第147話 ユウのご褒美
ロシアや中国への制裁も終わり、ダンジョンもある意味で平穏を取り戻した。今までなかったような人同士のトラブルなんかはたまに起こっているようだが、まあそれは俺たちの領分じゃねえしな。
自衛隊の奴らや警官たちが治安維持に動いてくれているからそこまで大きな問題にはならないはずだし、基本は放置でいいだろ。あんま治安が悪くなるようなら俺たちも考える必要があるが直接的な暴力って訳じゃなくて、何というか常識の違いとか考え方の違いですれ違ってる感じだしな。
変わったことと言えば、あれからもう1度自衛隊と警官の混合部隊が『闘者の遊技場』を攻略しようとしたことと、各国の軍隊がそれぞれ1度ずつ同じく『闘者の遊技場』に挑んだことぐらいだ。まあ当然両方とも失敗したんだが。
ユウを強化したからってのも大きな原因ではあるんだが、もっと大きな原因が実はある。
前回ユウが負けた大きな原因は大人数を相手に1人で戦い続けるしかなかったからだ。もちろん強化したユウなら現状では問題なく倒すことが出来るはずだ。しかしそれはあくまで現状ではっていう話なんだよな。将来的にユウを傷つけられるくらいにまで成長したら今回の二の舞になっちまうし、そんなん意味がねえだろ。
という訳で俺たちがユウに指示したのは、今までユウが告げていた言葉に、ほんの一文字付け加えるだけだった。それは……
「汝ら、闘いを求めるものや、否や?」
そう聞かれ、その違いに気づかずに肯定の返事をした自衛隊と警官の混合部隊は、ユウとその取り巻き人形たちの集団に襲われて結構あっさりと瓦解した。まあ今までの経験があったから余計にユウ以外への警戒はしてなかったせいだろうな。
そんな訳でタイマンをやめて集団戦へと変更したわけだ。もちろん相手側も集団で戦えるようになる訳だが今までよりはマシになったし、それに『闘者の遊技場』が変わったということを印象付けられるからな。
ユウを強化したときにその提案をしたわけだが、実は1つだけユウから条件がつけられた。それは集団戦を行うときは対等の人数で行うというものだ。つまり相手が5人ならこちらも5人でってことだな。正々堂々と戦う、騎士のユウらしい提案だった。
俺たちとしても特に問題のない提案だったので了承したわけだが、その続きがあった。
「対応できる人数の部下が欲しい?」
「はい。可愛ら……頼もしい部下が必要となります」
「確かに現状では100体前後だしな。戦力の補強にもなるし、別に良いのではないか?」
「そうだな、じゃあ可愛い感じの人形たちを造ってやるから待っててくれよ」
「感謝します」
そう言ってキリッとした顔で礼をしようとしたユウには悪いが、その内面から漏れた笑みは隠しきれていなかった。それだけ人形たちが増えるのが楽しみなんだろう。
今回かなり頑張ってくれたし堂々とご褒美を要求しても良かったと思うんだが、それをせずにこんな風にお願いしてくる。そんなところがとてもユウらしくて俺もセナも思わずにやけそうだった。
何はともあれ、今回のことでちょっとだけユウとも打ち解けられた気がする。まだ中のユウは姿を見せてくれねえけど、いつかは自分から出て来てくれるだろう。
その日が楽しみだ。
まあそんなことがあったので、ここ最近はユウのために動物系やデフォルメ系の可愛い人形たちを量産していた訳だ。セナにダンジョンの事をほとんどお願いして人形造りに集中したおかげで短い時間で結構な数を増やすことが出来たし、新旧のたくさんの人形たちに囲まれてユウもご満悦のようだからとりあえず一段落ってところだな。
後は今までみたいに暇を見つけては増やしていけば十分だろう。
やり切ったという心地よい疲れを感じながら、少し凝り固まった体をほぐして自室からコアルームへと向かって歩いていく。そこにはいつものごとくせんべい丸クッションの上でくつろぎながらせんべいを食べているセナの姿があった。
「んっ、終わったのか?」
「まあな」
こちらを気づき、そう問いかけてきたセナに短く返しながら、差し出されたせんべいを受け取る。一口サイズの緑色の丸い形のせんべいだ。見た感じ抹茶っぽいな。口に入れてみると思った通り抹茶の良い香りと少しの苦みを伴った甘みが広がる。
