番外編 ひな祭り
本編とは全く関係ありません。
人形の祭典に投稿しないなんてありえない! と言うことで番外編です。
3月3日。今日は言わずと知れたひな祭りだ。女子の健やかな成長を祈る節句であり、ひな人形たちの年に1度の晴れ舞台の日でもある。
そんな特別な日、初心者ダンジョンはその様相を大きく変えていた。
いつもは誰でも自由に出入りできるはずのダンジョンの入り口にある最初の部屋。先へと進む通路方向にサンドゴーレム先輩が立ちはだかり、その脇にいるパペットが「これより先、女子もしくは女性の心を持つ者以外入場禁止」と書かれた看板を掲げていた。
「なんだこれ? おいっ、どけよ」
「やめとけって。嫌な予感がするし」
「こちとらこれで飯食ってんだよ。入場禁止じゃねえっての!」
その看板を見た男性の探索者が仲間が止めるのも聞かずにパペットに突っかかっていく。しかしそれは大きな砂の手によって防がれ、逆に押し返された。男が毒づく横を何事かと驚きながら特に邪魔をされずに女性の探索者が通り過ぎていく。それが男をさらにイライラとさせた。
「こっちは生活がかかってんだ。どけって!」
なおも強引に通り抜けようとする男の目の前でサンドゴーレム先輩の手が形を変え、1つの方向を指さした。男がそちらへと視線を向けると男性の探索者の集団が何かを食べている姿が見えた。
「あっちへ行けってことか?」
「……」
サンドゴーレム先輩がうなずくと、男は舌打ちをしながらそちらへと歩いていった。そこには「無料配給所(男性用)」と書かれた看板が立っており、さらにそこには小さな文字で「チャレンジメニューあります。クリアした方にはポーションやスクロールを進呈」と書かれていた。それを見た男の顔がニヤリと変化する。
このダンジョンが特殊なことは周知の事実だ。他にも食事をしている者がいるから毒が入っている罠と言う可能性も低い。男はそこまで考え、そして手に入るであろう大金へと思考を飛ばした。
そこへウエイターの格好をしたパペットがメニュー表を持ってやって来る。男はそれを見もせずに笑いながらこう言った。
「チャレンジメニューを出せ。俺が全部食ってやるぜ」
コクリとうなずいたパペットが去っていくのを男が見守る。そんな男のことを周囲の男性探索者たちが生暖かい視線で見ていることに男は最後まで気づくことはなかった。
一方ダンジョン内へと入った女子、そして女性の心を持つ者たちは案内看板を持ったパペットたちの誘導に従って1つの階層、お茶会の会場へと集められていた。
いつもであれば西洋風のお茶会の会場ではあるが、今日はその様相を一変させていた。金の屏風に囲まれ、赤いじゅうたんが敷き詰められたその会場の先には巨大な5段飾りのひな人形があり、五人囃子が雅な音楽を奏でている。
会場を囲むように植えられている桜や桃の木に満開に咲いた花びらが、ときおりはらはらと舞い落ち、菱餅や色とりどりのあられが並んだ皿に彩りを添えていく。そして着物を着た人形たちが女性たちを歓待していた。
まるで夢のような光景に心を奪われながらも、用意されたお菓子や食事、お酒などを女性たちが嗜んでいく。お酒などが途切れないようにとサンは人形たちに指示を出しつつ、たまに自分の赤色の着物を眺めて嬉しそうに微笑んでいた。
食事や酒によってリラックスした女性たちは、自然と周りにいる者たちと会話を重ねていった。女性でありながらダンジョンへ入るという者はまだまだ多くない。そんなこともあり、その会話は自然と弾み、次第に私生活の相談にまで発展していったのは当然のことなのかもしれない。
「付き合ってもう8年ですよ。8年。なんでプロポーズしてこないんですかって話ですよ!」
