第136話 最後に立つ者
「さーて、いよいよ私の番ですねー」
重苦しい空気を吹き飛ばすようなのん気な声に少しだけ感謝しつつ、まるで散歩にでも来たかのような自然な笑顔を浮かべる桃山を眺める。
確かに桃山にとってユウはほぼ毎日戦っている相手だから他の奴らとは心構えが違うんだろうが、ここまで泰然としていられるのはすげえよな。心臓に毛どころか荒縄でも生えてるんじゃねえか?
桃山は軽く体を動かしてその動きを確認すると、腰に吊っていた金属製の棒を手に取り、軽く2、3度振った。いつもは木の棒を使っていたからこの棒もおそらく海外との取引で手に入れたもんなんだろう。
桃山がぐるっと首を回し、そして軽い歩調でユウへと近づいていく。そしてユウの間合いの2歩ほど手前で立ち止まり、その棒を構えた。
「本当は自分の力だけで勝ちたいものですけど、早く倒せって命令が来てますし、仕方ありませんよねー」
「……」
「皆が頑張ってくれたけど、そういう思いを受け止めて戦うって私の柄じゃないんですよねー」
ふんわりと笑いながら愚痴のようなことをユウに向かって桃山が話しかける。ユウは構えたままそれに応えることはない。
桃山が一歩前へと踏み出す。ユウは動かない。ぎりぎりユウの攻撃範囲外って事だろう。何度も戦った桃山ならではの正確さだ。
桃山がユウをじっと見つめる。
「柄じゃないけど……ちょっとだけ、気持ちに火がついたかもしれません。私の全身全霊をかけてあなたを倒します」
桃山の表情が一変し、キッとユウを睨み付けると一気にその体が動いた。そして間合いに入ったユウも桃山を倒すために攻撃を開始する。
ユウと桃山。身体能力で言えばユウの方が上だ。俺の目ではユウを追うことが出来ねえが、桃山の動きは辛うじて見ることが出来るしな。辛うじてって時点で人間離れしているってことだが、差があることに変わりはねえ。
しかしユウの攻撃は一切桃山には当たらない。逆に桃山の攻撃はクリーンヒットこそ少ないものの的確にユウに当たっているようなのだ。
「相変わらず上手いな」
2人の攻防を見ながら、腕組みしたセナが感心したように声をあげる。セナに言わせれば桃山はいわゆる達人と言う部類の人間らしい。身体能力は劣っているが、それを隔絶した技量差で覆しているそうだ。
元々桃山は強かった。でもそれはまだ普通の人間としての範疇でだ。しかしダンジョンでモンスターを相手にレベルを上げ、そして戦い続けることでそれが磨かれ続けていった結果が今の状態って訳だ。
「しかし本当にどういう神経してんだろうな。一発食らったら死ぬんだぞ」
ユウのクレーンの腕が桃山の髪をかすめたらしく、その切れた毛先が飛ぶのを見ながら呆れる。桃山は決して長いとは言えない棒で攻撃をしているからリーチがない。つまりかなり接近して戦わねえとダメってことだ。
それは理解できるが、死を伴うであろう攻撃の吹き荒れる中で、それを紙一重でかわしつつ攻撃を行うことが出来るってのはおかしいだろ。
「しかもあいつは今、一か所に攻撃を集めているからな」
「えっ?」
「通常なら木の棒が破壊されて終わったんだろうが……」
そんなセナの不吉な言葉がきっかけだったかのように、ユウがバックステップし、大きく桃山から距離を取る。今まで見たことのない行動だ。
ユウの顔に焦りのようなものは浮かんでいない。だが、桃山はそんなユウを見て笑みを浮かべた。
「腕、一本もらいました。次はどこにしますか?」
その言葉にユウをよく見ると、確かに右の手のクレーンの片方があらぬ方向へと曲がってしまっていた。ちぎれているってことじゃねえけど、はさむことはもう無理だ。叩きつけることは出来そうだから完全に攻撃力を奪ったって訳じゃねえけど。
「杉浦の攻撃が効いたな」
「杉浦の? あいつは攻撃なんて……」
「元々ユウの右手には別の奴がつけた傷があったからな。スキルを用いた盾の防御でその傷を広げられたんだよ。あれはれっきとした攻撃だ」
「マジか」
「マジだ」
文字通り総力戦だったんだな。杉浦の盾の防御にも意味があったんだ。もしかしたら指揮官だからと言う理由だけじゃなくって、防御して傷口をなるべく広げるって役割のために順番が後になったのかもしれねえな。
桃山の挑発のような言葉に動揺することもなく、ユウが再び攻撃を開始する。桃山もそれに相対して応戦を始めた。
ユウと桃山の対決について俺たちは飽きるほど見てきた。いつもならユウの攻撃は桃山にかわされ、桃山の攻撃はユウにダメージを与えられないという状況がしばらく続き、そして体力の尽きてきた桃山がユウの攻撃を避けられずに死ぬというのがセオリーだ。
