第142話 中国軍の戦略
『闘者の遊技場』を半ばわざとクリアさせ、その理由と今後の指針をセナに聞き、さっそく日本を強くするためのチュートリアルを造ろうかと思ったんだが思わぬ所に落とし穴があった。もちろん落とし穴と言ってもダンジョンの罠じゃねえけどな。
その落とし穴というのは簡単に言うとチュートリアルの階層が造れなかったのだ。
新しいチュートリアルの階層を繋げるのは1階層の奥にある昔のパペットたちの待機部屋、現状は警備のサンドゴーレムの待機場所兼休憩部屋となっている場所だ。あんま深い位置に繋げても行き来が面倒だし、セナの判断は間違っちゃいない。
でもダンジョン作成のルールとして人がいる階層は変更できないってのがあるんだ。そして1階層には現在ロシア軍がずっといる。つまり新しい階層を造ったとしても接続できねえんだよな。結局人形好きにもほとんどの奴がならなかったし、本当に踏んだり蹴ったりだ。
で、いよいよロシア軍の1万体の人形の奉納が終わり、ソーン、ルナそして先輩が去り、ロシア軍はダンジョンから出ていった。解放されたことで緊張が解けたのか微妙に涙ぐんでいる奴とかもいたが、さすがに泣くようなことはなかった。
そして様々な表情をしたロシア兵たちはダンジョンから去っていった。
よし、ようやくチュートリアルの作成に取り掛かれるなと思ったんだが、その思いに水を差すように入れ替わりでやって来た奴らがいた。初日にチラッと入ってきてからかれこれ10日近く姿を見せなかった中国軍の奴らだ。
「なんか図ったかのようなタイミングだな」
「実際そうだろうしな」
「んっ、何でわかるんだ?」
「あれだ」
セナが指さした先に画面には先程までロシア兵たちが人形を造っていた1階層の最初の部屋が映し出されていた。ロシア軍が使っていたテントが並んでいるだけで特に変わったところは無いようだが……
俺が正解を導き出せずに悩んでいると、セナが言葉を続けた。
「自衛隊がロシアに差し入れたテントが残っているだろう。つまりまだ使う予定があるということだ」
「あっ、そういう事か」
その言葉でやっと意味が繋がった。つまり中国軍もあのテントを使う予定だからロシア軍は片付けなかったって訳だ。合理的というか何というか、戦う前から負けた後のことを考えちまうんだな。
もしかして中国軍が今まで入ってこなかったのって、ロシアに遠慮してとかじゃねえよな。最初の部屋は200人いても大丈夫なくらいの広さはあるが、それでもそれだけの人数が集まれば窮屈に感じるだろうし。いや、実際どうかはわかんねえけど。
中国軍がダンジョンを進んでいく。でもなんというか違和感が半端ない。ほとんどの兵士たちの表情が不安げで、きょろきょろと辺りを見回しながら進んでいるからだ。
確かにこれから殺されるかもしれないって事実を考えれば不自然じゃねえんだけど、何というか……
「素人くさいよな」
「うむ。目が違うな。あいつらのほとんどは兵士じゃない」
「じゃあ何だ?」
「あいつらはおそらく、今回のために集められた人材だな」
「人材?」
「そうだ。よし、罰を変更するぞ。人形の奉納数を1万5千にする。仕掛けた発信機などの数から考えれば妥当だしな。良いな、透」
「お、おお」
せわしなく動き始めたセナに良くわからないながらも同意する。セナが人形たちに指示を出していくのをときおり眺めながら、タブレットの画面に映るダンジョンを進んでいく中国軍に注目する。
一応中国に関しては人形自体に傷をつけたって訳じゃねえからロシアより軽い罰にするつもりだったんだけどな。そのままにしておくって訳にもいかねえから結局取り出して人形は少し傷ついちまったけど、それは俺たちの事情だ。
なるべく作成者の癖を真似て縫い直したりしたし、そもそも人形ってのは大切に扱っていても多かれ少なかれ傷がつくもんだ。それが味となって人形に深みが出ていくんだし、それを丁寧に直してやることで思い出が刻まれていくんだ。
セナに言わせると、ロシアとやっていることは同じじゃないのか? とのことだが、それは大違いだ。人形たちはダンジョンに奉納されることを前提に造られていた。つまり製作者の次の所有者は俺な訳で、軍は途中の配送業者に過ぎねえんだ。
そんな奴が勝手に傷つけるなんて許されねえだろ。
とまあそんな感じで考えていたから中国に関しては、ロシアより軽い警告と嫌がらせ程度に考えていて、セナもそれに納得していたんだがな。どうして考えを改めたんだ? 入って来た中国軍の兵士たちのせいっぽいけど。
