屋と同じように基本的な道具は揃えられているけれど、好みの道具が欲しければ自分たちで造ってちょうだい」
革職人のための部屋をしずしずと歩きながら説明をしているのは、昨日奉納された平田郷陽の衣装人形の少女である日向だ。郷を照らす太陽、郷陽の娘だからってのと日本的な名前が良いと考えた結果、日向と言う名前に決まった。
日向はふっくらとした頬とおかっぱの頭という子供らしい姿ではあるんだが、何と言うか……子供らしくないんだよな。
「日向さん。こちらの部屋も拡張が可能と言う理解でよろしいでしょうか?」
「ええ。そうですよ。お茶会の会場で確認できますから後で確かめてみなさいな。その他に質問はあるかしら?」
「いえ、とりあえず今は。近々ここに入られる職人の方々がやってこられた時に改めて質問させていただくと思います。お手間をおかけします」
「いえいえ。それが私の役目ですからね。早く色々な方が来てここが賑わうと良いわね」
そう言って日向がにっこりと笑みを浮かべる。その表情はとても穏やかで、少女の快活さとは真逆ではあるが、同じように魅力あるものだった。
今のやり取りでもわかるように、日向はとても落ち着いている。もっと端的に言ってしまえば、かなりおばあちゃんっぽい。
今まで色々な人形たちに命を吹き込んできたし、モンスターとして召喚した人形たちも数多くいる。しかしその中でもその落ち着き様は間違いなく1番だ。いつの間にか杉浦たちも年上の者に対するかのように話しかけているしな。
「よっこいしょ。さあて、それでは最後に廃坑を案内しようかしら」
「お願いいたします」
杉浦たちが部屋の中を調べて記録していくのを座って待っていた日向が、調べが終わったのを察して声を出しながら立ち上がる。その幼い容姿と言動との差異に違和感が生じてしまうはずなのだが、なぜかそれが不思議に思えねえんだよな。うーん、それが不思議だ。
「なあ、セナ。なんで日向はあんな感じなんだろうな?」
「透のイメージのせいではないのか?」
「うーん、俺のイメージだと大人に憧れる照れ屋の少女って感じだったんだが」
「そうなのか? しかし別に問題あるまい。日向は十分に役目を果たしているぞ」
セナが指さす先では、日向が先導して杉浦たちを廃坑へと案内する姿が映っていた。しっかりと伝えるべきことを伝えながら歩く案内人の鏡のような仕事っぷりだ。
「そうだな。まあどんな性格であれ、日向は日向だしな」
どんな性格であったとしても、それは個性ってやつだ。少女の姿におばあちゃんの性格、ギャップがあって良いじゃねえか。
これから増えていくだろう職人たちをおばあちゃん的に見守っていってもらえば不満は出ねえだろうし、何よりまともに話が通じるってのも良いところだろう。アリスを始め、話せる奴は癖の強い奴が多いからなぁ。まあそれも含めて俺は好きなんだが。
杉浦たちが生産職の階層の最奥の部屋にある階段を降りていく。そしてたどり着いたのは新たなフィールド階層である廃坑だ。入り口に設置されたつるはしを持ち、日向に案内されながら杉浦たちは奥へと進んでいく。
ちなみにこのつるはしはダンジョンを出現させた当初に、パペットたちに1階層の奥でフェイクの工事をしてもらうために出したものだ。不用品の有効利用ってやつだな。
固い岩の壁に囲まれた廃坑の通路は高さが3メートルほどのかまぼこ状の形をしており、その地面には朽ちたレールやトロッコの残骸などがところどころにあるため非常に歩きづらくなっている。
人がなんとか3人並んで歩ける程度の幅しかないこともあり、ここで戦うのは非常に面倒なはずだ。だからこそ俺が自分たちのために設置した坑道よりも設置に必要なDPが多かったんだろう。
こっちの方が確実に試練になるだろうしな。とは言え、今回はそういう試練を与えるのが目的じゃないから罠やモンスターを配置していないんだが。
奥へ奥へと進んでいた日向が通路の行き止まりの少し手前で立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「この辺りかしらね。ちょっとそれで壁を掘ってくれるかしら」
「牧」
「了解」
杉浦の呼びかけに応えて牧が手に持ったつるはしを勢いよく壁へと振るう。かなりの速度で壁へとぶつかったその先端が、固いはずの壁面へと突き刺さる。それを牧が何度か繰り返し、そしてだんだんと壁が崩れていく。
小さな岩の山が通路へと出来たくらいで牧が動きを止め、そして何かを伺うように視線を杉浦へと向ける。その視線を受けて、こくりとうなずいた杉浦がそれを調べていく。
「鉄などの金属系の含有率は低そうですね」
「そうね。だからこそ、この坑道は廃棄されたのだもの。でも少しは足しになるでしょう」
「そうですね。感謝します」
「いえいえ」
廃坑で採掘したことがねえからどの程度なのかはわからねえが、杉浦の渋い表情から鑑みるとそこまで多くはねえんだろう。と言うか俺たちが普段金属を採取している坑道でさえ、スミスたちが勝手に精製してくれてるからどの程度大変なのか判断がつかねえしな。
傍目で見てると結構簡単そうにしてたんだが、それはスミスたちが優秀だからだ。人力でやろうとしたらかなりの労力になるんだろう。
「ちなみにどの程度掘っても?」
「ご随意にどうぞ。ただ下手な掘り方をすると天井が崩落してくるから注意なさいね」
「崩落!?」
ぎょっとした表情をしながら牧がその場を離れていく。皆が天井を見つめているが、特に何も異変は起こらない。まあ掘ったって言ってもほんのわずかだしな。この程度で崩落するならそいつはかなり運が悪い。
しばらくそのまま天井を見つめ、そして時と共に少しずつ緊張が解けていく。
「こりゃ、結構大変そうだな。検証することも多そうだ」
「ふふっ、頑張ってちょうだい」
「良し。とりあえずこんなもんで引き返すか?」
どうする? と牧に問いかけられた杉浦だったが、口に手を当てながら眉間に皺を寄せて考え込んでおり、その問いかけに答えることはなかった。無視されたことに怒ることもなく、牧はただ視線を杉浦に向けたまま待っている。どうしたんだ?
しばらくして杉浦がゆっくりと顔を上げ、そして体を回転させて廃坑の景色を観察する。そして再び視線を下げたので、また何かを考え始めたかと思ったのだが、その視線の先にはいたのは日向だった。
「日向さん。この廃坑における制限などはありますか?」
「いいえ」
「入る人数も、行動も、持ち込む道具も何もかも自由と言うことで良いでしょうか?」
「そうね」
立て続けの杉浦の質問に、日向が淀みなく答えていく。わざわざ全てが自由か確認するってことは大型の機械でも搬入して大規模な掘削でもするつもりか?
ダンジョン製の物じゃないと効率が悪いと思うが、今まで実際にやってみたことはねえしな。パワーのある重機とかなら意外とどうにかなるかもしれん。莫大な費用が掛かりそうな気がするが国家の一大事に対応するためともなれば可能性はあるのか?
「そうですか。なら、ある程度の量は確保できそうですね」
色々な想像を巡らせて首をひねる俺をよそに、自信満々に杉浦はそう言い切ったのだった。
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