第14話 新たな侵入者
「……おる、透。起きろ」
「んっ、あと……」
「5分などと言おうものならそれがお前の命のタイムリミットになるな」
「はぁ。お前が言うと冗談に聞こえ……ってマジでナイフ出してんじゃねえよ!」
ゆさゆさと揺さぶられる感覚に眠気の取れない頭で抵抗を試みたが、その言葉と薄目を開けて見えた光景に一瞬で目が覚める。笑う美少女の人形にナイフを突きつけられるなんて誰得なんだ? いや、フィギュアとしてはありなのかもしれんが、あのナイフが良く切れることは実際に目にして知っているし。はっきり言って恐怖しかないぞ。
起こした体を動かすとこきこきと骨が鳴る。やっぱ絨毯を敷いたとはいえ布団は必要かもしれんな。
「ちっ、起きたか」
「起きたか、じゃねえよ。何でナイフ持ち出してんだよ」
「何を言っている。見張りが起きろと言っているのだ。跳ね起きる方が普通だぞ」
「いや、まあそれには反論の余地はねえけどよ」
「ナイフで脅すぐらい普通だろう。ポポポ族の奴らなら即座に刺されるぞ。あいつら時間にやたら厳しいからな」
「いやいやいや、普通じゃねえし。それにポポポ族ってなんだよ」
「ポポポ族とは今は昔6千年ほど前、銀河の果ての過酷な環境の星で生き抜いていた戦闘民族で……」
「あっ、やっぱいいや。めっちゃ長くなりそうな気がするし」
「そうか?」
残念そうな顔をするセナを横目で見つつ口に手を当てながらあくびを噛み殺す。セナのおかげで目は覚めたはずなのに再び猛烈な眠気がやってきやがる。コーヒーでも飲まないとまずそうだ。
「それで、どうしたんだ?」
「あぁ、侵入者だ。さっきの奴らの1人もいるぞ」
「おぉ、説得に成功したのか? いや、とりあえず報告の確認ってことかもしれねえな」
「そうだな。しかし情報確認を決定するために30分もかけるようでは有能な指揮官とは言い難いな。早くて正確な情報を得られるかどうかが部隊の生死に直結していることがわかっていない。こういう無能の下では働きたくないものだ」
ふぅ、と息を吐き、やれやれとばかりにセナが首を横に振る。本気でそう思っているんだろう。だが……
「……おい、今30分って言ったか?」
「そうだぞ。遅すぎだな」
「遅すぎじゃねえよ。ってことは俺が寝てから10分くらいしか経ってねえじゃねえか」
はぁー、と深い息を吐いてがりがりと頭をかく。そりゃあ眠いはずだ。実質寝てないのと同じだからな。むしろちょっとだけ眠ったせいで眠気が増した気さえする。
警察ってこんなに動きが早いのか? ダンジョンなんていう現実とは思えない存在の報告を受け入れてすぐに入って来るとは予想してなかったぞ。しばらくは入り口を封鎖されるだろうと思っていたのに。
とは言え来てしまったからには仕方がない。
「はぁ、監視するか」
「そうだな」
侵入者を知らせるために赤く光っているダンジョンコアへと近づき、そこへ手を伸ばすとにょきっとタブレットが生えてくる。その何とも言えない光景にしばしそれを見つめたまま動きを止める。
じっと見つめていると、まるで取らないの? とばかりにタブレットがこちらへと何度も突き出されてくる。
「なんか生きてるみたいだよな」
ぼそっとそんなことを呟くと先ほどまで「んっ、んっ」とどこかの引っ越してきた人の家にぼた餅を持ってきた田舎の少年のような動きをしていたタブレットがピタリと止まる。訝しみながらさらに見続けるとダンジョンコアの表面からしずくが一筋流れ落ち、地面にしみを作った。
「てめぇ、やっぱ生きてんじゃ、痛ぁ!」
こいつタブレットをぺっ、ばかりに吐き出しやがった。しかも間近で見ていた俺の顔にクリーンヒットさせやがって。鼻血出てねえだろうな。
痛む鼻を抑えつつ、タブレットを拾いダンジョンコアを見つめる。自分、ただのダンジョンコアっすから、意思なんて持っているはずないっすからとばかりに元の形へと戻ったまま動く様子も見せないダンジョンコアに軽くメンチを切る。
「透、1人でコントをしてないで侵入者を監視するぞ」
「いや、こいつ明らかに何らかの意思を持ってるだろ」
「ふぅ、友達がいないばかりに物にその代替を求めるとは、すまない透。もう少し私が構ってやるべきだった」
「そうじゃねえよ。あー、まぁいいや。とりあえず監視が優先だ」
色々と引っ掛かる部分はあるがさすがにダンジョンの侵入者への対応の方が大事だ。最悪自分たちの命に関わるからな。
床へと腰を下ろしてあぐらをかくと当然のようにその上へとセナが乗ってくる。ちょっと思うところが無いわけじゃないが、その方が見やすいだろうと言われてしまえば俺がどうこう言う問題でもないしな。
セナにも見えるように手を伸ばしながら持ったタブレットへと視線を向ける。その画面に映っているのは先ほど来た警官の1人と初めて見る男性の警官3人と、女性の警官が1人だ。
若い20代前半と思われるきびきびとした動きで周囲を警戒している男と、逆にもう定年間近ではないかと思うほどのほとんど白髪でところどころにある黒髪がメッシュのようになっている年配の男が先頭を歩き、一番後ろをのほほんとした顔で若い女性の警官がぽてぽてと歩いている。その間に挟まれるようにして先ほどの警官に説明を受けながら眼鏡の中年の警官が鋭い視線でダンジョンを見回していた。
何となくだが、こいつが一番偉そうだ。胸についているバッジも他の奴は一部が銀色なのにこいつだけ全部金色だしな。
「次の部屋でパペットという人形と戦う事になります」
「わかった。磯崎、加藤、頼んだ」
「ハッ!」
「承知じゃ」
その中年の男、うーん、メガネでいいか。メガネの言葉に若い男の警官、たぶん磯崎と年配の警官、加藤が返事をする。とりあえず磯崎は別にいいんだが、加藤がいい味を出している。なんて言うの、草枯れた渋さっていうのか? 現場一筋にやってきた刑事、上司の命令に反したとしても犯人検挙のために泥臭く動き続けてきた、そんな重みがその一言から感じられた。
いいよな、こういう奴。やっぱ刑事はこうでないと。たぶんその功績が大きすぎて現場を離れさせられてしまったんだな。本人は内心では嫌だったが若い後進に道を譲るために受け入れて警視庁本部へとやって来たんだ。そうに違いない。
「おっ、着いたぞ」
そんな妄想をしている俺をよそに事態は進んでおり、セナの言う通り5人が2番目の部屋へとついたようだ。そしてパペットの持っている看板を読み終え戦闘用のパペットへと向き直るとしばらくしてそのパペットが5人に向かって動き始めた。まあ5人もいるしなんの面白みも無く戦いは終わるんだろうな。
「キャー!!」
黄色い悲鳴が上がる。まあ確かにパペットの動く姿はぎこちなくて不気味だからわからなくはないんだが……
「落ち着いてください、加藤さん!」
「いや、無理無理無理。やっぱ生理的にむりじゃー!! 人形が動くとかありえないじゃろ」
若い警官の磯崎が悲鳴を上げて逃げようとした年配の警官の加藤を羽交い絞めにして止めていた。よりにもよって悲鳴を上げたのはお前かよ。
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