第120話 せんべい人形たち
活動再開しました。お待たせして本当に申し訳ありません。
【前回までのあらすじ】
海外勢が初心者ダンジョンにやってくることになったけど言葉がわからないからどうする?
セナがいくつかの言語は理解出来るけど人出も足らねえし……
作った人形は知識をある程度引き継ぐみたいだからとりあえずセナに人形を作ってもらうか。
どんな人形か、だって? 当然、せんべい人形に決まってるだろ
多少時間はかかったがセナはブランケットステッチをきれいに縫えるようになった。まあ縫い方の理屈さえわかっていれば、していることはそこまで難しいって訳じゃねえしな。初心者にとっちゃあ複雑だが、セナは基礎が出来ているし慣れるのも早かった。
ブランケットステッチの縫い目はその端に沿うように進む1本の線と、それと垂直に縫い糸が交差して出来ている。実はこれを工夫すると猫とか犬とかの動物の足の爪の形をその縫い目で表現したりすることも出来るわけだが今回は特にその必要もない。だってせんべいだしな。
「よし、こんなものだな。どうだ?」
「いいんじゃねえか。初めてにしちゃあ上出来だろ」
セナは持ち前の器用さを十二分に発揮し、しっかりと綿を詰め、パーツを結合して初めての人形を造りあげた。細かい部分でもっとこだわることも出来るとは思うが、それでも初めて造ったにしては十分すぎる出来だ。
うーん、やっぱセナって全体的に基礎能力が高いんだよな。小器用というか。それを発揮することはあんまねえけど。
そんな風に考えながら眺めていると、セナがフェルト人形の前でタブレットを取り出し、すかさずタッチした。
「<人形創造>」
「早っ!」
思わず声を上げた俺をよそにフェルト人形がぼうっと光をその身に纏わせていく。そしてその光が落ち着き、テーブルに倒れていた人形がゆっくりとした仕草で立ち上がった。雪だるまのような形をしたせんべいの人形のはずなのに、その動きや仕草に何故か渋みを感じる。
「……」
「お前の名前はショウちゃんだ。任務はダンジョン内の情報収集を行う情報部の統括だ。出来るな?」
「……」
コクリ、と無言のままショウちゃんがその丸いせんべいヘッドを縦に振る。うん、一応日本語の理解は出来ているようだな。続けてセナが英語や別の言語を使って話しかけていく。それにショウちゃんは首を縦に振ったり横に振ったりして答えているが、一言も話さねえな。話せねえのか、それともそういう個性なのか、どっちだ?
「なぁ、セナ。どんな感じだ?」
「うむ。ある程度の言語の理解は出来ているようだが……少し待っていろ」
「お、おう」
歯に物の挟まったようなセナの言い方に俺が首を傾げながら待っていると、セナは少し眉根を寄せながら再びフェルトの方へと向かい、先ほどと同じようにフェルトを切り抜き始めた。ショウちゃんより少し黒に近い茶色の生地を使い、慣れた手つきでフェルト人形を造っていく。
そして30分足らずでショウちゃんと色違いのせんべいの人形が出来上がった。いや、頭が半月型になってるから厳密に言えば形は違うんだけどどっちもせんべいモチーフだしな。セナは満足そうにその人形を見つめ、それを俺に向かって掲げた。
「味噌せんべいのミソノちゃんだ」
「相変わらず名前が直球だな。で、俺にどうしろと?」
「<人形創造>してくれ」
「んっ? 別にいいけど」
味噌せんべいのフェルト人形、ミソノちゃんを受け取りじっと眺める。そういえば人が造った人形に<人形創造>するのって初めてだな。しかもちゃちゃっと造っていたとはいえ、セナが2番目に造った人形だし気合を入れねえと。
姿勢を変え、いつものあぐらスタイルになり人形を見つめる。
「<人形創造>」
言葉を口に出し、そして命を吹き込んでいく。しかしいつもならすんなりと命が吹き込まれていくはずなのにそれがなかなかうまくいかない。入らないって訳じゃないが、なんというか入り口が極端に狭い感じだ。なんだこれ?
