第135話 それぞれの成長
そんな瑞和を桃山が不思議そうに見返す。
「瑞和さんはここまでの道中の協力だけと言う話ですよねー? あの子と戦えばまず間違いなく死にますよー」
「それはそうなんですが……」
桃山の言葉に瑞和が困ったように眉を寄せる。しかしそのまま引き下がろうとは考えていないようでその視線が桃山から外れることはなかった。
うーん、よくわかんねえけど今回の侵攻の補助として瑞和に協力してもらったって感じか。そしてそれは道中のみでユウと戦うことまでは含まれてねえと。瑞和のスキル的に役に立つとは思えねえんだけどな。まあいいか。
それにしても桃山が人のことを心配するなんて珍しいことがあるもんだ。基本的に戦うこと以外に興味がねえと思っていたんだがこいつにも優しいところがあるじゃねえか。なんだかんだ言って警官なんだな。ちょっと見直したぜ。
「そうですよー。それに勝手なことして民間人を死なせたなんてなったら、私が怒られるかもしれないですしー」
のほほんと言い放ったその言葉に見直した評価を元より少し低くする。うん、やっぱこいつ人としてダメだろ。
仮にそう思っていたとしても隠すなりオブラートに包むなりしろよ。真正面から言われた瑞和が苦笑いしてるだろうが。
そんな瑞和だったが、気を取り直して真剣な顔で桃山を見つめる。
「皆さんの戦いを見て、僕も戦わなきゃって思ったんです。一応僕は政府に雇われていますし、民間人とも言えないですよね。死ぬのは怖いですけどここなら生き返ることができますし、だからお願いします!」
瑞和が腰を折り曲げて桃山に頭を下げる。桃山はじっとそんな瑞和の様子を眺めていた。10秒近くだろうかそのままの状態で時が経ち、そして先に音をあげたのは桃山だった。
桃山がふぅーと長い息を吐き、体の力を抜く。
「自分から希望したって言ってくださいねー」
「はい、もちろんです!」
仕方ないなぁとばかりに顔を歪めて元の場所へと戻っていく桃山の背を瑞和が笑みを浮かべながら見送り、そして息を吐くとその表情を引き締めた。
そして下ろした自分のフードへと手を伸ばして探ると1体の人形を取り出す。セナに似た、デフォルメされたフォルムの美少女の人形。初代の真似キン、自衛隊の奴らから漏れ聞いた話だと今は確かリアって名前だったか?
「リア、ここで待っててくれるかな。さすがに君を戦わせるわけにはいかないからね」
「……」
リアがふるふると首を横に振って瑞和の言葉を否定する。その反応に瑞和は困り顔でしばしの間考え、そしてリアを持ったまま桃山へと近づいていった。
「桃山さん。すみませんがしばらくこの子をお願いできますか?」
「持ってれば良いのー?」
「はい。リア、僕からのお願いだ。桃山さんと待っていてほしい。もし僕が死んだらここの入り口で待っていて。生き返ったら迎えに行くから。わかったかい」
「……」
瑞和から手渡され、桃山の腕に抱かれたリアがじっと瑞和を見つめながら小さく首を横に振る。
「お願い、だよ」
「……」
リアと視線の高さを合わせ、そしてゆっくりと言葉を切り、言い聞かせるような瑞和の言葉にリアが目を伏せ、そしてコクリとうなずいた。
「いい子だ」
瑞和が優しく微笑みながらリアの頭を軽く撫で、そして振り返ってユウへと歩み寄っていく。その顔は以前のどこか頼りなさげなものではなく、男の顔をしていた。
うん、うん。良い関係が築けているようだな。安心した。
「成長したな、瑞和もリアも」
「うむ。しかしリアに関しては少々問題があるな。我々よりも瑞和を優先しているように思える。ダンジョン外へ行くと命令が出来なくなるというのは知っていたが、戻って来ればこちらの制御下になると考えていたのだが。これは危険かもしれんな」
「んっ、そうか?」
「ああ。下手にモンスターを外に出すとこちらの攻略に利用されかねん」
