第137話 門番の後
「負けちまったな」
「仕方ない。今回は奴らの戦略がユウの強さを上回ったというだけだ。対処の方法はいくらでもある。それにいつかは起こることだったしな。予想よりはだいぶ早かったが」
淡々としたセナの物言いに、落ち込んでいた気分がさらに沈んでいくような気がする。確かにセナの言う通り、いつかは『闘者』の称号を与えるようにってことでこの階層を作ったんだから、その過程でユウが倒されるってのも決まっていたことではあるんだけどよ。
それでもやっぱ今まで壁として戦い続けてくれたユウが倒されたってのはちょっと心に来るものがある。
タブレットの画面には光の粒になっていくユウの姿が映っていた。ユウの取り巻き人形たちも同じように消えていき、残ったのは俺が手慰みで造ったり、外国語の対応のため<人形創造>した人形たちだけだ。
残っていた人形たちがユウのドロップアイテムらしきクレーンハンドを持って逃げていくのを桃山がポーションを飲みながら眺めている。追う気はなさそうだな。
「ドロップアイテムの回収も成功したな。これでユウの復活も問題あるまい。しかしユウの本体があんな小さな人形だったとは思わなかったな。姿も騎士と言うからには甲冑などを着ているのかと思っていたのだが」
「どっちかって言うと未来的な姿だったな。ロボットに乗って戦うアニメ的な。うん? そう考えると普段のユウの姿ってロボットってことになるのか? ロボットを操って戦う人形……なんだそれ、胸アツじゃねえか!」
そういえば持っていた武器もどこぞのフォース使いが持っていそうなビームソードっぽいやつだったしな。やばい、想像力が掻き立てられる。さっきまでの暗い気持ちが吹っ飛んでいく。
今回負けちまったからユウを復活させたら強化するのは決定だ。その方向性がはっきりと見えてきた。そうだよ。今回は負けちまったがユウは死んだわけじゃねえ。もっと強く、ユウMkーⅡとして生まれ変わるんだ。
ロボットならやっぱ腕は飛ばねえとな! そのギミックをどうするかが問題だが、スミスに意見を聞けば参考にはなりそうだ。なにせ武器職人だしな。
他にもいろんなアイディアが浮かんでくる。早く製作作業に入りたいところだが、流石に今はダメだ。桃山も残ってるしな。
大きく息を吐いて浮ついた心を落ち着ける。そしてパンパンと両手で自分の頬を2度叩いた。ちょっと力が入りすぎてじんじんするが、これで大丈夫だ。
「ユウの事は後で考えるとして、まずは桃山だな」
「うむ、私は準備に入るぞ」
「何の?」
「桃山を『闘者』と認める準備に決まっているだろうが」
さも当たり前の事のように言ったセナの言葉が一瞬俺には理解できなかった。しかしすぐにその意味することを理解する。理解はしたが、なんで桃山を『闘者』と認めることになるんだ?
確かにユウは今まで『闘者の遊技場』を攻略する奴らの壁的な存在だった。でもその壁は今まで攻略する奴らが越えられなかっただけであって、この階層で最も強い存在という訳ではない。この階層で最強の存在と言えば……
「さすがに桃山1人じゃ、先輩は抜けねえだろ?」
「そうだな。居れば、の話だがな」
「居ればって、先輩がいなくなる訳が……ってああっ!」
「気づいたようだな。先輩は今ロシア兵たちの監視で留守だ。本当に透は抜けているな」
はぁ、とわざとらしくセナがため息を吐く。いや、今回に関しては全面的に俺の落ち度なんだが、的確に俺をイラッとさせる仕草をしやがるな。とは言え今はそれどころじゃねえ。
この『闘者の遊技場』の最終ボスはサンドゴーレム先輩なんだが、今先輩はロシア兵の対応で1階層の入り口の部屋に出張中だ。つまり現在ユウの後ろに控えるモンスターはゼロってことになる。
「先輩を呼び戻す……のは無理だし、アリスも仕事中だな。サンなら何とかなるか? いやいっそのこと新しい人形を召喚して……」
「落ち着け、馬鹿者」
「いてっ」
早く対応しねえと、とあわあわしていたが、頭を固いもので叩かれたような衝撃に少しだけ落ち着きを取りもど……
「ってナイフで殴んじゃねえよ!」
「腹の部分だから問題ない」
「いや、その理屈はおかしいからな。手で叩くとか他にも方法はあっただろ!」
