第126話 人形奉納の朝
編集途中で間違って投稿してしまいました。
2/22に見た方は最後の方に多少話を追加していますのでご注意ください。
ベッドから起き上がり、自分の部屋から出てコアルームへと向かう。今日はいよいよ人形が捧げられる日だ。あんまり寝付けなくてかなり眠気がひどい。
「起きたか。ひどい顔だな」
「寝付けなくてな。ちょっと顔洗ってくるわ」
「そうしろ」
苦笑を浮かべるセナに軽く返事を返し、洗面所に行って顔を洗って眠気を強制的に飛ばす。鏡を見ると目の下にうっすらとではあるがクマが出来ていた。いつの間にかけっこう髪も伸びていて、それがまたひどさに拍車をかけていた。
跳ねている髪を濡らした手櫛で適当に直し、顔をパンと打って気合を入れなおす。俺が何をするって訳じゃねえけど気合ぐらいは入れねえとな。
コアルームに戻ると、セナは相変わらずモニターを監視していた。まだ朝の6時だから誰もダンジョン内にはいねえし、何も起こりっこないとはわかっている。わかっているんだがそわそわしてしまい、何も変化のないモニターにちらちらと視線を送っちまう。期待と不安が混じり合って落ち着いていられねえんだよな。
「あー、飯どうする?」
「適当でいいぞ」
「うーん。まっ、いいか」
朝食のメニューを考えて気持ちでも落ち着けようかと思ったんだが、なんとなく面倒くさくなって適当にトーストと卵とサラダと言うモーニング風の朝食をぽちっと選ぶ。テーブルに出現したそれを置くとセナもやってきて、朝食が始まった。
健啖に食べるセナをよそに俺はちらちらとモニターを気にしつつ、もしゃもしゃと咀嚼を続ける。そしてあんま味がわからないうちにいつの間にか朝食を食べ終えていた。
「透、そんなに気にしてもあと3時間は来ないぞ」
「いや、まあそうなんだけどよ」
「はぁ、本当にお前は……ちょっと待ってろ」
確かにセナの言う通りだ。人形の奉納は午前10時に行われる予定だ。予定が変更されることはよほどのことがない限りないだろうし、それまで俺たちに出来ることなんてない。するべきことも昨日までに済ませてるし、本当にやることがねえんだよな。
呆れた顔をしながら去っていくセナの背中を見送り、代わり映えのしないモニターの画面を眺め続けていると俺の頭から、ふさぁっと布を被せられた。布から顔だけ出したテルテル坊主のような姿で目の前に立つセナを見つめる。
「時間もあるし、髪でも切ってやる。今日はダンジョンの対応の必要もないしな」
「そうだな。ちょうど伸びてきたし頼むわ」
ニヤリと笑いながらハサミを掲げるセナに釣られて俺も笑みを浮かべる。そしてセナが切りやすいように少し猫背に体勢を変えると、持ってきた脚立を上ったセナが俺の髪へとハサミを入れていく。
チャキ、チャキという一定間隔のハサミの音と、落ちた髪が布の表面を滑る音が静かになったコアルームへと響いていく。それが妙に心を落ち着けていく。
ふぅ、と大きく息を吐く。俺は何を焦っていたんだろうな。
「ほら、これで完成だ」
「ありがとな」
「うむ。存分に感謝するが良い」
不敵な笑みを浮かべながら尊大な口調で返してきたセナの言葉に思わず笑みが浮かぶ。こういう返しは相変わらずだが、その中には俺への気遣いがあるってことがわかっている。こういうところも含めてセナらしいって感じるしな。
「じゃあシャワーで流してくる」
「そうだな。頭をわしゃわしゃして道中で毛を落とすなよ」
「いや、犬じゃねえし」
てきぱきと床に落ちた髪の毛を掃除し始めたセナに後をお願いし、シャワーを浴びて残った髪の切れ端を洗い流す。熱いお湯がさっぱりと心まで洗い流していく。タオルでがしがしと頭を拭き、鏡に映った姿を確認する。目のクマが消えた訳じゃねえけどだいぶマシな顔になっていた。
セナに感謝しねえとな。
タオルを首からかけ、コアルームへと戻ると、ちょうどセナが散髪セットを片付けて戻ってくるところだった。
「じゃ、せんべいでも食べてまったり待つか」
「うむ、記念すべき日だからな。とっておきを出してやろう。期待しておけ」
「へー、セナのとっておきか。そりゃ楽しみだな」
せんべいに並々ならぬこだわりを持つセナだけあってこいつの勧めてくるせんべいがハズレだったことは……あんまりない。いや、味がまずいって訳じゃねえんだ。味はいいんだが、油断してるとたまにゲテモノが混ざっていたりするんだよな。バッタとか蜂の子とか、うん思い出すのはやめておこう。
せんべいを喜々としてテーブルに並べるセナの姿を見ながらお茶の準備をする。とりあえず並んでいたのは色とりどりの小丸せんべいだったので大丈夫そうだ。お茶を2人分、湯呑に注ぎ準備万端で待機しているセナの元へと向かう。
「ほいよ」
「うむ。では食べるか」
「おう」
湯呑をセナの前に置き、対面にどっかりと座り込む。既にせんべいへと手を伸ばしているセナの姿に笑いつつ、俺もスタンダードっぽい茶色のせんべいを掴んで口に含む。