「リアが俺たちを害するって? ないない」
的外れな心配をしているセナに笑いながら手を横に振る。そんな俺をむっとした顔でセナが睨み付けてくるが、そんな顔されてもな。
「いいか、透。例えば将来的に高DPのモンスターを外に……」
「まあまあ、とりあえず瑞和の戦いが始まるから見ようぜ」
多分俺に対して危険性を講釈しようとしたセナの言葉を遮り、タブレットの画面でにらみ合うユウと瑞和を指さす。セナは不機嫌そうに顔を歪めたが、俺の言うことももっともだと思ったのか視線をタブレットへと向けた。
ユウと瑞和がある程度の距離を取ったまま身構える。瑞和に渡したスキルスクロールはポイズン、パラライズ、スリープの3つだ。人形系のモンスターしかいない俺たちのダンジョンでは効果がない。それなのにどうやって……
「いきます。サンダーアロー!」
瑞和の掲げた手からバチバチと音を立てながら光る矢がユウに向かって飛んでいく。実際に飛んでいくのが見えたってよりも残像で飛んで行ったのがわかっただけだが。その矢はユウの右肩をかすめたようで、そのあたりが少し黒く変色していた。
「なっ!」
「ふむ、他のダンジョンを攻略しているようだな。雷の矢か。なかなか厄介な魔法を手に入れたものだ」
「大丈夫なのか?」
「ユウは目で追えている。多少はダメージを食らうかもしれんが決着は時間の問題だな」
自信満々のセナの言葉を証明するように、次々と瑞和が打ち出すサンダーアローをユウは少しずつ近づきながらも避けている。多少服なんかに焦げたような跡が増えているが、大したダメージを受けているような感じはねえな。これなら大丈夫か。
しかしあの瑞和が他のダンジョンで戦っているとはな。しかも希少な魔法のスキルを得ているってことは自衛隊のトップと共にダンジョンを攻略しているって事だよな。考えてみればポイズン、パラライズ、スリープって一般のダンジョンならかなり有効だろうし、それも当たり前っちゃあ当たり前か。昔のイメージが強すぎて想像できねえけど。
魔法をかわされ、徐々に近づいてくるユウの姿に瑞和の顔に焦りが浮かぶ。とは言え戦法を変える気はないようだ。
それはつまりそれ以外の有効な攻撃方法がないってことだ。奥の手とか都合よくあるはずがねえだろうし。
2人の距離が3メートルほどまでに近づく。ここまで来たらもう終わりだな。おそらく次の一射をかわした段階でユウのクレーンが瑞和の体を貫くだろう。頑張ったと思うがここまでだな。
「サンダーアロー!」
そして瑞和の至近距離からの魔法をユウが避け、そして一足飛びに瑞和の懐まで潜り込むと振り上げたそのクレーンを瑞和に向かって振り下ろす。避けようがないことがわかっているのか瑞和が体から力を抜き、目を閉じた。
「ダメ」
「あっ!」
ユウのクレーンが大きな音を立てながら地面へと突き刺さる。もうもうと土煙が立ち上る中、そこには潰れた瑞和の姿が……と言うことはなく、先ほどと同じ体勢で立ったまま五体満足の瑞和の姿がそこにはあった。ユウが狙いを外したなんてことはない。それを成したのは……
体をこわばらせていた瑞和がゆっくりとその目を開く。
「リア?」
目の前に立つ小さな人形の背中を見ながらその名を瑞和が呟く。リアの瞳には決して瑞和を傷つけさせないという固い意思が宿っていた。
ユウのクレーンの腕が再び瑞和を狙って振るわれる。しかしそれをリアはその小さな体で飛び跳ねて蹴り、軌道を変えて守る。しかしユウも瑞和へと攻撃を続け、そしてそれをリアが守るという攻防が続いた。
「ほら見ろ。やはり危険だ。リアは我々より瑞和を優先しているぞ」
「うーん」
確かにこの状況だけ見ればリアが俺たちを裏切って瑞和を守っているようにも見える。いや、あながちそれも間違いではないんだけどな。
防戦一方ではあるがリアは普通にユウと戦えている。あれっ?