顔を上げてすぐ目の前にあったナイフのきらめきに、落ち着きを通り越して思わず突っ込みを入れちまった。いや、確かに切れはしないだろうけど、その選択はねえだろ。
しかし俺の突っ込みに対して、セナは取り合うこともせずに肩をすくめて返すに留めた。
「まあ落ち着け」
「……違う意味で落ち着けねえからナイフを仕舞ってくれ」
「わかった」
セナがくるりとナイフを回すと、いつも通りどこかへ消えてしまう。これに関しては突っ込むだけ無駄って今までの経験上わかっているからな。
ある意味でいつも通りのやり取りに心が落ち着いていくのを感じる。これで落ち着くのはやばい気もするが。とは言え今はそんなことを悠長に考えている時じゃねえよな。
「冗談はさておき対応策をさっさと決めようぜ。早く対応しねえと、本当に桃山が……」
「まあ待て。言っただろう。『闘者』の称号を与えると」
「マジか?」
「マジだ」
予想しなかった反応に目を見開くが、セナの顔は大真面目だ。冗談で言っている訳じゃなくて、これは本気で桃山に『闘者』の称号を与えようとしているのがわかる。
ちらりと視線をタブレットの画面へとやると、休憩と回復を終えた桃山が立ち上がり奥へ向かって歩いていこうとするのが見えた。セナがどうしてそう考えたのか聞きたいところだが、そんな時間はなさそうだ。
対処するか、しねえか。最終的に決めるのは俺だ。セナは勝手に行こうとはせずに、じっとこちらを見ながら俺の言葉を待っている。それがその証拠だ。なら……
「気を付けて行ってこいよ」
「いいのか?」
「時間もねえしな。それに理由はわかんねえけどお前が必要だと思ったんだろ」
少し驚いたような顔をするセナの背中を軽く押す。こういった戦略みたいなことは俺にはわかんねえしな。なにより相棒のセナを信用しないなんてありえない。
どんな不可思議なことであったとしても、こいつの考えたことなら何かしら意味があるってそう信じられるくらいの時間をセナと過ごしてきたからな。暴力的で、皮肉屋で、せんべい狂いの変わった奴だが……うん? 考えてみるとセナって結構やばい奴じゃねえか? いや、それを上回る良さもあることは重々承知してるけどよ。
「何か馬鹿にされたような気がするんだが……」
「そんなことはないから、とりあえずナイフを戻そうぜ」
「ふんっ、まあ良い。では行ってくる」
「おう、頼んだ」
ダンジョンコアへと近づいていくセナの背中を手を振りながら見送る。『闘者の遊技場』の最奥にある扉をくぐると階段があり、そこを降り切ると別の階層になっている。もちろん単独の階層なので人はおらず転移することが可能だ。
元々は無かったのだが、アメリカの大使をぶっ飛ばした後のダンジョン改装の時にセナが増築していた。もしかしてあの時からセナは今回の事態を想定していたのかもしれねえな。あいつ、どこまで先を読んでいるんだろうな。全く頼もしすぎるぜ。
セナが手を伸ばしダンジョンコアへと触れる、その直前にくるりとこちらを振り返った。
「透、油断するなよ」
「へいへい」
それだけを言い残し、セナはダンジョンコアへと触れて転移していった。本当にどこまで読んでんだろうな。俺の考えなんてとっくの昔にお見通しって訳か。まあそれでもやることに変わりはねえんだけどな。
セナの危惧はわかる。でもな、悲しい思いをさせちまったあいつに報いないなんて俺には出来ねえってお前もわかってんだろ。
「せんべい丸、頼むぞ」
俺の呼びかけにクッション体勢から立ち上がって、やる気なさげに手を上げるせんべい丸に一抹の不安を覚えねえ訳じゃねえけど、きっと無用な心配のはずだ。まあせっかくセナが気を遣ってくれたんだし最低限の保険はかけるけどな。
セナがゆっくりと階段を上がっていく画面から視線を変え、そして『闘者の遊技場』で1人、地面を見つめたまま座り込んで動かない人形を眺める。
「リア、もう少し待ってろよ」
桃山が最奥の扉にたどり着くまでの、たったそれだけの時間が俺にはとても長く感じた。
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