第140話 ロシアの特殊ダンジョン
俺自身もそうじゃないかって考えには至っていた。でも改めて言葉として言われるとちょっとショックだな。
いや、俺だけが思いつくアイディアなんてある訳がねえんだから他のダンジョンマスターが同じようなことを考えついたっておかしくはねえんだけどよ。でもちょっとやさぐれた気分にはなっちまうよな。
「ロシアにもチュートリアルダンジョンがあるってことか。それならわざわざ日本になんて来ずにそっちを攻略してりゃあいいのにな」
「勘違いするなよ。同じようなこと、とは言ったがここと全く同じとは言ってないからな」
「どういう意味だ?」
意外なセナの返しに、思わず聞き返す。その言葉を待っていたとばかりにセナがニヤリと笑い、そして椅子から降りると部屋の隅に設置されたホワイトボードを引きずって戻ってきた。
そこに書かれていた今日の各々の予定や、ご飯の献立、せんべいリクエストなんかをぴょんぴょん跳ねながらざっと消し、セナは専用の脚立に上ってでかでかと『ロシア軍の状況』と書いた。そしてその下に現状でわかっていることを箇条書きにしていく。
一通り書き終えると、ペンのキャップをキュッと締めてセナがこちらを振り向き、そのペン先でコツコツとホワイトボードを叩いた。
「これが現状のロシア軍の状況だな。はっきり言って異常だ。まあこれもダンジョンマスターだからわかったことであって、普通ならわからないだろうがな」
確かにその通りだ。ロシア兵に罰を与えたから違和感に気づいたけど普通に攻略しているだけなら気付かなかったかもしれねえしな。もしかしたら諜報部とかセナが気づいたかもしれねえが、それはダンジョン側として監視を自由に出来るからだ。普通は無理だろう。
うんうん、と頷いている俺を見て、ちょっとセナが満足そうに笑う。
「そしてこれらのことから考えられる可能性は多くない」
ペン先を出し、セナが再びホワイトボードに3つの点を書いた。そしてこちらを振り向かずにペンを走らせながら言葉を続けていく。
「第一の可能性は私たちと同じようなチュートリアルをしているダンジョンだな。ダンジョンマスターがいることを隠し、訓練の場という役目を提供することでDPを得ようとするわけだが、まず、これはない」
『チュートリアル』という言葉を書いてその上にセナが大きく×をつける。
「なんでだ? 可能性としてはあるだろ」
「0ではないが低いだろうな。考えても見ろ。あの人数におそらく5千DP以上のスクロールを与えているんだぞ。餌としては少々やりすぎだ」
「あぁ、確かに。言われてみればそうだな」
安いスクロールでも釣れるし、それに死なないってことだけでも訓練の場としての役割は果たせるから人は来るはずだ。同じようなことをしているダンジョンが他にもあるなら別だろうが、さすがにそんなダンジョンが同じ国に2つある可能性は低いだろう。
俺の頭の整理がついたタイミングで、セナが再びホワイトボードへと体の向きを変える。
「第二の可能性。私としては一番可能性が高いと思っているのだが、ロシア政府と協力体制をとっているダンジョンマスターがいるというものだな」
「それって、良いのか?」
「問題あるまい。私たちもアスナという外部の者に協力をしてもらっているし、それを拡大したようなものだ。ダンジョンマスターとしては安全確実にDPや必要物資などを得ることができ、政府としてはダンジョン産の貴重なスキルや装備を得ることが出来る。利用し、利用される関係という訳だな」
二重丸を書きながらセナがシニカルに笑う。確かにこの可能性なら相互にメリットがあるし、ロシア兵たちの状況にも説明がつく。いや、待てよ。
「でも、そんな協力的なダンジョンなんてわかったらDPが入らなくなるんじゃねえか?」
今までのダンジョンマスターの経験上、入ってくる奴の気持ち次第で入手できるDPが大きく変わるのはわかってる。友好的なダンジョンに入るってことなら試練なんて思わねえだろうし、そうなっちまえば入ってくるDPも少なくなるはずだ。