ぱりっ、とした触感と共に醤油の香ばしい香りが口の中に広がり、そして鼻から抜けていく。そして噛むごとに米の甘みが増していき、その味を変化させていく。セナのせいでやたらとせんべいの味については詳しくなったんだが、これはうまいな。
ごくりと飲み込み顔を上げると、セナが得意そうな顔で俺を見ていた。
「どうだ、美味いだろ」
「そうだな。そういえば今日は解説はしないんだな」
いつもなら一緒にせんべいを食べるときにはセナが何かしらそのせんべいの話をするのにしていないことを不思議に思って聞くと、セナはフフンと鼻を鳴らした。
「これは特別なせんべいだからな。しっかりと味わう必要があるのだ」
「さいですか」
「解説は食べ終わったらしてやろう」
「いや、やっぱするのかよ」
適度に突っ込みをいれつつせんべいを味わっていく。そういえばこうやってセナとせんべいを食べながらゆっくりするのも久しぶりのような気もする。最近日中はほとんど人がダンジョンにいるし、終わったら終わったで俺は人形たちのメンテナンス、セナは情報部やらなにやらで動き回っていたしな。
たまにはこうしてこいつとゆっくりするのもいいもんだ。
海外の軍が入ってくる予定は1週間延びた。まあ予定外のことが起きたんだから仕方ないのかもしれねえが新しい人形たちが来ることを心待ちにしていた俺にとってはある意味で拷問のような仕打ちだった。人形の準備期間だとわかっていたからまだ我慢できたけどな。
まあ我慢できるからといって普段通りじゃなかったんだけどな。現にさっきはひどい顔をしていたし。
ちなみにこの延期についてはセナに言わせれば1週間程度で済んだ事の方が驚きとのことだった。最悪このまま中止にする国もあるんじゃないかってセナは考えていたみたいだしな。
しかし全部の国が予定を遅らせはしたがダンジョンに挑戦すると聞いてセナが複雑そうな顔をしていたのが少し印象的だった。何か思うことがあるんだろうとは思ったが俺は聞かなかった。すぐに俺に言わないってことは緊急ではないということだし、セナ自身が言うべき時期ではないと判断したってことだからな。
せんべいを食べ終え、セナの解説を聞きながらまったりしているとあっという間に予定の時間になった。警官と自衛隊の奴らを先頭に黒い礼服みたいな軍服を着た外国人たちがぞろぞろと入ってくる。そいつらの手にはもれなく人形が大事そうに抱かれていた。がっしりとした体型の軍人が人形を抱える姿はちょっと異様だ。でも俺にはそれよりも大事なことがある。これから家族になる人形たちの雄姿を見守らねば。
「これは……すごいな」
「おう、圧巻だよな」
「いや、そういう訳では……まあいいか」
セナのため息が聞こえてきたような気もするが、俺の目はモニターに釘づけだ。しかし、各6体のはずなのに、やけに数が多いな。
「やはり予備を用意してきたか」
「んっ?」
「6体とは言ったがそれ以上捧げてはダメとは言わなかったからな。確実性を重んじたのだろう。あと、EUは所属する国の数必要だしな」
「おぉ、それでか」
セナに解説されながら、ダンジョンを進む人形たちの姿を目に焼き付ける。そしていよいよ目的のアリスの階層へと到着した。人形たちがところ狭しと祭壇に並べられていく。流石にちょっと祭壇のサイズが小さすぎたかもしれね……
「あー!! 倒しやがった!」
「いや、あれだけ密集していれば多少は仕方あるまい」
「ぐっ……」
慌てたように人形を直すおそらくロシアの軍人の姿からしてわざとじゃないのはわかってる。しかし……いや、陶器製とかじゃなくて良かったと思おう。倒したのは太陽みたいな顔したやたらカラフルな人形だが見た感じ藁とか布っぽいしな。まあ、こっちに来たら一番に確認するがな。
最後の人形が置かれ、全員が祭壇から離れたところで罠が発動し、ぼんやりとした光が祭壇を包む。本来なら敵の通過後と言うタイミングで転移指定した場所にいるモンスターが現れて、敵を背後から襲うような罠なんだが……
「おぉ」
一瞬にして消えた人形たちの姿にどよめきが起こる。まぁ、こんな風に逆に回収にも使えるって訳だ。そして別階層に飛んだ人形たちを回収してっと。
ついに、コアルームに待望の人形たちが来た!
「良く来たな、お前たち」
「透、まだあいつらが残って……まぁ良い。私が見ておくから好きにしろ」
「サンキュー、セナ」
様々な種類の人形たちに目移りしそうになるが、まずはあのロシアの人形からだ。
太陽の顔をしたちょっとシュールな人形はやはり内部は藁で出来ていた。倒れたことによる影響も特にはなさそうだな。ほっと胸を撫で下ろし、ついでにふんふんとちょっと鼻歌を歌いながら自分の知らない新しい人形の観察を続ける。
これってどういう人形なんだろうな。伝統的なもんなのは間違いねえと思うんだが、丁寧に造られてはいるが継続的に遊ぶような感じじゃねえんだよな。服の縫製はしっかりしているんだが、それもこのダンジョンに持っていくから特別って感じが……
「んっ、なんだ?」
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