第131話 一定の成果と新たな異変
ちょっと色々と想定外なことはあったが、外国の軍隊へのフィールド階層の開放初日が終わった。報告を聞いた限りだとアメリカ軍とEUの連合軍については、変わったことをするでもなく普通に攻略をしていたようだ。
ロウなどのフィールド階層のボスに結構な数の兵士がやられたみたいだが、おいおい慣れていくだろ。
中国軍に関しては結局あれから入ってくることはなかった。まあロシア軍の惨状を見て、その理由に思い当たる節がある中国としては早々に入る決断はしにくかったんだろう。セナによるとどうせそのうち入ってくるはずだ、とのことなのでそれまでは放置だな。
で、問題のロシア兵なんだが……
「1日の成果が50体弱か。予想より少なかったな」
「まあな。もうちょっと頑張ると思ったんだが」
お使いパペットにより運ばれてきた粘土の人形を眺めながらセナと2人で話し込む。俺たちの予想では500体くらいは造れるんじゃねえかと考えていたんだがその10分の1にも満たない数しかロシア兵たちは人形を造りあげることが出来なかったのだ。
まあ原因は色々とあるが最も大きな原因はソーンとルナがかなり厳しくロシア兵たちを監視していたからだ。人形を造っている最中に少しでも気がそれるようなことがあれば、躊躇なく鉄槌を下していっていたからな。
後は用意した食事を完食できなくて潰されたってのも大きいんだが、他にも原因はある。ロシア兵のほとんどがまだ人形造りに真剣に向き合っていないのだ。
確かに人形を造ってはいる。しかしその心の中に反抗心と言うか、敵対心と言うかが見えているんだよな。数名の例外を除いて。
「なかなか強情だよな」
「強情でない軍人などいないさ。特にあいつらは精鋭だ。それなりのプライドも持っているだろうし、それにふさわしい経験、訓練をしてきているはずだからな」
「そんなに嫌かねぇ。俺だったら喜んでやるけどな」
「透は人形馬鹿だからな。まあ、まだ1日目だ。この程度で折れるほど軟な奴らだったらむしろがっかりしていたところだしな。任せておけ。奴らがダンジョンから出る日には人形の事しか考えられないくらいにしてやろう」
自信ありげに胸を張るセナに若干不穏な空気を感じ、「ほどほどにな」と軽く注意を促しておく。俺よりセナの方が確実にこういうことに関しては上手いので任せておいた方が良いとは思うんだが、ちょっとやりすぎねえかなって心配になるんだよな。
まっ、やりすぎても罪を償った結果だ。そう思っておこう。
明日の計画を立て始めたセナから視線を外し、タブレットの画面に映る1階層の最初の部屋に並んだテントを眺める。10人ほどの見張りを除いて、残りのロシア兵たちはもう眠りについている。ちなみにこのテントは自衛隊からの差し入れだ。
現在の時刻は午後10時。中を見ることは出来ねえが動いている様子はねえし本当に寝ているようだ。まあ今日は色々あったから疲れただろうしな。
最初、セナは日夜問わず人形を造らせるつもりだったみたいだが、それは俺が待ったをかけた。眠気に襲われながら人形を造るなんてもっての外だ。そんな状態で造られる人形が可哀想だろ。
セナは少し渋っていたが、「まあやりようは他にもあるしな」と言って俺の主張を考慮してくれた。なので基本的に監視の必要はない。出入り口方面は先輩が鉄壁の防御態勢を築いているから出ようとしても無理だしな。
なので俺は思う存分ロシア兵たちが造った粘土の人形を鑑賞できるって訳だ。
今回合格になった粘土の人形のほとんどは2人のロシア兵が造った作品だ。1人は40ぐらいのベテランの兵士っぽい奴で、もう1人はまだ20代前半だと思われる若い兵士だった。
特に近くに居た訳じゃないんだが、2人が造ったのは奇しくも同じで、兵隊の人形だった。とは言え決定的な違いもあるんだがな。
若い兵士の方は騎兵やサーベルを構えた軍人、古い大砲の砲手など一昔前の軍人を模したものだ。その手際はなかなかのもので、完成度も高い。よほどそういった人形で遊んで育ったか、もしくは自分で作った経験があるんだろう。
