第15話 可哀想なパペット
ゆっくりと近づいてくるパペットの姿に顔を真っ青にした加藤がさらに暴れ出す。後ろから羽交い絞めにしている磯崎もかなりきつそうだ。
「キャー!」
思いのほか甲高いその悲鳴に何というかこちらの精神がゴリゴリと削られていく。あれだな。外見ってのは当てにならねえんだな。そうだ、変に期待しすぎたからこんな風になるんだ。
タブレットの画面の中はまさに阿鼻叫喚と言った様相だ。いや、叫んでるのは若干1名だけだけど。これ、どうやって収拾つけるんだ? 錯乱状態のジジイを取り押さえるために磯崎は動けねえし。パペットには全力で攻撃しろって言ってあるからこのままだと2人ともタコ殴りだぞ。まあ重症になるほど攻撃力はねえけど。
自分でもよくわからないハラハラした気持ちで状況の推移を見守っているとメガネが顔をしかめながらおでことこめかみを揉み解し、そして背後へと振り返った。
「桃山」
「はーい」
のんびりと笑いながらジジイの錯乱を見ていた若い女の警官、桃山がメガネの呼びかけに間延びした返事をする。メガネの顔がさらに厳しくなったな。
うーん、確かに桃山も現状動けることは動けるけど明らかに人選を間違ってるよな。さっきここに来てレベルアップした警官とか、もしくは自分で動いた方が確実に早いと思うんだが。なんかぽやぽやしてそうだし暴力とは縁遠そう……あっ、警官なんだからそれなりには訓練されてんのか? でもなんか「えいっ」とか言いつつ振り下ろした警棒を自分のすねに当てて涙目になってそうなんだが。
「おい透、あの女……」
「ああ、なんか逆に怪我しそうだよな」
ぽてぽてと歩いてパペットへと近づいていく桃山の姿はダンジョンというこの状況には果てしなく似合っていない。まぁ、モンスターであるパペットの前でコントを繰り広げている警官2名も同じようなもんだが。
「違う。奴は……」
「えいっ!」
セナの言葉を遮るような形で発せられた周囲の気合を削ぐようなその掛け声だったが、タブレットの画面に映るその様子はそれとはかけ離れたものだった。
桃山が警棒を抜いて構えるまでは別に普通だった。だがその掛け声と同時に桃山の動きがスイッチが切り替わったように素早くなり、そして警棒がパペットの心臓部分に突き入れられたかと思った瞬間にはパペットが2メートルほど吹き飛ばされていたのだ。
桃山が持っているのは普通に警官たちが持っていた警棒だ。モンスターに対して有効打にならないはずなんだよな?
「あれー、やっぱり手ごたえがおかしいですね。うーん、この分だと本当にここで手に入れた武器じゃないと対応が難しいかもしれませんねー」
剣道とは違う半身で胸の前くらいの高さで警棒を構えたまま桃山が首をこてんと傾げる。いや、あんたの攻撃をくらったパペットかなりダメージ食らってるから。ほら、今も生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながらなんとか立ち上がろうとしているだろ。あっ、転んだ。
「これを使え」
「はーい」
メガネが何の変哲もない木の棒を桃山に向かって軽く放る。桃山がパペットから視線を外しもせずにそれを片手でキャッチした。もちろんただの木の棒のはずがない。さっき俺がメガネの隣の警官にクリア報酬として渡したダンジョン産の木の棒(1DP)だ。
もうやめて、パペットのライフはもうゼロよ状態なんだがこいつら鬼だな。まあ俺には見守ることしか出来んが。
ダンジョン産の木の棒で打ちすえられたパペットがだんだんと動かなくなっていきしばらくしてその姿を消した。そしてパペットの魔石だけがそこに残される。
桃山は特に疲れた様子も無く木の棒を一振りすると再びぽてぽてと歩いて元の場所へと戻っていった。その表情は一貫して緊張感のない緩んだものだった。
「怖っ!」
「だから言っただろう。あの女の動きは無駄が多い。無駄が多いのにも関わらず顔の位置も重心もどっしりと動いていなかったからな。何らかの武術経験者だろう。良い兵士だ」
「いや、兵士じゃなくて警官だけどな」
珍しく感心して満足そうに桃山のことを見るセナとは対照的にうすら寒いものを感じて軽く身震いする。マジで運動とかできませんとか言いそうな見た目のくせしてこれとは……やっぱ外見から判断するのは危険だな。
君子危うきに近寄らずとも言うし、しばらくはこの部屋から出ない様にしよう。
「どうやらレベルアップしたようだな、皆はどうだ?」
「私もですねー」
「自分もです」
「儂もじゃ」
メガネが自分の目の前にステータス画面を呼び出してそう言うと、他の3人も同様にステータス画面を表示させながら返事をする。いつの間にかジジイが元に戻ってるな。この場面だけ見たら臆病者が仮面かぶってやがるとは思いもしないほど自然な仕草をしている。
「戦いに直接参加しなくてもレベルというものは上がるのか。どういった条件なのか検証が必要だな」
ふむ、とメガネが小さくうなずきそして内胸のポケットから取り出した手帳にペンを走らせている。しばらくしてそのペンが止まり、それを胸にしまったのを合図に5人が次の部屋へと進んでいった。案内役のパペットを置き去りにして。
案内役のパペットは寂しそうにしながらその後を「案内係」という看板をもって追いかけていく。
せめて初めての仕事くらいさせてやれよ。可哀想だろ!
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