第133話 騎士と軍人
前話の最後、ユウの問いかけに対する杉浦の答えを少し変更しました。以下参考。
◇◇◇◇◇
「汝、闘いを求めるものや、否や?」
その問いに杉浦はにこりと笑った。
「休憩させてもらって万全の状態で正々堂々戦わせていただきたいのですが、少しお待ちいただけますか?」
その答えにユウは少しだけ首を傾げ、そしてコクリと首を縦に振った。マジかよ、お前ら。
ユウが杉浦の前から去り、そして人形たちの輪の中に戻っていく。それを見送った杉浦が振り返って号令をかけると、自衛隊と警官たちは細かい怪我なんかをポーションで治したり、座って休んだりと本当に休憩し始めた。もちろん全員という訳じゃなくて警戒役として見張りをしている奴もいるがそこまで数は多くない。
「なあ、これって良いのか?」
「良いのか? ってお前のダンジョンだぞ」
「いや、まあそうなんだけどよ」
微妙な気持ちになりながらセナへと話を振ると、すかさず俺にパスが戻って来た。
いや、確かに『闘者の遊技場』でユウにお願いしたのは戦いを挑んできた奴とタイマンして侵攻を防ぐことだけだ。ユウは自分で考えて判断できるからその他の指示は特に出してねえしな。これまではそれで支障がなかったんだが。
「騎士だしな。正々堂々という言葉が響いたのかもしれん」
「あー、そういやそうだったな。人形と遊んでるイメージが強すぎて忘れてたわ」
ユウは侵入者がいない時は取り巻きの人形たちと戯れて遊んでるからな。そっちの姿を見る機会の方が俺たちは多いし、どうしてもイメージが引きずられちまうんだよな。顔は見えねえけど、おそらくすごく良い笑顔で遊ぶ姿と今の凛とした姿のギャップがありすぎる。まあそれがユウの個性で可愛いとこなんだがよ。
ユウの種族はクレーンの騎士。確かに騎士のイメージからして高潔であれ、って感じはする。例えそれが相手に利することであったとしてもそれを超えて勝利するっていうのが偉大な騎士ってやつだろうしな。
「まっ、今更どうしようもないけどな。俺たちに出来るのはユウを信じるだけだ」
「そうだな。後はあいつらがどういう選択をするかと言うことぐらいか?」
「選択?」
「うむ。1人1人戦いを挑むのか、全員で一斉に攻撃を仕掛けるのか、と言う選択だな」
当然のような顔で2つの選択肢を示したセナの言葉に、一瞬意味が分からず首をひねる。そして徐々にその選択肢が腑に落ちてくる。
「いや、数は多いがタイマン一択だろ。だってユウが……」
俺の言葉の途中にもかかわらずセナが首を横に振る。いや、おかしいだろ。
だってユウは戦う前の問いかけでタイマンを選択しなかったとき『闘者に値しない』と告げているんだぞ。それは一度ユウと戦ったことのある杉浦なら重々承知しているはずだ。こいつらの目的が『闘者』の称号ならユウを倒せたとしても条件から外れるであろう全員で一斉にかかるなんて言う選択はしねえはずだ。
そんな俺の考えを否定するかのように冷たい目をしたままセナがタブレットの画面を指さす。そこには自衛隊や警官の奴らが休憩している方向から見た、人形の中心で佇むユウの姿が映っていた。
「何が見える?」
「うん? ユウとか人形じゃなくってって事だよな」
「もちろんだ」
こくりとうなずき返してきたセナから視線を外し、再びタブレットの画面を眺める。ユウや人形以外に特に変わった物なんてない。『闘者の遊技場』がただ奥に広がっているだけだ。特におかしなものなんてないと思うが。
俺が答えに行きつかず、頭を悩ませているとセナが、はぁ、っと小さなため息を吐き、そして話し始めた。
「ユウの奥に見えるのは通路だ」
「まあ、そうだな」
本当は最後の門番のつもりでユウには待機してもらっていたんだが、最初の大規模侵攻時の先輩の熱い思いに応えるために前に出てもらったからな。今、待機している場所はゴールまで残り3分の1ってところだ。
「つまりユウを倒してもその先に新たな敵が出る可能性が高いという訳だな」
「そりゃ、まあ。って……ああっ!」
「気づいたようだな。今までの経験上、あいつらは何度失敗しても再チャレンジできることを知っている。現にあいつらはここで一度失敗しているしな。ならば確実にユウに勝って、先に現れる敵を確認しようとするのではないか?」
「勝率としてはそっちの方が高いって訳か」
確かに言われてみればそうだ。前回本格侵攻した時とは残っている人数が10倍ほど違うし、レベルも上がって強くなり装備も充実している。取り巻きの人形が襲ってくることを考慮したとしても全員でかかった方が確実にダメージは与えられるはずだ。
確かに合理的ではある。でも休憩させてもらったうえで裏切るなんて……
「卑怯過ぎないか?」
嫌そうな俺の声に対して、セナはハッっと息を吐いた。
「透に良い言葉を教えてやろう。戦いに卑怯もへったくれもない。むしろ卑怯と言う言葉は軍人にとっては褒め言葉とも言える」
「はぁー、軍人って奴は業が深いんだな。俺は好きじゃねえな、その考え。それと言っとくけど自衛隊だからな。あいつら」
「同じようなものだろう。しかし透は相変わらず甘いな」
「これが普通だっての」
憐れむようなセナの目に、少しふてくされながら言葉を返す。いや、確かにセナの言わんとすることはわからないでもねえんだよな。ダンジョンマスターなんて言う人類の敵の筆頭みたいな立場なんだから、卑怯でもなんでも良いから生き残るために油断するなってことを言いたいんだろ。それはわかっちゃいるんだが、割り切れねえんだよな。
人形について考えていた方が健全だし、生産性もあるから考えるなら断然そっちだな。
「本当に甘い。だがその考えは嫌いじゃないがな。だからこそ……」
「んっ、何か言ったか?」
「いや。それよりそろそろ動き出すみたいだぞ」
セナが何かを言ったような気がしたんだが、気のせいだったようだ。言葉に従ってタブレットの画面へと視線をやると休憩していた奴らが体をほぐしたりして明らかに動く準備をしている。
いよいよだな。さあ、どっちを選ぶ?