「そうだな。おそらく知らされているのは士官クラスだけだろうな。下手をしたら尉官は知らされていないかもしれん。最悪指揮する者さえ知っていれば問題はないからな。それに軍人以外を使っている可能性もある。囚人、特に死刑囚などを利用すれば色々出来そうだしな」
「そこまでするか?」
「刑務所で行っていた作業の代わりにダンジョンでモンスターと戦わせて魔石を採取させるだけでも十分だろうしな。武器も何もなくモンスターと戦うのはさぞ試練になるだろう。死刑囚ならば死んでも問題はないし……冗談だ、そんな顔をするな」
思わず顔をしかめると、セナが少し申し訳なさそうに眉を下げながら言葉を止めた。
俺の顔を見てセナは冗談って誤魔化したが、その可能性が全くないって訳じゃねえんだよな。ロシアが本当にやってるかなんて俺たちにわかるはずがねえけど、それでもそういう方法があるって事は頭の片隅に入れておいた方が良いだろう。俺はしたくねえけどな。
微妙な雰囲気が漂う中、セナがこほんと咳をして空気を変える。
「ともあれ、これが2つ目の可能性だ。ここまでは良いな?」
「おう」
俺の返事にセナが頷きを返し、そして再びホワイトボードへとペンで何かを書こうとし、それを一瞬ためらった。すぐにペンで書き始めたのでほんの少しの間だったんだが、なぜかそれが俺には気になった。
「では3つ目。可能性としてはそこまで大きくはないから参考程度ではあるんだが……ダンジョンマスターがロシアを強くしようと考えて協力しているということだな」
「んっ? 2つ目との違いがよくわかんねえんだが。どっちにしろ協力してるってことだろ」
「まあ確かにそういう意味では同じと言えるな。こちらのほうがより積極的にロシアを強くしようとしているだけとも言える。ダンジョンマスターと政府が同じ目標に向かっているからな。ただ……」
「ただ?」
珍しく言いよどんだセナに続きを促す。セナの眉間に皺が寄るのを眺めながら、その次の言葉を待つ。セナがこんな表情をするんだ。何かしらの厄介事か? 考えがまとまってないって訳じゃなさそうなんだけどな。
そんなことを考えながらしばらく待っていると、ようやくセナがその重い口を開いた。
「いや、確かに透の言うとおり結果としては変わらないか。まあ他にも色々な可能性はある。考えなしの馬鹿なダンジョンマスターがいるという可能性も0ではないし、ロシアがダンジョンマスターを脅して飼い殺しにしているという可能性もある。ダンジョンマスターの性質上、素直に従うとは思えんし普通ならありえないがな。でも現状ではそこはあまり問題ではない。問題となるのはその結果だ」
セナが下矢印を書き、続けて大きな文字をキュッキュッと書いていく。そこに書かれた文字は『軍事バランスの崩壊』だった。
なんかちょっと話をはぐらかされた気がするんだが何でだ? と疑問に思いながらセナを見ていると、バンッとホワイトボードに書かれた文字を叩いたので慌てて意識をそちらへと向ける。今は話に集中しないとな。
「透もわかっていると思うが、ダンジョンは今までの人の枠を簡単に超えさせる。特に軍事面での応用が利きすぎる。例えば私たちが良く出している生活魔法のウォーターでさえ、物資の輸送面からすれば恐ろしいほど有用だからな。最後の手段として泥水をすすり、結局腹を下して体力を消耗するなんてこともない」
「……なんか大変だったな」
暗い瞳で遠くを見だしたセナにちょっと遠慮がちに声をかけておく。なんというか滅茶苦茶実体験っぽいんだが、とりあえず聞かないでおこう。戦場残酷物語を聞く趣味はねえし。
しかし言われてみればそうだな。レベルアップすれば身体能力が向上するし、攻撃スキルなんか言わずもがなだ。そう考えると将来的にはダンジョンで鍛えた部隊が戦争をするってことも十分にありえる。銃弾が飛び交う中で、炎や氷も同じように飛び交うわけだ。何というかカオスだな。