疑問を覚えつつもどうにか<人形創造>を終えたころには俺の背中はびっしょりと汗ばんでいた。ふぅーと息を吐きながら、目の前で立ち上がるミソノちゃんを見つめる。
「味噌せんべいが辛いものばっかりだと思っている人は死ねばいいと思う」
「おおい、しょっぱなからぶっ飛んだ発言すんじゃねえよ!」
つぶらな瞳で物騒な言葉を言い放ったミソノちゃんに思わず突っ込みを入れる。本人は全く気にした風もなくぐるりと視線を巡らせ、そしてショウちゃんを見つめてその動きを止めた。
いや、確かに俺もセナのせんべい道楽が始まるまでは味噌せんべいっててっきり辛いもんだとばかり思ってたしな。でも甘い味噌せんべいも多いんだよな。ミソノちゃんの原型になっていると思われる味噌せんべいは甘いものだ。まあ出来上がったミソノちゃんは辛口みてえだが。
そんなことを俺が考えていると動きを止めていたミソノちゃんがとてとてと歩き出し、そしてショウちゃんの目の前で止まった。喧嘩を始めたりするわけじゃねえよな? どっちが上かとか言って。
少しハラハラしながら事の推移を見守っていると、ミソノちゃんがショウちゃんへしなだれかかるように身を寄せた。
「私の身も心もあなたに捧げるのがいいと思う」
「……」
うん、これどうしたら良いんだろうな。いや、喧嘩じゃなくって良かったと言えばそうなんだがなぜこんな展開になったんだ? 人形の造り手であるセナに視線をやると仏頂面をしたまま首を横に振り、そして俺へと冷めた視線を返してきた。慌てて俺も首を横に振る。いや、こんなことになった原因は俺じゃねえだろ。
ショウちゃんは当たり前のように黙って直立不動のままミソノちゃんを受け止めている。そこに戸惑いのようなものは見えない。これ以上考えても仕方ねえな。本人たちの間で納得のいく関係なら別に良いだろ。どうやっても結論は出そうにねえし。
「ミソノちゃん、ちょっと確認したいことがある」
「今はショウちゃんの傍にいる方が大事だと思う」
おっ、珍しい。ミソノちゃんはセナの言葉に反抗してるな。他の人形たちは反抗することなんてほとんどねえんだけど。せんべい丸とかせんべい丸とかを除いて。
抱きつく力を強めたミソノちゃんの態度にセナのこめかみの辺りがピクッと動く。その若干漏れた怒気に気付いたのかショウちゃんがミソノちゃんをじっと見つめた。
「……」
「……わかった。あなたの言う通りにする。なんでも確認すればいいと思う」
「ふぅ、まあいい。では確認していくぞ」
ショウちゃんに説得? されてあっさりと前言を撤回したミソノちゃんに、セナが呆れたような顔をしながら先ほどショウちゃんにしたように話しかけていく。さっきのショウちゃんの時はおおよそしかわからなかったが、ミソノちゃんはちゃんと返事をするから大まかな状況は把握できた。日本語と英語は明確にわかっているみたいだが、その他のいくつかの言葉については全くわからないようだ。
確認を終えたセナは、再びショウちゃんにべたべたしだしたミソノちゃんを見つめながら腕組みし首をひねっている。
「何を悩んでいるんだ?」
「んっ、うむ」
問いかけた俺へと顔を向けてセナが口を開き、そして口をつぐんだ。セナが言いよどむなんて珍しいな。とは言え全くわからないって感じでもねえからある程度確認が出来たとは思うんだが。
しばらくそのまま待っていると、セナが眉間に皺を寄せながら自分自身の考えを整理するようにゆっくりとした口調で話し始めた。
「確認した結果、2人とも複数の言語を理解していることが分かった。まだどの程度まで深く理解できているのかの精査は出来ていないが、諜報部として情報収集するのに役立つレベルではあるだろう」
「そりゃ良かったな。でも見た感じセナが会話できる言語を全て理解しているという訳ではないみたいだよな」
