第139話 セナの推測
俺が人形の修復を終えてコアルームへと戻ってくると、セナももう復活作業を終わらせたらしく、せんべい丸の上でくつろぎながらせんべいをパリパリと食べていた。テーブルの上には俺の分の湯呑が用意されており、そこから湯気が立っている。話す準備は万端って感じだな。
長くなりそうな予感に少し覚悟を決めてテーブルにつく。まあどっちにしろセナがせんべいを食べ終わるまでは話は始まらねえんだけど。
セナの視線の先のモニターにはいくつかの画面が写っている。桃山を迎え入れ、歓声を上げる警官や自衛隊の奴ら。その片隅でリアを迎えに来た瑞和が驚いているのはきっとリアが話しかけたからだろう。まあ……末永く仲良くしろよ。
そして別の画面には1階層の最初の部屋のテントのそばで食事をしているロシア兵たちの姿も写っている。ここ最近のいつも通りの光景だ。
最初は難航するかと思われたロシア兵士たちの人形造りだが、そのスピードは日々上がってきており、あと数日の内に1万体の奉納は終わるはずだ。人形造りの上手い若い兵士を教官として他の兵士たちに教え込ませる方針にしたようで、加速度的に人形の作成スピードが上がっているしな。
今ではソーンやルナに殺されることもかなり減った。一応ロシアでも精鋭っぽいし、元々集中力がないわけじゃねえんだよな。
とは言え人形好きや人形への理解が深まったかは微妙だ。大半の奴らは目標達成のための手段としか考えてねえような気もするし。まあ一部は楽しさを覚えたみたいだから多少はマシになると思いたいが、どうだろうな。
入ってくるDPも徐々に減りつつあるし、ここいらが良い区切りなんだろう。あんま無茶しすぎると本格的に侵攻されたりするかもしれねえしな。
それにテントで眠っているとは言え、一日中ダンジョン内に人がいるって状況はセナや他の人形たちにとっても負担になる。人形だから体力的には疲れないらしいけど、精神的にはどうかわかんねえし。
これ以上続けても意味なんてほとんどねえような気がするし、さっさと出て行かねえかなって思いも少しずつ大きくなっているんだよな。まっ、1万体までは帰すわけにはいかないんだけどな。
もう夕食も終わりかけだったようでロシア兵たちが食べた食事をパペットたちが回収していく。人形の奉納数で食事が改善されていく仕様にしているので、最初のアレが出てくることはもうない。確か今日の夕食はピロシキとウハーとか言うスープで両方ともロシアの料理だったはずだ。
うん、ピロシキに関してはなんとなくわかる。パンになんか具材が入った奴だ。しかしウハーってなんだ? ククに料理名だけは聞いたが実物を見逃したから想像がつかん。ロシア兵たちは舐めるようにして綺麗に食べているので残飯からの推測も出来んし。ウハーか。やっぱ、想像するに……
「辛い系のスープってところか?」
「何を言ってるんだ、お前は?」
俺の呟きを聞きとめたらしいセナが眉根を寄せながら首を傾げている。どうやらせんべいタイムは終わったみてえだな。とりあえずウハーについては後回しだ。今度ククにリクエストすれば食べられるし。
「なんでもない」と告げ、居住まいを正してセナを見つめる。若干不思議そうな顔をしていたセナも、その表情を真剣なものに変えた。
「じゃあ、とりあえず今回のことと、今後について教えてくれ」
「わかった。しかしその前に、透は今回の外国の軍隊を見てどう思ったか聞かせてくれ」
唐突なセナの問いかけに、頭をひねる。外国の軍隊を見てどう思ったか、か。うーん……
「見た目より弱いなってのが第一印象だな。ガタイが良い奴が多いし、ダンジョン産の装備もしているからいかつく感じるけど、戦い方とか見てると普段の自衛隊や警官の方がはるかに強いよな」
フィールドダンジョンでのアメリカ軍やEUの連合軍の戦い方を見ていると、なんというかノロく感じるんだよな。招待状も今まで日本の奴らが稼いでいた数の半数にも満たない数しか得られてないようだし。