だが今回は違う。ユウはいたるところに傷を負っている。その上、武器を変えた桃山の攻撃はユウに大きくないとはいえダメージを与えている。
「桃山の体力が尽きるのが早いか、ユウのダメージの限界が来るのが早いか。それが勝負の分かれ目だな」
「そうだな」
一見すると桃山が有利そうに見えるが、一撃当たればユウの勝ちってのは変わってねえ。何より俺がユウの事を信じてやらなくて誰が信じるってんだ。
ユウは勝つ。
「頑張れ、ユウ」
傷を全身に負った騎士のその美しい姿を俺はしかと目に焼き付け、そしてその勝利を信じて見守り続ける。
時間がどれだけ経ったのか、それすらもわからねえほどに俺は2人の戦いに熱中していた。既にユウの右手、左足、そして脇腹は桃山の攻撃によって傷口を広げられてしまい、ユウの動きもぎこちないものになってしまっている。
一方で桃山はまだ一撃も攻撃を食らっていない。だが、その全身は水でも浴びたかのようにずぶ濡れになっており、服がべったりと体にくっついて桃山の体型を露わにしていた。桃山の目に宿る戦う意思は衰えを見せないが、それでも疲労は色濃く顔に浮かんでいる。
そんな状態でもなお、2人は戦い続ける。既に俺の目でもなんとか追える程度にまでその動きは鈍くなっているのだが、認識できたからこそ2人のすごさが改めてわかった。
余分なものを極限までなくし純粋な戦闘のためだけのその動き、その精密さ、そして先読み。一瞬でも判断を誤れば終わってしまう極限状態で戦い続けるタフネス。その一心不乱な姿はまるで……
「人形を造るときに似てるな」
全く方向性は違うはずなのにどこか通じているような気がする。自分でもよくわかんねえけど。
「透にとってはそうかもしれんな。そして、そろそろ決着がつきそうだ」
「ユウが勝つだろ」
「わからん。どちらが勝ってもおかしくはない」
難しい顔で画面を見続けるセナにちらりと視線をやる。わからないと言いつつもその目はユウを応援しているように見えた。俺も視線を同じ方へと、俺たちの騎士へと向ける。
ユウのクレーンの左手が桃山の胴めがけて横なぎに振るわれる。自分も攻撃しようとしていた桃山には避けようのない完璧なタイミングだ。これなら……
「ハッ!!」
強く息を吐いた桃山が体をかがめながら、向かってくるクレーンの手に右腕を添わせる。クレーンの手にかすっただけのその右腕がパキリと言う何かが折れるような音を立てたが、桃山はそれを気にした様子もなく体を振るわれた腕の下を通るように回転させた。
そしてその勢いのままに左手で持っていた金属の棒を、大きく傷の開いたユウの脇腹へと叩きつける。
ギンッ
鈍い音が響いた。
「これで、終わり!」
棒を逆手に持ち替えた桃山が金属の棒をその傷口へと突き刺し、そこに向かって蹴りを入れた。先端だけ埋まっていた棒がその姿を半ばまで隠す。そして隠れたはずの先端は反対の脇からその姿をのぞかせていた。
「ユウ!」
荒い息を吐きながら距離を取り、予備の木の棒へと手を伸ばす桃山の目の前でユウは完全にその動きを止めた。そしてぽろぽろとその体のパーツが崩れ落ちていく。
ユウの腕が、肩が、頭が地面へと転がり落ちていく。どちらが勝ったかは一目瞭然だった。そんなユウの姿を見て桃山が構えを解こうとした瞬間、ユウの胸が爆ぜ、そこから何かが桃山へと向かって飛び出した。
それは20センチほどの小さな少女の人形だった。ぴったりとした白とピンクのパイロットスーツに全身を包み、背中に装備したブースターから火を噴きながらその人形が一直線に桃山へと迫る。その手には小さな光る剣が握られていた。
そしてそれは反応の遅れた桃山の右目へ向けられていた。
「ぐっ! カァ!!」
右目に剣を突き立てられた桃山がうめき声をあげる。しかしそれとほぼ同時に木の棒を振るい人形を叩き落とした。
少女の人形が地面をバウンドし、そして力なく横たわる。
その姿を潰れた右目から液体と血を流しながら、残った左目で桃山が見つめ、深く息を吐く。
「まさか隠し玉があるとは思いませんでした。しかし死んだふりをしていれば背後から襲えたんじゃないですか?」
ゆっくりと少女の人形へと歩み寄っていく桃山の問いかけに、その少女が少しだけ顔を上げ、小さく笑みを浮かべた。
「それは出来ない。私は騎士だから」
「そうですか」
桃山が人形の前で立ち止まる。
「では、また戦いましょう。小さな騎士さん。今回は私の……いえ、私達の勝ちです」
そして木の棒を躊躇なく少女の人形へと振り下ろした。破壊された少女の人形が光の粒になって消えていく。それを柔らかな笑顔でじっと桃山は眺めていた。
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