第130話 ロシア兵の人形造り
ロシア兵たちが粘土を手に取り、そして各々が粘土をこねくり回しながら人形を造り始める。大きな体を丸めながらコネコネ、コネコネと粘土を形作っている姿はある意味シュールだ。
先輩は逃走防止用に出口方向を塞いでおり、人形を造るロシア兵たちの近くをソーンとルナが監視のために歩いて回っている。まあなんで監視が必要かっていうと……
『君、ダメだね。心がこもってないよ』
雪だるまのような人形を雑に量産していたロシア兵の首をソーンの手から伸びた藁が締め上げる。そしてその藁を鞭のように振るうとロシア兵は地面へと叩きつけられた。当然のごとく造られていた人形と言えないただの駄作をグチャっと潰しながら。
そのロシア兵はピクピクと細かく震えて起き上がらねえけど、リストには上がってこないから死んではいねえはずだ。いや、見た感じ死んだ方がマシかもしれんが。
一方でルナはと言うと、適当に作業しているような奴を見つけるとスッと近づいて行って、その縛った長い金髪を刃のように心臓に突き入れている。こっちはリストにすぐに上がるので即死させているようだな。
リストに上がって来たロシア兵をすかさず復活させると金髪から赤い血を垂らしているルナを青い顔で見つめ、そして慌てて人形造りを再開した。
「なんというか、アレだな。2人とも容赦ねえな」
「まあ恨みや辛みは後に残すと厄介だしな。ここで解消してもらった方が良いだろう。それに指示を出したのは透だぞ」
「いや、考えたのはセナだろ」
微妙にセナと責任の押し付け合いをしつつ、容赦なくロシア兵たちを制裁していく2人の姿を眺める。うん、ちょっと俺の想像以上だったかもしれねえな。
俺が罪を償う方法として1万体の人形を造らせるようにした1番大きな理由は、人形を傷つけたこいつらに人形のことをしっかりと理解させるためだ。
肉体的な苦痛や精神的な苦痛なんて与えようと思えば方法なんていくらでもある。それこそ先輩に心がバキバキにへし折れるまでこいつらの相手をしてもらうだけでも良かったんだしな。
でもそれじゃあこいつらで終わっちまうんだ。こいつらもロシア軍の精鋭ではあるんだろうが、それでも軍という枠組み、国という枠組みの中ではほんの小さな集団にしかすぎねえし。こいつらが軍人として使い物にならなくなったとしても他の奴らが来るだけだろう。それじゃあ結局は変わんねえんだ。
だって人形に発信機を仕掛けると決めたのはこいつらじゃねえだろうしな。まあ反応を見る限り、こいつらも知らされていたみたいだから罪が無い訳じゃねえがな。
じゃあどうしたら良いか。こいつらの上司が、ロシアと言う国が人形を傷つけるなんてふざけた真似を2度としないようにするためには何が必要か。
決定を下したダンジョンにいない奴らを制裁するなんてのは俺には無理だ。俺たちに出来る事で、今後ロシアが人形に小細工するのを少しでも防げる可能性があるのは……そう考えた時に思い浮かんだのが、こいつらが人形好きになったら良いんじゃね? ってことだった。
人形好きってのは言い過ぎかもしれねえけど、人形造りの大変さを理解すれば人形を雑に扱うことなんてなくなるはずだ。人形に理解のある奴が増えれば俺も嬉しいし、もしかしたら知り合いとかに広めてくれるかもしれねえ。
なによりダンジョンと言う戦いの場に今後も行くのはこいつらだ。上層部もこいつらの意見をないがしろにするって事はないだろう。全員がスキル持ちだし、簡単に替えの効かない人材のはずだしな。
それに廃人みたいになったら復讐に燃えてくる奴もいるかもしれんが、ただちょっと人形好きになっただけならそんなことは起こらねえはずだ。
とは言え簡単に人形について理解できるはずがねえ。俺が直接話すことが出来れば人形の素晴らしさについて夜が明けるまで語り尽くしてやるんだが、さすがにそれは無理だ。ロシア語も話せねえし。
という訳で人形を理解するうえで最も良い方法、つまり実際に人形を造らせることにしたって訳だ。平和的だし、人形の理解者も増えるし、ロシアへの牽制にもなる。ついでに面白い人形も手に入るかもしれないという完璧な作戦だ。
しかし強制されて嫌々造ったとしても意味がねえし、適当に数だけ揃えられても仕方ねえからソーンとルナに監視をお願いしたんだが……
「うーん、監視をお願いしただけなんだが、なんでこうなったんだろうな?」
「今考えてみると透の頼み方が悪かったと私は思うぞ」
「んっ? 俺なんかおかしなこと言ったか?」
「ちゃんと思い出してみろ」
首をひねる俺にセナが冷たい視線を向ける。スプラッタな光景がたまに広がるタブレットの画面から視線を外して天井を見上げ、昨日2人にロシア兵たちの監視を頼んだ時のことを思い返す。
