第148話 ある新人探索者の幸運
「なんか今日は妙にばたついてるよね。何かあったのかな?」
「さあな、まあ俺たちには関係ないだろ」
初心者ダンジョンの1階層を2人の男の探索者たちが、ばたばたと走り回っている警官や自衛官たちを興味本位で眺めながら歩いていく。彼らはまだこのダンジョンに入って2週間程度しか経っていない新人の探索者だ。
最初期に入った探索者の多くは、この初心者ダンジョンから各地のダンジョンへと散っている。残った者も3階層を探索しサンドゴーレムを相手に戦いを挑んでいるが、当然のことながら初心者の2人にそんなことが出来るはずもない。
「じゃ、後でな」
「うん」
2階層へと降りた2人は別々の通路へと入っていき、そして慎重に通路を進んでいく。
「っとと。2重の罠もあるんだっけ」
危うく踏みそうになった地面のでっぱりを避けながら、男が大きく息を吐く。そして表情を引き締めて再び慎重に歩を進めていく。
「やっぱ地図作った方が効率が良いかな。でも不定期に罠は変わるっていうし……」
ぶつぶつと独り言を言いながらも男は歩みを止めない。そして2時間ほどかけて1度も罠にかからずこの罠の階層の最終地点の1つである小部屋へとたどり着いた。
「ふぅ、ちょっとは慣れたかな。さてお楽しみの宝箱の中身は?」
部屋の中央に鎮座している宝箱へと男が手を伸ばす。その中に入っていたのは中に液体の入った小瓶だった。男が小さくため息を吐く。
「ポーションかぁ。木の棒よりはマシだけど」
少し残念そうにしながらも男は丁寧にその小瓶をクッションへと包み、背中のカバンへと入れると部屋から引き返した。この部屋でうだうだと時間を潰すのはマナー違反だ。この階層へとやってきている探索者は他にもいるのだから。
罠に気をつけながら帰ること再び2時間。2階層の階段横の部屋へと戻って来て緊張感から解き放たれた男が大きく息を吐く。
「えっと、まだみたいだね」
数時間前に分かれた友人の姿が無いことを確認した男が設置されているベンチへと腰を下ろす。目の前を何人もの探索者たちが通り過ぎていくのをなにげなく男が観察する。慣れた様子で練習通路へと向かっていく者や罠の見本の通路へと集団で入っていく者たち。びくびくしながら何人かで練習通路へと向かっているのは自分たちと同期の者かもしれない、そんなことを考えながら男は時間を潰していく。
「いろんな人がいるなぁ。本当にやっていけるかな?」
男が少し自信なさげな声でひとりごちる。他のダンジョンの状況については探索者になる段階で聞いているし、ネットで検索すれば実際にそこへ入っている先輩探索者の体験談や動画もゴロゴロとしている。
他のダンジョンにおいて一般の探索者たちが入っているのは基本的に1から3階層だ。4階層以降に行くことが禁止されている訳ではないが、多くのダンジョンで4階層以降は危険度が跳ね上がる。実際無謀にも入って怪我をした者が少なからず出ていることは周知の事実だった。
逆に3階層までであればこのダンジョンよりはるかに簡単だという話も男は聞いていた。特別に罠が単純だとかモンスターが弱いという訳ではないが、決まった罠が決まった場所にあり、モンスターも同じモンスターしか出ない。つまり変化しないということなのだ。
それに加えて、入る前には自衛隊が作成した資料が配られていた。その中の地図には罠の場所から宝箱が発見される可能性の高い場所という情報が入っており、出てくるモンスターの倒し方のセオリーなども書かれている。ここまで条件がそろっていれば簡単と言う他ないだろう。
それでも男が自信なさげなのは、死への漠然とした恐怖のせいだった。まだ男はこのダンジョンにおいて死んだことが無い。下手すれば2階層で、下手をしなくても3階層で必ず死を経験することになるだろうと男は事前に聞いていた。
死んでも生き返ることは知っている。事前の講習で知らされていたし、実際に生き返る瞬間を見たことがあるからだ。それでも何もない空間からいきなり血まみれの男が現れるのを見た時は悲鳴を上げそうになったのだが。その男は悔しそうな顔をしながらも、その顔には恐れや怯えといった感情は浮かんでいなかった。それが理解できなかった。
「はぁ……駄目だ、駄目だ。僕がしっかりしないと!」
そう言いながら男が自分の頬をパンパンと少し強めに叩く。男が決まっていた内定を蹴ってまで探索者になったのは、ダンジョンが現れて変わってしまった世界で家族や友人など大切な人たちを守れる力を得るためだ。
海外では既にダンジョンによって大きな被害を出している地域もある。幸いにして日本では今のところそのようなことは起こっていない。自衛隊と警察による封鎖がうまくいっているからだ。
一般人の間ではこの安全な状況が続くと思っている人が多いが、男にはそうは思えなかった。まあ決まっていた内定先が実はブラック企業だと後で知ったことや、探索者はまだまだ新しい職なので旨みが大きいかもしれないという思惑もあったのだが。
少しだけひりひりする頬に男が顔をしかめる。そんな男へと近寄っていく者がいた。
「よぉ、何やってんだよ。またいつもの心配性か?」
「心配性じゃなくて慎重って言ってほしいけどね。あれっ、ずいぶんご機嫌だね。何か良い物でも出た?」
「おっ、やっぱわかるか?」
友人が歯茎が出るようににかっと笑うのを見て、男はかなり良い物が出たんだろうなと期待に胸を膨らませる。ポーション1本では1日の稼ぎとしては十分な額にはならない。しかしもしこれがスキルスクロールであれば1つで100万円になるのだ。徐々に値下がりしてしまい、最初期の200万円に比べれば半額になってしまっているが、それでも大金には変わりない。
2階層で出ることはほぼないと聞いているが、友人の子供のような笑顔からしてもしかしたら、という思いが男の頭をよぎる。とは言え、スキルスクロールが出た場合は最初の2つについてはそれぞれ使おうと決めているので今回はお金にはならないのだが。
ふっふっふと笑いながら友人がもったいぶった様子でリュックを下ろし、そしてその中へと手を入れる。男が期待に満ちた目で見つめる中、友人が取り出したものは……
「じゃーん!」
「うわっ、剣だ。本物だよね?」
「おう。見てろよ」
友人が簡素な黒革の鞘からその剣を引き抜く。両刃のすらりとした刃が姿を現し、キラリと光を反射する。正眼で構えた友人の姿は妙に堂々としているように見えた。
「妙に様になっているよね。剣道の経験なんてあったっけ?」
「いや、ちょっと脇道で練習しただけだ」
あっけらかんと言い放った友人の言葉に、男が若干の呆れを表情に出す。
「それで遅かったんだね。でもすごいじゃん。2階層で木の棒以外の武器が出るなんて初めて聞いたよ」
「だよな。きっとこれは俺たちの探索者生活が明るいって啓示だぞ。これでバッサバッサとモンスターを倒していくんだ」
「うわっ、危ないから」
「おっ、悪ぃ」
剣を振り回す友人に男が身を引くと、照れ笑いを浮かべながら友人が剣を鞘へとおさめた。それでも友人の興奮は収まらないようで、顔はにやけきったままだ。そんな友人の顔を見て微笑んでいた男だったが、その男の頭にふと疑問がよぎる。
「あれっ、でもそれって銃刀法違反とかで没収されない?」
「えっ?」
「いや、普通に剣持って歩いてたら捕まるよね。どうするんだろ?」
「……よし、聞きに行くぞ」
「あっ、うん」
焦った顔をして階段へと向かっていく友人の後を、男は慌てて追いかけていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。