「おっ、結構うまいな。抹茶か……っ!!」
そう言った瞬間、鼻を抜ける強烈な刺激に言葉を失う。このツーンとした感じは間違いなくわさびだ。少し涙目になりながら顔を上げると、セナが俺を見ながらニヤリと笑っていた。
「ククの新作の抹茶ワサビ味だ」
「変なコラボしてんじゃねえよ。確かに同じ緑だけどよ」
「んっ、まずかったか? 最初は驚くかもしれんが慣れると病みつきになるんだがな」
そう言ってセナはポリポリと平気そうにその抹茶ワサビ味のせんべいを頬張っていく。その表情からして特に無理をしている様子はない。あれっ、そう言われると確かに不味いって思った訳じゃねえんだよな。不意打ち過ぎてかなり驚いたせいであんま味の覚えがないんだが、もしかしたら本当にそうかもしれねえ。
そんなことを考えながらセナを見ていると、セナが再び1枚のせんべいをこちらへと差し出した。
「食べるか?」
「おう」
あらかじめ覚悟して食ったそのせんべいは、刺激的ではあるが確かに十分に美味いと言えるものだった。
ちょっとしたサプライズのあったお茶の時間も終わり、セナと一緒にモニターを眺める。諜報部が出来る前は情報収集のためにモニターを操作したりして結構せわしなかったりしたんだが、今は全体の状況把握に努めるくらいだ。重要な事項なんかがあれば後でショウちゃんが報告してくれるからな。
ダンジョンは相変わらずだ。1から3階層では探索者たちがチュートリアルをこなし、フィールド階層では外国の軍隊が少しだけ手慣れた様子で探索を行っていた。自衛隊の数が少ないのは別のダンジョンの攻略を中心にしているからかもしれねえな。
外国の軍隊に随行している奴やら『闘者の遊技場』で鍛えている奴らはいるが、杉浦とか牧とかの主力と呼べる戦力の姿が見えない。警官の数は相変わらずだし、桃山とかは普通にいるから本気で攻略って訳じゃないのかもしれねえが。
まあともかくここ最近の普通の俺たちのダンジョンの姿だ。変わりのない、な。
「なあ、そろそろ新しい階層を増やさなくて良いのか? もう10日以上経つけど俺を待ってたって訳じゃねえんだよな」
「その通りだ」
俺の疑問に、セナが当然とばかりに大きくうなずく。いや、わかってはいたけどそうもはっきりと肯定されると少し傷つくんだが。
俺の内心を知ってか知らずか、と言うより絶対にわかっているだろうセナが、少しだけ笑みを浮かべる。
「まあ待ってたというのもあながち嘘ではない。透に頼みたいこともあったからな」
「えっ、マジで?」
「うむ。ついでに良い機会だからダンジョンの他の部分についても色々と修正を行おうと思ってな。その計画を練っていたということもある」
セナが丸められた長い筒状の紙を取り出し、それを机の上に広げていく。そこにはダンジョンの概略と、どこをどういう風に変更すべきかと言う案が細かく書かれていた。確かに新階層だけでなく既存の階層にも結構手を加えるようだ。
でもそれより気になるのは……
「なあ、セナ。これって」
「うむ。透に頼みたいと思っていたのはここのことだ。ある意味で透にしか出来ないことだろう」
コツコツとその場所を叩くセナを見ながら、自然と自分の口の端が上がっていくのを感じる。確かにこれに関してはセナじゃ無理だし、俺じゃなきゃできないことだ。
「でも良いのか?」
「問題ない。チュートリアルだからな。これぐらいはサービスするべきだろう」
「そっか。そうだな。チュートリアルだもんな」
ニヤリとした笑みを浮かべるセナに笑い返す。あっちにとってメリットもあるし、俺にとってもメリットがある。WIN-WINの関係って良いよな。これからの日々の生活にちょっとした張りが出来そうだ。
「じゃ、いつものごとく」
「だな。いつものごとく」
「「新しいチュートリアルを始めるか」」
顔を見合わせ、声を合わせた俺たちは笑顔でパンと手を打ち合わせた。
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