第119話 フェルト人形
今俺は恐ろしいものを見ている。いや、作業としてはフェルトを型紙通りに切り出しているだけなんだけどな。
「ふむ、こんなものか。やはり使い慣れた道具の方が容易だな」
切り出したフェルト生地を見ながら満足げにうなずくセナの顔がキラリと光を反射するナイフへと映っている。いつもセナがどこからか取り出すあのナイフだ。
生地を切るためにセナは俺が持ってきた裁ちバサミを使っていたんだが、やっぱりサイズの関係でなかなか使いづらそうにしていた。俺が手助け出来たら良かったんだが、今回はあくまでセナが全部作ることに意味があるからな。
仕方ねえから別のハサミを用意してくるかと俺が動こうとしたその時、セナがふんっ、と息を強く吐いたかと思うとナイフをどこからともなく取り出してフェルト生地に突き立てたのだ。そして自分を中心に回すようにナイフを扱い、するすると型紙通りにフェルト生地を切り出した。形、切り口共に申し分ない状態で。
いや、まあ別に良いんだけどな。どんな方法であれ生地が切り出せればこと足りるんだしよ。ただ1つだけ心に引っかかるのはそのナイフの切れ味だ。
フェルト生地っていわば繊維の塊だぞ。そりゃあそこまで厚いわけじゃねえし切るだけなら普通のナイフでも出来るだろう。ただセナが切り出したフェルト生地の断面には全く乱れがねえんだ。つまりそんな乱れが起こりようもないほどそのナイフの切れ味が半端ないってことだ。
俺けっこうあのナイフで脅されたりとかしてんだけど……下手したら本当にすっぱりいってたかもしれねえんだよな。まあセナがそんなことをするはずがねぇけど。ねえよな?
そんな俺の心の中の葛藤を知ってか知らずか、セナがナイフを持ったままこちらを向く。ちょっと悲鳴が漏れそうになったんだが、なんとか堪えられた。ちょっとトラウマになるかもしれん。
「で、次はどうするのだ?」
「おう。もうナイフはしまって良いぞ。しばらく使わねえし」
「そうか」
セナがくるりとナイフを回し、そしていつの間にかナイフがその手から消える。うん、いつものことだが本当にどこにしまってんだろうな。まあ気にしても仕方ねえし、今はナイフが消えたことの方が嬉しいしな。
「次はフェルト生地の縫い合わせだな。今回みたいに生地の端の縫い方としては巻きかがりとブランケットステッチが俺的にはおすすめなんだが、知ってるか?」
「どちらも知らんな。というより生地の端を縫うことはあるが私の縫い方に名前がついているのかわからん」
「そうか。じゃ、とりあえずこれでセナ流のやり方をやってみてくれ」
型を切り出して半端になった生地を切り取り、それを重ねてセナへと渡す。セナは針山から一本の針を取り出し、そこに糸を通して玉止めをすると2枚のフェルト生地の間から針を片方の生地へと入れ、そして斜めに針を刺して生地を縫っていった。縫い合わせた生地の端に斜めの糸がずらりと並んでいく。その角度は並行で、その間隔にもほとんど乱れはない。
「うまいな」
「ふふっ、まあな。急ぎでなければきれいに縫うのは当たり前だからな。力が均等にかかるから長持ちするのだ」
俺の率直な感想に針を止めてニヤッとセナが笑う。確かにある程度は縫うという行為に慣れているようだな。言っていることも正しいし。
縫い方が下手だと変なところに負荷がかかってそこから糸がほつれたりするからな。いかに均等に縫うことが出来るかってのが長持ちさせるための基本であり秘訣でもあるんだよな。
こんだけ出来れば上等だ。フェルト人形にしたとしても早々簡単にほつれたりすることはないだろう。
「今のセナの縫い方が巻きかがりだ。フェルト人形でよく使われる縫い方だな」
ふんふん、と俺の説明を聞くセナを見ているともやもやっとした思いが浮かんでくる。いや、確かに巻きかがりでも問題はねえんだ。むしろ慣れた方法で縫った方が安定するし早いだろう。でもなぁ、これだけの腕があるんだよな。
ちらっとセナの縫ったフェルトを見ながら頭を掻く。
「ではこのまま縫ってしまって良いのか?」
「うーん……」
「何を悩んでいる? もしかしてもう1つの方が良いのか? ブラン何とかと言う」
こちらを覗き込むようにして聞いてくるセナと目を合わせ、そしてふぅ、と息を吐く。
「ブランケットステッチだな。俺としてはこっちの方が好きなんだよな。巻きかがりよりしっかり縫えるし、動物の足の模様みたいにすることも出来るからな。まあ、時と場合でもあるんだけどよ」
「ふむ、では教えてくれ」
「いや、でもいきなり教わったやつより慣れた方法の方が早いし丈夫かも知れねえぞ」
「大丈夫だ。私がしっかり覚えれば問題はないだろう。モンスターになるのだから少しでも強度が強い方が安全だし望ましいからな」
「セナ……」
セナの言葉に思わず顔がほころぶ。セナの口から自然に出たその言葉には、これから造る人形に対する愛情のようなものが感じられた。セナが意識しているのかはわかんねえけど俺にはそれがとても嬉しかった。
「何をニヤニヤしている。はっ、まさかショウちゃんに欲情したのか!? 考えてみれば今のショウちゃんは裸同然だからな」
「ねえよ! っていうか人型ですらないのに誰が欲情するんだよ。そんな奴が本当にいたら特殊性癖過ぎんだろ!」
「いるではないか、目の前に」
「だー、うっせえ。それより針を貸せ。ブランケットステッチ教えるから」
くすくすと笑うセナから強引に針を奪う。そして俺はセナがしっかりと理解できるようにゆっくりとフェルト生地へと糸を通していき、ブランケットステッチの縫い方を教えていった。
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