こいつに関しては元々人形が好きそうなので特に言うことはない。ちなみに今日の完成品の7割くらいはこの若い兵士が造った作品になる。慣れてきたのか後半はかなりの速さで造り上げていたしな。
そしてもう1人のベテランが造った人形は、現代のロシア軍をおそらく模した人形だと思う。おそらく、と言うのは造った人形がはっきり言ってしまえば下手だからだ。若い兵士が造った作品と比べれば銃もふにゃっと曲がっているし、服装なんて言わずもがなだ。
1体を造るのに1時間以上かかっているし、造るのに慣れて速くなったり、上手くなったりもしていない。技量、速度、様々な点で明らかに劣っていると言える。
でも俺はこのベテランが造った人形の方が好きなんだよな。じっと粘土を見つめながら何度も何度もこねて修正し、黙々と人形を造っていくその背中から感じるのは俺たちダンジョンに対する怒りではない。どこか寂し気で、とても優しいそんな気持ちを人形へ込めているように感じる。それが何なのかは俺にはわかんねえけど。
人形を見れば、その拙い姿の中になんらか想いが詰まっているのがわかる。ほとんど表情なんて造られてないくせにやけに人間くさくて生き生きとしてるからな。
ロシア軍がこれからセナの調教でどうなっていくのかはわかんねえけど、こいつらみたいになってくれたら良いなとは思う。しばらく時間はかかるだろうけどな。
「ふふふ、今は眠るが良い。絶望を記憶に刻み込み、せいぜい明日に備えると良い。無駄な努力になるだろうがな」
うん、大丈夫だと良いな。
悪い顔で笑みを浮かべているセナから視線を逸らしながら、心の中でロシア兵たちの冥福を祈っておいた。
それはそれとして、今日1日ロシア兵たちがやられていく姿を観察していた訳だが、人形造り以外にも意外な発見があった。ダンジョンの復活機能に関するものだ。
復活機能については色々とルールがあることは前々からわかっていた。
・復活させるためには死亡時に得たDPが全て必要なこと
・復活する場所は1階の最初の部屋であること
・復活する時に怪我は治るが、服などは破れたり汚れたままであること
他にも細かい点はいくつかあるんだが、大まかには以上の3点だ。最初に警官2人を復活させた時点でわかっていたことでもある。
そして今回、ロシア兵たちが何度も殺されたことで判明したんだが、どうやら復活する時の肉体の状態は入った時点が基準になっているようなのだ。
戦いや人形造りなどで疲労してあくびをしたり、疲れが表情に出てしまっている奴が結構な数いたんだが、そいつらが殺されて復活するとそれが無くなっていた。もちろん精神的なもんは別なんだが、少なくとも肉体的には万全になっているように見えた。眠気も飛んでいるように見えたし、疲労を表情に出すこともなくなっていたしな。
考えてみれば思い当たることが無かった訳じゃねえ。代表的な例で言うと桃山だ。
最近は基本的にフィールド階層で戦っている桃山だが、仕事の時間が終わると1人で『闘者の遊技場』へ行って突貫し、パペットやサンドゴーレムをすり抜けて、ユウとタイマンを張って死ぬって事を日課にしていた。それだけじゃなくて仕事が休みの日なんか、何度もユウと戦って死んでいた。
良く体力が続くよな、と疑問に思っていたんだが死ぬ度にベストコンディションにまで戻っていたとすれば説明はつく。わざわざ死ぬようなことをしない他の奴らは疲労が溜まっていくが、桃山にはそれが無かったって訳だ。
とは言っても死も厭わずに闘うってのは精神的におかしいとは思うが、そこは桃山だしな。と言うか桃山だしな、で納得できちまうのが考えてみれば怖いよな。
そんな発見などをしつつ、セナ監修のロシア兵の人形造りによって毎日結構なDPを得つつ過ごすこと2日。まだまだ造られた人形は足りないのでしばらく続きそうだなと考えていた頃、ダンジョンに異変があった。
それはロシア軍でも中国軍でもなく、そしてアメリカ軍やEUの連合軍でもなかった。
俺たちの初心者ダンジョンへやって来たのは、今まで見たことのない金属製の武器や防具を身に着けた自衛隊と警官の集団だった。
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