第150話 新しいチュートリアル階層
ダンジョンに入って来たのは杉浦や牧と言ったここ最近見かけなかった自衛隊の奴らと桃山や加藤などの警官たちだ。もしかして杉浦とかを呼び戻していたから時間がかかったとかいう落ちじゃねえよな。いや、真相はわかんねえけどよ。
杉浦達は迷うことなく一直線に1階層を進んでいき、そして新しい階層への入り口を警備していた警官たちに敬礼されながら階段を降りていく。
「ふむ、やっと来たようだな」
「まあな。でもなんでこんなに来たんだ? わざわざ杉浦達も呼び戻したみたいだし」
「未知の階層、しかも今までにないことをするのだ。警戒しないわけがないし、これまでのダンジョンとの比較が出来る人材を使って少しでも多くの情報を得ようとするのは当たり前だぞ」
「へー。別に看板に書いてある通りなんだけどな」
今回俺たちが新しく追加した階層には別にモンスターが出るわけじゃねえ。そもそも雰囲気も今までの階層とは違っているしな。それも階段を降り切って初めてその階層を見た杉浦や牧が動きを止めるほどに。
「これは……」
「いやはや、聞いてたよりすげえな。ダンジョンとは思えねえ」
新しい階層、一応順番で言えば18階層になるんだが、階段を降りるとそこに広がるのは一本の通路だ。と言ってもその通路も今までみたいな土がむき出しのものじゃない。
細かなタイルで敷かれた床は灰色を基調としているんだが無機質という訳ではなく、ところどころに色タイルを使って幾何学的な模様が描かれているデザイン性のあるものだ。そして少し色にばらつきのある赤レンガの壁とそのところどころにある木の扉がなんとも言えない良い雰囲気を醸し出している。
この通路は結構こだわって造ったもんだからな。これだけ良い反応をしてくれると、こっちも苦労したかいがあったってもんだ。
ちなみにノリで模様の中に隠しセナとか、サンとか先輩とか他の人形たちも造った。ちょっとした遊び心ってやつだな。
杉浦達がコツコツと靴の音を立てながらそんな通路を進んでいく。周囲の警戒はしているようだが、どちらかと言えば観察の方が正しいかもしれん。
まあ先発で入った奴らから報告は受けていてモンスターがいないことも、この階層の役割も知っているだろうしな。逆にそれだけ知っているのにも関わらず警戒を解かないってのがこいつらのすごい所かもな。
観察を続けていたが、どうやら杉浦達は途中にある扉には寄らずに目的地へと向かうようだ。いつも攻略している面子だけで来たことを考えれば途中の部屋に用事はねえし、確認するにしても目的を果たしてからだろう。真剣な表情で歩を進める集団を眺めながらそんなことを考える。
この階層のコンセプトは生産者たちの工房だ。杉浦達がスルーした部屋は各職人たちが生産に使うための部屋になっている。基本的な道具や設備なんかもしっかりと備え付けられているので、入ってすぐにでもある程度の作業は行える状態だ。
この前『闘者の遊技場』を攻略した報酬としてセナが渡した生産系のスキルの所有者が入ることを前提に造った部屋なので、現在この階層にあるのは6部屋のみだ。まあ鑑定のスキルは生産とはちょっと違うんだが、仲間外れもアレなので造っておいた。一応机とかと壁一面の本棚とかを備え付けておいたので何かしら有効活用するだろ。
そういったコンセプトがあったから通路もタイル張りの床にレンガの壁という工房が集まる路地裏のイメージにしたって訳だな。
そういう造りに関しても結構手間がかかったんだが、それで悩むのは楽しかったので問題なかった。それに比べて俺が本当に頭を悩ませたのは、備え付けの道具をどうするのかということだ。
とにかく職人ってのは道具に関するこだわりが強い生き物だ。弘法筆を選ばずってことわざがあるがそれは嘘だ。そりゃ、熟練の職人ともなればどんな道具を使ってもある程度の物は出来るだろうさ。でも最高の一品を造るためには道具にこだわらないのはあり得ない。