「まあダンジョンのモンスターとは違い、銃弾が効きにくいという訳ではないからしばらくは大丈夫だろうがそれでも着実に差は広がっていく。それが決定的な差となった時に何が起こるかは歴史を考えればわかるだろ?」
「戦争だな」
「ああ。楽しい楽しい殺し合いの時間だ」
その言葉とは裏腹に、ひどくわざとらしい顔でセナが道化のように笑う。その矛盾した姿にチクリと胸が痛んだ。
セナがどんな生い立ちをしてきたのか俺は知らない。興味がない訳じゃねえけど、不用意に聞いていいものじゃないってのはわかる。俺がそれを知ることが出来るとしたらセナが自分から話した場合だけだ。でもそんな俺でもわかることはある。
セナは戦争が好きじゃねえ。
そんなもんに関わらせるより、だらだらとせんべいをかじっている方がセナは幸せだ。その為に、俺が出来ることは……
「つまりこれからは日本を強くすることも視野に入れたダンジョン作成が必要ってことだな」
「そうだ。わかってきたではないか」
「で、具体的なプランはあるのか?」
「もちろんだ。下地は十分に作れたからな。ダンジョンのルールを破れば、意味不明で理不尽な罰を受けるということも周知出来たし、桃山を通じてメッセージも送れた。日本政府もそれを見れば今後の……」
「いや、ちょっと待て」
思わずそのまま流しそうになったが、どうしても流せない内容にセナの言葉を強引に止める。何だ? と言わんばかりのうろんげな視線をセナが向けてくるがここは引かねえからな。俺にとっては重要なことだし。
「意味不明で理不尽な罰ってもしかして……」
「ロシアのことだな」
当然のごとくセナが即答する。
「いや、人形を粗末に扱いやがった奴らにその大切さを気づかせたり、人形好きにさせるっていう重要な役割が……」
「透。お前ならあの罰をどう感じる?」
「んっ? 人形に囲まれながら好きなだけ人形を造ることの出来る言わばご褒美的な罰だな。わざわざ人形が作ってくれた食事も用意されるし、至れり尽くせりだろ。想像以上にソーンとルナの監視が厳しいがそれは罰だからだし、真面目に造ってれば大人しいもんだしな。まあ人形を好きになるまでがきついかもしれんが、そのきっかけとしてはなかなか良いんじゃねえか?」
素直に俺の考えを言っているだけなのにだんだんとセナの目が半眼になっていくのが不安を煽るな。しかもその瞳にちょっと哀れむような色が混じってやがるし。
俺の考えを聞き終えたセナがゆっくりとこちらへと近づいてくる。そしてポンポンと俺の肩を叩いた。
「透、あの罰で人形を好きになる奴はごく一部だ。むしろ恐怖を覚えるからな」
「いや、そんなことは……」
とっさに言い返そうとして、ロシア兵たちの様子が頭をよぎる。あんま考えないようにしていたがそう言われてみれば確かにそうだ。人形好きになったと俺が確信を持って言えるのは5人もいない。マジでそうなのか?
愕然としている俺に、セナが優しい声で言葉を続ける。
「まあ人形を大事に扱うようになるのは確かだろうから気にするな。私の目的は果たせたしな」
「おっ、おう。……ってまさか最初からわかってたのかよ!」
「いや、私としてはなぜその結論に至ったのかの方が不思議だったのだがな。まあでも、それも透らしいしな」
「……」
そう言って良い顔で笑ったセナに、俺はそれ以上言葉を続けることができなかった。
お読みいただきありがとうございます。
本日20時頃に2万ポイント記念を投稿しますのでお楽しみに。内容は……勘の良い方は気づいているかもしれませんがそれまで秘密と言うことで。
では、これからも地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
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