そんな俺の答えに、セナが小さく頷く。
「まあこのダンジョンでの経験が違うからな。日本に比べてだいぶ慎重に動いているというのは軍人として正しいし、それを見て透がそう思うのは間違いじゃない。現状では身体能力も日本の方が上のようだしな」
「おー。俺も結構わかるようになってきたってことだな」
「まあ最低ラインはクリアというところだな」
「そこは褒めて終われよ」
いつもながらに厳しい評価に軽く突っ込んでみたが、ふんっ、と軽く鼻で笑われた。まあその表情に嘲りとかは入ってねえから別に良いんだけどよ。セナの要求レベルを軽々クリアするなんて俺には無理だからな。
「他には?」
「他かぁ……装備の力って結構馬鹿に出来ねえなとも思ったな。ユウだって装備が整ってない状況ならまだ負けなかっただろうし」
「まあ、それも正解だ」
正解と言いつつ、セナが若干不満そうな顔をしているところを見るとセナが求める回答じゃねえってのは明らかだ。でもその他って言われても思いつかねえんだよな。
ロシア兵たちはなぜか兵士の人形ばっか造るとか、その大きさがほとんど一緒とか、そういった人形関係の気づきならいくつもあるんだが。セナの求める答えと違うのは確実だし、そんなことを言った暁には、絶対零度の視線が向けられるだろう。しかもナイフ付きで。
俺が悩んでいるのを感じたのか、セナが小さく息を吐き俺を見上げた。
「外国の軍人たちを生き返らせる時に何か違和感はなかったか?」
「違和感?」
「そうだ。特にロシア兵だな」
「ロシア兵……」
言われたとおりロシア兵を生き返らせたときのことを考える。違和感ねぇ。普通に自衛隊の奴らとかを生き返らせる時と同じでタブレットでポチポチしただけだよな。おっ、そう言えば。
「ロシア兵たちが生き返った時、妙に冷静だったよな」
「そうだ。そして付け加えるなら、ロシア兵は全ての者が高DPだった。桃山よりもはるかにな。これが意味することはわかるな」
「全員がスキル持ちってことだよな」
俺の言葉にこくりとセナが首を縦に振る。まあ当然だよな。現状で人間半分やめてる感のある桃山よりも、人間の範疇のロシア兵たちが高いDPってことはスキル分のDPが入っているからに他ならない。
言われてみれば確かにロシア兵たちは全員1万DP超えていたしな。スキルもバンバン使ってやがったし。うん、それは理解できた。
「で、それがどうしたんだ?」
「本当に透は……人形以外のことを考える気があるのか?」
「考えなくて済むなら考えたくねえと思っているが……って冗談だからナイフしまえって!」
ちらりとナイフのきらめきを見せてくるセナに慌てて言い繕う。色々もったいぶってくるから、ちょっとした仕返しのつもりだったんだが。
俺だって仮にもダンジョンマスターだ。はっきり言って適性なんてないけどな。ここまでうまくいったのも、セナという相棒が居てこそだ。チュートリアルって言う閃きはあってもそれを具体的にできたのはセナの助力のおかげだしな。むしろセナがこの初心者ダンジョンを造ったとも言えるかもしれねえ。
それでも、俺がダンジョンマスターであることに変わりはねえ。だから向いてないって自分自身でわかってても考えるさ。快適な人形造りと人形たちの楽園を維持するためにもな。
まあ、そんな面倒くさいことを考える暇があったら人形を造っていたいってのは偽らざる思いなんだが。
しかし、理由ねえ。死に慣れていて、しかもスキルの保持者が多いって理由か。……んっ? ちょっと待てよ。それってもしかして……
顔を上げるとセナが満足そうに頷いているのが見えた。
「そうだ。私たちと同じようなことをしている奴がロシアにはいるかもしれないということだ」
セナは当然のような顔をして、そんな衝撃の言葉を放ったのだった。
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