希少なスキルを習得させるんだからそれなりの人材が選ばれるだろうし、そんな奴なら普段使っている道具がある。俺がしたことはそいつらにしてみれば余計なおせっかいとも言える。
それでも俺が道具を用意したのはそれが必要になるからだ。
基本的にダンジョンの物に対して地上で造られた物は干渉しづらくなっているのだ。これまでパペットと戦うために探索者たちは色々な道具を用意してきた。しかしそれもしばらくするとダンジョン産の木の棒へと変わってしまうことからもそれが良くわかる。
一応スキルを習得することでそれが緩和されるはずだが、地上で扱うのと同じようになるなんてことはない。特にレベルが低いときはそれが顕著なはずだ。
使い慣れてはいるが抵抗があり普段通りにはいかない道具と、使い慣れてはいないがすんなりと加工できる道具。どちらが扱いやすく、良い品を造れるかと言ったら後者になっちまうんだよな。
それ以外にももう1つ理由があるんだが、そのまま気づかずに終わるって可能性もないわけじゃねえし。まっ、損するって訳じゃないから別に俺は良いんだけどよ。
そんなことを考えているうちに杉浦達が通路の最奥へと到着した。そこは工房とは関係ないちょっとした小部屋になっている。その部屋は、入り口から左右へと横長に広がっており、片方には地下へと降りる階段がその口を覗かせており、もう片方には看板の背後に真っ白なタイルで造られた祭壇が静かにたたずんでいた。
そして杉浦達がその祭壇へと近づいていく。
よし、いよいよだ。待ちわびた瞬間に胸の鼓動が高まっていくのを感じ、それを少しでも落ち着けようと大きく息を吐いたが……まぁ、無理だよな。
「見た目は違うが確かに形は似ているな。牧」
「了解」
牧が背負っていたリュックから四角い木箱を取り出す。そしてその蓋が開けられ、厳重に保護されたそれを牧のごつい手が抱き、そしてそれが祭壇へと捧げられた。
「ふむ、着物を着た女の子の人形のようだな。少々古めかしい感じはするが、良い物なのか?」
「……」
セナが俺に向かって問いかけているのはちゃんと聞こえている。でも俺の視線は捧げられたその人形から離れることはない。
捧げられているのはいわゆる衣装人形だ。桜の咲き誇る深紅の古典柄の手書き友禅の振袖は本物に勝るとも劣らぬ美しさで彩り、まるで七五三へと向かう途中を切り取ったかのように少女が嬉しそうにはにかんでいる。
昨今ではデフォルメされた衣装人形も多い中、どちらかと言えば生き人形に近いリアリティのあるその姿、そして繊細な感情まで表現することによる圧倒的な存在感。
「おい、透! そろそろ来るぞ!」
「おっ、おお。悪い」
牧が離れたことによって罠が作動してその人形が姿を消し、その代わりに俺たちが用意しておいた各種生産用の素材が祭壇へと現れる。杉浦たちが驚いているようだが、そんなことよりも今は……
「ちょっと任せるぞ」
「おい、どこに……いや、愚問だったな。こっちは任せて行って来い」
「悪い」
セナに謝りながらも立ち上がり、そして入れ替わった人形があるはずの人形たちの待機部屋へと走っていく。扉を開き、そして待機部屋の奥の隅にその姿を見つけ、なんでこんな遠くに設置したんだと自分自身に文句を言いながらも駆けていく。
そして遂にその衣装人形と直接対面した。息が荒いのは、走ったせいか興奮しているせいか自分でもよくわかんねえ。でもそんなのどうでも良い。
俺は今、滅茶苦茶感動しているのだ。目で見て確信した。これは、この衣装人形は……
「二代目、平田郷陽の作。しかも初期のころのものだ」
そして俺は少しだけ震える手でその衣装人形を抱き上げたのだった。
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