「うむ。ショウちゃんについては日本語、英語、フランス語が、ミソノちゃんについては日本語と英語が理解できているようだな」
「うん? セナの知識より劣化しているだけじゃなくて2人の間でも差異があるのかよ」
「そうだ」
うなずくセナを見ながら俺は首を傾げる。ショウちゃんとミソノちゃんの違いはそんなに多くない。材料はほぼ一緒だし、造ったのはセナだ。違うのは造った順番、そして命を吹き込んだ方法がセナがタブレットで行ったか俺が手で行ったかということぐらいだ。
うーん、どっちかと言えば命の吹き込み方の違いが原因か? 命を吹き込んだ方の知識に引っ張られるとか……いや、もしそうならミソノちゃんが英語を理解できているのがおかしいよな。英語については俺は文章なら理解できても会話はあんまり理解できねえし。
「それにショウちゃんは話すことが出来ないようだ」
「おっ、そうなのか?」
ショウちゃんの方をちらっと見ると鷹揚に頭を縦に揺らして返してきた。その体に身を寄せているミソノちゃんは発言内容はアレだが流暢に話していたんだが、そうか話せないのか。
まあ言葉が理解できていれば文章なんかで報告してもらっても良いんだから諜報部としては問題無いんだろうけど結構違いがあるんだな。
「透のアドバイス通り私は話せるようにと考えて<人形創造>を行ったのだがな」
「タブレットじゃ無理とかそういうことか?」
「わからん。まだ試行回数が少なすぎるな。最低限、英語だけでも理解できるなら役には立つ。もう少し検証を続けるぞ」
「おう」
その後もせんべいタイプのフェルト人形を造っていき、俺とセナで条件を変えながら命を吹き込んでいった。そしてその数はついに10体になった。机の上には様々な形をしたせんべいのフェルト人形たちが並んでいる。なんというかちょっと戦隊ものみたいだな。もちろんトップはその中心に立つショウちゃんだ。
最後の確認をセナが終え、そして俺の方へと向き直る。そして俺の目を見ながらこくりと小さくうなずいた。予想通りの結果だったようだな。
10体の人形たちへの確認の結果から予測した人形たちの知識などに関する推測は大まかに3点。
・知識については人形を造った者がベースになっている。
・タブレットでの<人形創造>で命を吹き込むと話すことが出来ない可能性が高い。
・人形製作者本人が命を吹き込むと知識の劣化が少なく、別人が吹き込むと劣化が激しい。
合同で人形を造ってみたり、俺がタブレットで<人形創造>をしてみたりと色々試してみた結果からの予想だ。完璧とは言えないが全くかすりもしていないってことはないだろう。
「うーん、とりあえず外国語が話せる奴が造った人形をなんとか手に入れて、俺が<人形創造>するってのが最も妥当な対応策か?」
「まあ私たち以外が造った人形でも同じ結果になるとは限らんがな。透も私もダンジョンの関係者だ。全く関係ない一般人が造った人形にも適用されるかはわからん」
「とは言え試してみるしかねえよな。次にアスナが来たら人形を買ってこさせるか。日本語だと意味がねえから海外製の人形だな」
思わず顔がにやける。「ずいぶん嬉しそうだな」とセナに突っ込まれたが、あくまでこれは検証に必要だから仕方ねえんだ。まあ嬉しいことに変わりはねえんだけどよ。ショウちゃんたちを諜報部用の部屋へと連れていくセナの背中を視界の片隅に入れながら、俺はどんな人形をアスナに買ってこさせるか妄想にふけるのだった。
長らくお待たせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。
これからは以前のようにコツコツ更新していきますのでよろしくお願いいたします。