確かあの時はロシア兵たちに人形を理解させるための重要性を2人に教えて、それで……
「確か、気に食わないやつは積極的に壊していいぞって言ったような……」
「その通りだ。そしてその言葉こそが今の原因だ」
「いや、別に普通のことだろ。適当に造った人形を1体とみなすなんて……」
「違う。人形ではない」
「人形じゃない?」
首を横に振りながら否定してくるセナを見つつ考えを巡らせる。人形じゃないってどういうことだ? 俺は人形と言えないようなものは潰していいぞって言っただけだぞ。他に気に食わないやつなんて……気に食わない奴……
「あっ!」
「気づいたようだな。あいつらの気に食わない奴は目の前にいるんだ」
画面に映ったロシア兵をセナが指さすのを見て、思わずぴしゃりと手のひらで自分の頭を叩く。そう言われてみればそうだよな。2人の気に食わない奴って言ったらロシア兵だもんな。ある意味で俺の命令を忠実に守っていると言えるわけだ。
「まああいつらも透の意図は理解している。だからこそ真面目に人形を造っている奴は狙っていないからな」
「あー、確かにな。まっ、それなら良いか」
ちょっと指示の出し方は間違ったかもしれねえけど、今更どうしようもないしな。2人のストレスの解消のためにもちょっとロシア兵には我慢してもらおう。それに危機感があった方が真剣に取り組むから理解も深まるはずだ。そう思っておこう。
その後、自衛隊の奴らがやってきてロシア兵をなんとか助けようとして先輩にぶっ飛ばされたり、フィールド階層で死んだアメリカ兵やEUの連合軍の兵士が復活したとたんに、周囲で人形を黙々と造るロシア兵の姿にぎょっとするといった小さなハプニングが起こりつつ2時間ほどが経過した。
ちょっと自衛隊の奴らには申し訳なかったな。完全にとばっちりだし。ソーンが説明した事情を報告しにダンジョンから出て行って、未だに帰ってこないので多分ごたごたしてんだろう。大変だな。
9時にこいつらがダンジョンに入ってきて、マト子さんにぶっ飛ばされて復活したのが9時半前。それからなんやかんやあってから人形を造り始めたので、2時間経過した今は丁度昼飯時だ。そう考えると腹が減って来たな。
そんな俺の考えを読んだかのように諜報部の扉が開き、そして香ばしい匂いが俺たちのところまで漂ってくる。
「マスター、料理をお持ちしました」
「おっ、ありがとな。クク」
料理の載ったトレイを片手に俺たちの元にやって来たククに笑い返しながら礼を言う。
ククは以前から召喚しようか迷っていた料理人型機械人形だ。青い割烹着に白の前掛けをつけたその姿は板前をイメージしたもので、肩にかかるボブくらいの黄色の髪を今はお団子にして帽子の下に隠している。
同じ機械人形のスミスやファムからは妹扱いされており、本人もそれを自然と受け入れている。おおらかと言うかゆったりとした性格なのでちょっと2人とは毛色が違うな。
「うむ、美味そうだ」
料理を覗き込みながら笑みを浮かべるセナの姿からもわかるように、その腕は申し分ない。多国籍の奴らが入ってくるようになるし、料理のバリエーションも増やした方が良いだろうということで召喚を決めた訳だが、もっと早くに召喚しておけば良かったと若干後悔したほどだ。
2人で「いただきます」と言い、食事を始める。ククは人が食事を食べているのを見るのが好きらしく俺たちが夢中で食事しているのをニコニコと眺めている。おっ、そうだ。
「クク、あいつらの食事の準備は終わったのか?」
「はい。もうすぐ鍋ごと運ばれます。栄養たっぷりです」
「栄養は、な」
遠い目をするセナの気持ちが俺には痛いほどわかる。だって2人で味見したしな。確かに栄養はあるんだろうよ。消化も良さそうな形状してるしな。味も従来に比べてグレードアップしてたし。どっちの方向にとは言わねえけどよ。
タブレットへと視線をやると、ククの言葉通り人形たちが数個の大きな鍋とたくさんの器を持って1階へと歩いていく姿が見えていた。その鍋に並々ならぬ威圧感を覚えるのは俺だけじゃねえはずだ。ちらりと視線を隣に向けると、ほの暗い顔をしたセナとばっちり目が合った。
「罰の最中なのに食事を用意してやるなんて、私たちはなんて慈悲深いんだろうな」
「おう。人形造りに没頭できる環境だし、天国みたいなもんだよな」
「そのまま昇天しないと良いけどな」
「まっ、復活できるし大丈夫だろ」
これからやってくるであろう災厄を未だに知らずに人形を造り続けているロシア兵たちに少しだけ憐みの目を向ける。
そしてその後、配られたレーションによってその部屋は阿鼻叫喚の様を呈し、俺たちには少なくない量のDPが入ってくることになった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。