気勢をあげながら1人の女性が不平をぶちまける。その言葉に周囲の女性陣と乙女心の持ち主が同意を示した。ここに男はいない。取り繕う必要などないのだ。
彼氏への不満を吠えていた女性だったが、しばらくして一転してがっくりと肩を落とす。
「やっぱりダンジョンなんかに入っているからダメなんですかね。男の人って、か弱い女の子が好きですもんね。ほら、守ってあげたいっていうか……」
「あー、それは確かにあるかも」
「なんか最近、私のことを避けてる気がするんですよね。スマホも見せてくれなくなったし……」
どんどんと自分で落ち込んでいくその女性に、周囲がどんな言葉をかけようかと躊躇しているその時、やる気なさそうに水タバコを咥えて歩いていた青虫の人形が立ち止まり女性をじっと見つめた。
「なぜ、ダンジョンに入るの?」
「えっ、だって仕事だし、生きていくためにはそうするしか……」
「違う」
「えっ?」
疑問の声をあげる女性から青虫の人形が視線を外し、水タバコの煙をぷはーと吐く。そして面倒くさそうな顔をしたまま視線を再び女性へと戻した。
「幸せのため」
「それってどう言うこと?」
聞き返してくる女性に、青虫は視線を上げ、そして水タバコのキセルでトントンと机を叩いた。
「呼びましたか、青虫ちゃん! あれっ、呼ばれた気がしたようなしないような。うーん、そもそもなんで私はここにいるんですかね? まっ、いっか。じゃ、そういうことで!」
周囲の料理やらなにやらをなぎ倒しつつやって来た鳩が再び去っていこうとするのを、青虫がキセルを首に引っ掛けて止める。首の絞まった鳩が青虫に抗議したりする姿をその女性はあっけに取られながら見守っていた。
しばらくして鳩が落ち着き、そして機敏な動作で女性へと振り向いた。
「お姉さん、幸せじゃないんですか!? 鳩はとっても幸せですよ。青虫ちゃんはいるし、たまにアリス様も遊んでくれるんですよ。ダンジョンで色々出来ることが増えたし、お姉さんもきっと幸せですよ」
「えっと……」
「鳩、ちょっと来なさい」
「あっ、アリス様だ。何か……」
鳩が言葉を続けようとするのを構いもせず、頭を鷲掴みにしたアリスが力の限り鳩を放り投げる。
「わーい、たっのしー」
嬉々とした声をあげながら放物線を描いて飛んでいった鳩が地面にぶつかり頭を埋めた状態で突き刺さる。まるで投げ槍のように体をピンと伸ばしたままの状態で。
その様子を見たアリスはフンッと軽く息を吐き、汚れてしまった自分の青の着物を軽く払う。そしてアリスの視線が女性へと向かうと、「ひっ」と言う小さな悲鳴があがった。
「ダンジョンで得た力をどう使うかは本人次第だよ。ただダンジョンの攻略のためだけに使うの?」
それだけを言い、アリスはその場から離れていった。ぽかんとその後ろ姿を眺めていた女性だったが、しばらくしてふつふつと自分の中で湧き上がってくるものがあることに気づく。そしてそれはその女性だけではなく周囲も巻き込んでいた。
「私、自分から動いてみる」
「協力するよ。私は【潜伏】スキルを持っているから尾行にうってつけだしね」
「【聞き耳】スキルも役に立つわよ」
周囲の人々も巻き込んでまだ見ぬ彼氏への恐ろしい計画が出来上がっていくのを止める者は誰もいなかった。なぜなら今日はひな祭りだからだ。盛り上がる面々から少し離れた場所で赤ら顔をしてかなり出来上がっていることが一目瞭然の桃山とアスナが顔を見合わせて笑う。
「とりあえずその彼氏を殴って自白させたほうが早いですよね」
「私もそう思うわー」
彼女たちを止められる者はどこにもいない。モニターの前で震える人形好きの男などに止められるはずがないのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ひな祭り特別編でした。実際の本編とは異なる次元の可能性があります。