第125話 悲劇の裏事情
何でこんなことになってんだろうな。
壁掛けのモニターに広がる光景はスプラッタとしか言いようのないものだ。ダンジョンマスターになってこういうグロい感じの光景を目にする機会も少なくなかったが、その中でも確実にトップクラスだ。画面越しに見ているからまだ大丈夫だが、現場に居たら確実に吐く自信がある。なんの自信かわかんねえけど。
真っ青な顔をしながら、戻って来た自衛隊や警官たちに抱えられて出ていくアメリカの大使に心の中ですまん、と謝罪する。そんな俺の横でセナは身じろぎ1つせず腕組みをしたままじっとその光景を見つめていた。
「ふむ。わざと反感を買うように挑発し、敵対したところで圧倒的な暴力をもって恐怖を植え付け、その上で別案を示して誘導する、か。透もなかなか人の心の機微というものがわかってきたではないか」
「違えよ! って言うかそれは心の機微って言わねえだろ!」
「でも効果的だったのは確かだぞ。現にあの大使は他の国にも伝えるようにと必死に訴えているしな。よほど先の体験が堪えたらしい」
画面の先で杉浦に話しているアメリカの大使の言葉をセナが翻訳して伝えてくるが、複雑な気持ちになるな。いや、確かに効果はあったみたいだし、今後のことを考えれば良かったとも言えるのかもしれねえけど、やっぱ素直に喜べねえんだよな。
そんな風に俺がもやもやしていると、セナが俺を見ながらふっと力を抜いて柔らかい表情をした。
「冗談だ。透にそんな作戦を立てられるとは思っていない」
「褒められてるのか、けなされてるのか微妙な言い方だな」
「もちろん……」
「あー、まあ結果的にうまく行ったってことで良かったと思おう。これで人形の入手の目途は立ったしな」
どうせろくなことを言いそうになかったのでセナの言葉を強制的に遮って話を終わらせる。セナがくすくす笑ってやがるが、まあそのくらいは別に気にならないしな。
「しかしアイディアを思いついたから俺に任せろと急に言い出したから何をするのかと思ったぞ」
「でも良いアイディアだろ。来る国の奴が自分で持ってきてくれれば手間も経費もないし」
「言語を扱える人形である確率もかなり高いという訳だな」
「そうだ」
言語問題を解決するためにネックだったのは、どうやって入ってくる奴らが使っている言語を扱える人形を入手するかってことだった。
俺たちはずっと自分たちでなんとか出来ないかって考えていた。というかその考えに囚われていた。ダンジョンの外との繋がりは同じダンマスのアスナだけだったし、ダンマスである俺がこの初心者ダンジョンにいるってことを知られないためにも、その他の人を使うっていう考えを選択肢から無意識に排除していたんだろう。
今回入って来たアメリカの大使を見た時、こいつならアメリカ製の人形を簡単に買えんだろうな、と言う思いが頭をよぎり、そして閃いたんだ。そうだ、こいつらに持って来させれば全部解決じゃね、ってな。
でもその後が大変だったんだよな。アリスのいる階層には基本的にあんま人がいねえから改造とか指示を出すのは問題なかったんだが、アメリカの大使たちが視察を終えるまでにその案を具体的にまとめて、さらには辻褄を合わせねえといけなかったからな。
時間が差し迫っていると思ったからセナに詳しく相談もせずに俺の考えで勝手にアリスに指示を出した。たまたま1階層ずつゆっくり見てくれたから結果的に余裕があったものの、もし直行されていたら、と考えると俺のしたことは間違いじゃないはずだ。
「それで、手に入るのは合計6体と言うことだな」
「おう。とりあえず1体はアリスと同じ部屋に置いて案内人をさせるつもりだから諜報部で使えるのは最大5体だな。足りるか?」
「指揮系統を把握すればなんとかなるだろう」
今後の諜報部について考えているのか腕組みをしながらセナが小さくうなずいている。完全にそっち方面はセナに頼りっきりだからな。悪い気もするが、素人の俺が口を出したところで邪魔にしかならないのはわかり切っている。代わりに俺は俺にしか出来ないことをするだけだ。
想定が終わったのか、ふぅっと小さく息を吐いてセナが腕組みを解く。そしてこきこきと肩を鳴らすように少し身じろぎし、背を預けて俺を見上げた。
「しかし、階層ごとに人形数を決めるとは考えたな。それぞれの階層の条件達成の難易度を人形の数で示しているということか?」
「おう。なんとなくそれっぽいだろ。でたらめだけど」
「そうだな。あるいは階層数と一緒の数だからその数だと考えるかもしれんな」
「そういや、そうだな」
完全になんとなくで決めた人形の数だったが、いろんな捉え方が出来る数だな。まあ完全に嘘で法則なんて実際はねえんだけどよ。
人形を捧げるっていう今までにない行為を必要とする理由として、段階を踏んでいないからって考えはすぐに浮かんだ。日本と外国で何が違うかって考えた時に、この初心者ダンジョンに今まで入っていたってことが最も大きな違いになるからな。
今まで俺たちは段階的に階層を増やしてきた。それは日本がチュートリアルの条件を達成したから増えたと今回のことで勘違いしてくれるはずだ。かなりの期間、かなりの人数をかけて達成したその条件に比べ、人形を捧げるだけでそれを飛ばせるというのは破格の条件だろう。わざわざ苦労する道を選ぶもの好きもいねえだろうし。
日本からしたら、そんなことで、と思うかもしれねえけどな。まあ俺にとっちゃあ、そんなこと、じゃねえし。
しかし……
「ふへへへ」
「なんだ、突然笑って。顔が気持ち悪いぞ」
「いや、もっと言葉を選べよ。まあ別に良いけどよ」
「んっ? 本当に変だな」
セナがまじまじと俺を見ながら首をひねっているが、さっきのセナの発言も今はあんまり気にならない。と言うかセナと話して今後の展望が見えたことでどんどんと期待に胸が膨らんでいくのだ。
だって国を挙げて捧げる人形を探してくれるんだぞ。つまりその国の中で最も良い腕の人形師が造った人形が捧げられると言っても過言ではない。
人気の人形師なんて、まず注文するための縁を繋ぐところから始まって、運よく縁が出来て注文したとしても完成まで何年待ちってこともざらだ。つまり手に入れようとして簡単に手に入るもんじゃない。
その手間を全部その国の政府がしてくれるっていうんだからありがたいことだ。流石に政府の依頼なら優先するよな。
いや、ちょっと待てよ。人形師って変わった奴が多いし、強引な依頼にへそを曲げて適当な人形を造って、政府の役人が見る目がなかったらそれが捧げられちまう可能性もあるのか。なんてこった!?
って言うかそもそも来週には軍隊が来るんだよな。製作期間1週間ってかなり無茶だぞ。しかも6体も。くそっ、そこまで考えてなかった!
「どうしたらいいんだ。俺の人形がピンチだ」
「赤くなったり、青くなったり、忙しいな。とりあえず私は諜報部の編成についてショウちゃんと相談してくるからな」
「看板で指示をし直すか? いや、人形師ごとに対応方法は変わるはずだ。いっそ延期に……さすがにそれは無理だよな」
「とりあえず変なことはするなよ。せんべい丸、監視を頼む」
セナが何かを言っていたような気もするが、俺の耳には届かなかった。未曽有の大問題に対して有効な手段を思いつかず、結局食事の時間だとセナにナイフを突きつけられるまで俺は頭を抱えることになるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。