第134話 480人組手
その後、牧が言った通りユウとの組手が続いていった。ユウは紛れもなくここにいる誰よりも強いだろう。だがそれでもユウは1人だ。人形だから連戦による疲れなんかは無かったとしてもその傷を癒すことは出来ねえ。
圧倒的な物量差の前には……いや、違うな。たとえ物量差があったとしてもただの雑魚ならユウなら歯牙にもかけずに倒してしまったはずだ。そうじゃないのはレベルを上げ能力を高めた奴らが、自分の命を顧みることなく、ユウに傷をつけることだけを考えて攻撃をしてきているからだ。現に攻撃を躊躇し、何もできずに殺された奴だっている。でも大多数がそうじゃなかった。
「なんでこいつらはこんなことが出来るんだろうな」
思わずぽつりと心の声が零れ落ちる。生き返るとわかっていてもその途中で痛みや苦しみは感じる。現にそれでダンジョンに来なくなった奴は沢山いるんだ。肉体は元に戻っても精神はやすやすと癒えるもんじゃねえ。なのに、なんで?
「さあな、理由など人それぞれだ。わかるはずがないだろう。1つわかるとすれば……」
「すれば?」
「牧の影響が大きいはずだ。あいつが死を厭わず攻撃し、ユウを傷つけたからな。決して手の届かない存在ではない、と皆の認識に変えたんだ。やられたな」
「だから杉浦はあいつを先鋒にしたんだな」
「おそらくな」
やられたとは言っているが、どことなく嬉しそうなセナの横顔を眺めながら考える。
今までダンジョンで過ごしてきた自衛隊や警官たちの姿を見てきたが、今回指揮を執っている杉浦が最も信頼しているのは間違いなく牧だ。判断に迷った時に相談するのも牧だったし、上司と部下以上の信頼が2人の間にはあるように俺には見えていた。
そんな牧をなんで先鋒にしたのかと不思議に思っていたんだが、そうか。杉浦は託したんだ。これからの暗雲たちこめる絶望的な戦いにほんの少しでも光が差すようにと。
「強いな、こいつら」
「うむ」
数を減らしていく自衛隊や警官たちに尊敬の念を送る。とは言えユウだって1人で頑張ってるんだ。個の強さではまだまだ負けねえ。取り巻きの人形たちも応援してるし、俺たちも応援してやらねえとな。
セナと視線を合わせうなずき合うと、2人でタブレットの画面を真剣に見つめる。そこには愛すべき俺の騎士が体に傷を負いながらも凛と立っていた。
戦いは進んでいく。1回1回の戦いの時間はそれほど長くねえ。長くても2、3分、短ければ10秒程度で終わる。だが人数が人数だ。11時半ごろに始まったユウの戦いは既に7時間以上経過し、もうすぐ午後7時になろうとしていた。
自衛隊と警官たちの残りも少ない。今闘っている奴を除けば自衛隊の奴が2人、警官が1人。その内2人は良く見知った顔だ。最初から予想していたことだが杉浦と桃山だ。指揮を執るべき杉浦が先に死ぬわけにはいかねえだろうし、最もユウと戦い慣れている桃山を最後に持ってくるってのは当然だろう。
そして戦っていた自衛隊の男がやられた。相対していたユウが軽く腕を振ってクレーンの手についていた血を飛ばして落とす。服は破れ、ところどころに浅くはない傷を負いながらもユウは苦しそうな表情も見せずに凛と立って、残る3人を見つめている。
杉浦と桃山はどっちが最後になるのかはわからんが、次は残った自衛隊の奴だろう。フードを深くかぶっているから顔が良く見えねえ。体格的にはあんま恵まれているような感じはない。近接系ではなさそうだし、魔法のスキルでも持ってんのか? ここまで残したってことは強いんだろうし。
そんなことを考えながらそいつがユウの元へと向かうのを待っていると、俺の予想外のことが起こった。杉浦がユウの前に立ったのだ。
「では次は私がお相手します」
そう言い、杉浦が背中に背負っていた艶消しの黒色の盾を両手で構える。なかなか堂に入った姿だ。そういえば杉浦が積極的に戦うのを見るのは初めてかもしれねえな。とは言え両手で盾を持ったら攻撃できねえよな。
俺の疑問をよそに杉浦がユウとの間合いをじりじりと詰めていく。そしてその体がユウの間合いと重なった瞬間、今日何度も見てきたようにユウの体が消える。
「【シールドバッシュ】」
カァン!
杉浦のスキルが発動した瞬間甲高い音が響き、そして杉浦とユウの両方が地面へと跡を残しながら後ずさった。杉浦は多少顔をしかめているが、腕が折れたりしている様子はない。もしかして完全に受けられたって事か?
「ふむ、盾系のスキルのようだな。堅実なあいつらしい」
「スキルのおかげでユウの攻撃を受けても無事だったって事か。でも盾じゃあ攻撃できねえしその内限界が来るだろ」
「それはどうかな?」
意味深なセリフを吐いたセナに聞き返そうかと思ったが、無言で画面を指さして黙って見ていろとされたのでその指示に従う。そこには杉浦がまたじりじりとユウに近づいていく姿が映っていた。そして
「【シールドバッシュ】」
カァン!
先ほどの繰り返しだ。特にユウが攻撃を受けたようには見えない。むしろ杉浦の方が腕を痛めたのかポーションを口に含んで回復させている。そしてそれが終わると先ほどと同じように再びじりじりとユウとの距離を詰め始めた。
『闘者の遊技場』に杉浦の声と甲高い金属音だけが響いていく。杉浦が攻撃をユウに当てることはない。ただひたすらに【シールドバッシュ】を繰り返し、ユウの攻撃を受け止め続けているだけだった。
30分近く、回数にして20回以上は受け続けただろうか。ついに限界はやって来た。
「【シールドバッシュ】」
いつも通り甲高い音が響くかと思った所で、鈍い金属音が響いたことに驚き画面を見つめる。そこには手に持った盾が割れ落ち、腹にユウのクレーンが突き刺さって体をくの字に曲げた杉浦がいた。口から大量の血を吐くその姿は、もはやそれが致命傷であることを如実に表していた。
「蟻の一穴と……なれましたかね。コプッ」
一瞬桃山へと視線を送り、少しだけ微笑んで杉浦の体は力を失った。ユウが杉浦を地面へ置き、そして元の位置へと戻っていく。さて、いよいよ次は……
「ふぅ、待ちくたびれましたよー」
そんなことを言いながら肩をぐるぐると回して桃山が進み出る。えっ、こいつが最後じゃないのか? 今までの経緯から言って最もユウと戦い慣れた桃山に全てを託すためだと思っていたんだが。それともフードの奴が桃山より強いって事か。
嬉しそうにユウの前に立って桃山が愛用の木の棒、ではなく金属製の棒を構えようと腰へと手を伸ばす。
「桃山さん、待ってください」
桃山が掛けられた声に動きを止める。なんか聞いたことがあるような声だな。
そして声をかけた自衛隊の奴が深くかぶったそのフードを取った。そしてそこに現れた顔は……
「僕も戦います。先に戦わせてください」
その顔は少しやせ、精悍になっているものの見間違いようがねえ。俺たちが認めた優者、瑞和だ。
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