そんなことを考えているうちに中国軍がアリスのいる階層へと下り、そしてアリスたちのいるドーム状の部屋へと入っていった。先頭集団の方にいた何人かの兵士が列を離れ、祭壇へと向かっていき背負っていたバックパックの中から木の箱を取り出す。
厳重に包装されたその蓋を開けると、その中から出てきたのは人形たちだった。合計10体の人形が祭壇へと並ぶ。
「もしかしてこれで手打ちにしてくれって事か?」
「かもな。許される可能性がないとは言えないからな。まあ当然許さないわけだが」
全員が部屋の中へと入り、ざわつく中国軍の前に1体の人形がふわふわと進み出てくる。30センチほどの紙で造られた女の子だ。箒を持ち、ひらひらとスカートを揺らしながら空中を進むこの人形は掃晴娘のサオだ。
掃晴娘は中国の伝説上の女性らしく、なんでもてるてる坊主の由来とも言われているらしい。てるてる坊主と同じで晴れを願う、そしてそこから転じて悪運を祓う幸運のシンボルともされているそうだ。
サオ本人から聞いたから間違っちゃいないと思うんだが、そんな幸運のシンボルに発信機を仕込むように依頼すんなよ。
そんなサオに中国軍の指揮を執っていた男が話しかける。
『案内は可能か?』
『残念ながら、今日の天気は……雨でしょう!』
サオのスカートが広がったかと思うと、そこから大量の何かが飛び出していった。そしてそれは待機していた兵士たちへと突き刺さり、そして食い破っていく。正に阿鼻叫喚といった様相を呈している画面からちょっと目を逸らす。やっぱスプラッタすぎるのは苦手だ。
「サオはどうやって攻撃してんだ? なんか飛んで行ったように見えたけど」
「紙で造られた龍のようだな。なかなか使い勝手の良さそうな攻撃方法だ。集団戦に向いているな」
既に動く人がほとんどいなくなった画面をよく見てみるとセナに言われた通り、確かに折紙の龍が体を血に染めながらサオの周りに浮かんでいる。残っている兵士も複数の折紙の龍に襲われている最中で間もなく決着しそうだ。
「なんか強いな。マト子さんとDP的には変わんねえんだけど」
「そうだな。まあ兵士が弱かったとも言える。復活にかかるDPを確認してみろ」
タブレットを確認すると、そこには千付近の数字がずらずらと並んでいた。たまに6千とかもいるが、本当にまれだ。なんだこれ、ほとんどの奴がまるっきり初心者じゃねえか。
最後の奴が死に、画面に8,712と言う数値が表示される。結局高いDPの奴は合計で5人しかいねえのか。
「こいつら素人連れて来て何がしたいんだ?」
「復活させてみればわかると思うぞ」
教えてくれないのかよ、と思いつつ先輩たちが配置についたことを確認してからタブレットをポチポチして中国軍の奴らを復活させていく。ロシアと違ってかなり取り乱していることに妙に安心するな。いや、自分でもどうかと思うけどよ。
先輩が立っているので逃げることは出来ない。それがわかっているのか中国軍の兵士たちは大人しいもんだ。そしてロシア軍と同じように人形造りの指示を出したんだが……
「そういうことか。確かにこいつらは軍人じゃねえな」
びくびくしながらも、人形を形造るその手つきは熟練したものだった。兵士を訓練した程度でこんなことが出来るはずがねえ。
「人形造りが得意な者を集めて軍に所属させたのだろうな。事前に罰がわかっていたのだから対応を取ったという訳だ。そのせいで時間がかかったのかもしれん」
「卑怯と言うか図太いと言うか。なんて言っていいかわからんがある意味感心するな」
「まあ国の判断としては正しくあるな。貴重な人材と時間を無駄にすることないようにと言うことだ。罰のバリエーションを増やす必要があるな」
考えにふけってしまったセナは置いておいて、俺は画面を見つめる。中国について思うところはあるが、職人が人形を造るところを実際に見られるなんてなかなかない機会だしな。門外不出って事もあるし。そう考えれば、今回のことはロシアよりも結構お得かもしれん。
その後、中国軍は数日で人形1万5千体を奉納し終えた。セナは不満の様だったが、俺としてはなかなか充実した時間だった。人形造りの技術も吸収できたし、インスピレーションも沸いたしな。
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