「結構頑張るよな。ユウと戦えてるし」
「そうだな。与えたDPからしてかなりの実力差があるはずなんだが。他のダンジョンでモンスターを倒した分、強くなったのかもしれん。しかしユウの攻撃もどこか冴えが無いようにも感じるな」
小さな体でユウの攻撃を防ぎ続けるリアに対する俺の賞賛の言葉にセナが自分の見解を述べて考え込み始める。うーん、俺にはあんまよく違いがわかんねえけどリアが防げているのはユウの攻撃に冴えがないかららしい。
思い当たる節は、あるな。
「まあ相手が可愛い人形だしなぁ。ユウの性格上本気で攻撃できねえだろ」
「さすがにそれは……まさかそうなのか?」
否定しようとしたセナが、改めて画面をしっかりと観察し、そして何とも言えない顔でため息を吐いた。俺の言葉が正しいと思うような動きをきっとユウがしているんだろうな。俺にはわかんねえけど。
どうせだし、ついでにリアの事も伝えておくか。
「あとリアについても裏切りって訳じゃねえと思うぞ」
「なぜだ?」
「だってリアは攻撃を防いでいるだけで一度もユウを攻撃しようとしてねえしな。瑞和を守りたいという気持ちと俺たちを裏切らないという妥協点としてリアが判断したのが今の状態なんじゃねえか?」
「……」
俺の言葉にセナが黙り込む。ユウの攻撃だってずっと続いている訳じゃない。特にリアを回避しようと攻撃に間隔が空くこともあった。でもそんな時、リアは自分から攻撃を仕掛けるそぶりは全くなかった。ちらちらと瑞和に視線を送りながら、その前でじっと待っているだけだったからな。
「私には信じられんな」
「やっぱ人形を見る目に関しては俺の方が上だな。良く見てみろよ。リアの目に……」
俺がセナに説明しようとしたその時、事態が動いた。ユウとリアの戦いを呆気にとられた様子で見ていた瑞和が首を振り、その手をユウに向けたのだ。その瞬間、ユウが、そしてリアが動きを変えた。
ダメ、とばかりにリアが瑞和の手へと飛びつき、その小さな体に似合わない力で瑞和の体を引っ張る。倒れこむようにして瑞和がその体勢を崩し、放たれたサンダーアローは誰もいない地面へと突き刺さった。
リアはきっと瑞和に逃げて欲しかったんだと思う。それなら俺たちも裏切らず、瑞和も救えたから。でも瑞和はその選択をしなかった。最後まで戦うという選択をしちまった。それではリアが俺たちを裏切ったことになる。だからこそ瑞和を止めようとしたんだ。そして同時に、来るであろうユウの攻撃を避けさせようと引っ張って。
でも、それは無理だ。リアと言う存在さえいなければユウは攻撃を躊躇しない。ユウとリアの差が明確に現れる。それは瑞和の死と言う結果として。
クレーンを叩きつけられ力を失った瑞和の体の前で、リアがぺたんとその腰を地面に落とす。そんなリアの様子に少し悲しそうな顔をしたユウだったが、最後の1人の挑戦者のため、その視線を切って元の位置へと戻っていった。
リアはじっと瑞和の姿を見つめ続ける。まるで本当の人形に戻ってしまったかのように。
「私の目が節穴だったようだ」
「ああ。ユウとリアに悪いことをしちまったな。あー、くそっ。仕方ねえとは言え後味悪いな」
「救いは瑞和が生き返るということだけだな」
「だな」
リアが参戦した時点でこうなるかもしれねえことはわかっていたんだがな。覚悟していたとはいえ、やっぱこういうのはきつい。とは言え傍観者の俺たちよりユウやリアの方がきついはずだ。
「なにかあいつらに報いなきゃな」
対照的な2人の姿を眺めつつ、俺は小さな声でそんなことをつぶやいた。
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