集団の中から杉浦が再び出て来て先頭に立ち、そしてそれに気づいたユウが人形の囲みから抜け出る。まるで先ほどと同じように2人の視線が絡み合った。
「汝、闘いを求めるものや、否や?」
凛とした声で尋ねるユウに杉浦が少しだけ息を吐き、顔を引き締めながら答えた。
「ええ、戦わせていただきます。卑怯だと言われるかもしれませんが、それでも私たちには、なすべき使命がある」
まさか、本当に一斉に攻撃するつもりなのか!? そんな俺の心の中の驚きをよそに、ユウは淡々とその両手のクレーンを構え、戦闘モードへと移行していた。そしてユウの足が動こうとしたその瞬間……
「おっと、嬢ちゃん。悪いな。こっちの先鋒は俺だって決まってんだ」
そう言いながら杉浦を背中に隠すように前に出てきたのは牧だった。その手には今までは持っていなかった刃渡りが1メートルほどのシンプルなデザインの剣が握られていた。その剣をユウに向かって構え、そして牧が笑みを浮かべる。
「480人組手で先鋒ってのもなんだかなぁって気もするけどな。まあ杉浦陸准尉が言ったように俺たちには使命があるんでな。じゃ、始めるか」
「……」
ユウと牧を残して他の面々がその場を離れていく。半円をユウの取り巻きの人形たちが作り、そして反対側の半円を自衛隊や警官たちが造っていた。その中心で2人は構えたまま動かない。ユウは泰然としたまま余裕を崩さない一方で、牧の顔には闘志がみなぎっていた。
じりじりと牧が間合いを詰めていき、そしてユウの間合いへと入った瞬間に今まで動こうとしなかったユウの姿がかき消える。まさに目にもとまらぬスピードって奴だ。
カキン!
「ほぅ」
金属音が響いたのとほぼ同時に、セナが感嘆の声をあげる。画面の先では後方へと吹き飛んだ牧が土煙を上げながら体を止めようと踏ん張っている姿が見えていた。ユウは先ほどの位置へといつの間にか戻っている。何が起こったんだ?
「牧が剣でユウの攻撃を受け止めたのだ。正面から受けられたのは初めてじゃないか?」
「かもな。桃山はかわすし」
「まあ代償は腕の骨か」
その言葉に画面を確認してみると、確かに牧の右手首の辺りがありえない方向に曲がってしまっている。むしろなんでそれで剣を取り落とさねえんだよと言いたくなる。見てるこっちが痛いわ。
ユウは追撃しないようだ。その間に牧は腰のポーチからポーションを取り出すと、それを口に含んで折れ曲がった手を自分で正しい方向へと戻した。顔をしかめてはいるが声は上げねえってどんな我慢強さだよ。
再び剣を構える牧に対して、ユウは間合いに入ってくるのをじっと待っている。先ほどと同じような構図だ。いくら防げると言っても無傷じゃねえし、どうすんだ? そんなことを俺が考えていた時だった。
「お前等、俺の死に様をよく覚えておけよ。【一閃】!」
そう牧が叫んだ瞬間、まるで先ほどのユウのように牧の姿がかき消え、そして次に俺が認識できたのはユウの背後に立つ牧の姿だった。背中合わせに無言で立つ2人だったが、ゆっくりと牧の体が上下に分かれながら地面へと倒れていく。自らの血だまりに顔をうずめながら、ユウを横目に見た牧が笑う。
「へへっ、今まで使えなかった割に、良いスキルじゃねえか。これから……鍛え……ね……」
言葉の途中で牧が力尽きたのか、その瞳から光が消える。それとほぼ同時に、ピシリという音が鳴り、ユウの脇腹へと浅い切れ目が現れた。それはユウが召喚されて以来、初めて受けたダメージだった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価応援、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。