第118話 セナの人形制作
しばらく投稿できず申し訳ありませんでした。エタではありませんのでご安心ください。
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セナに<人形創造>をしてもらうことになってまず試してみたのは、俺が造った人形の最終段階の<人形創造>だけをタブレットでセナにやってもらう方法だった。
結果から言えばこれは失敗した。試したのは不思議の国のアリスに出てくるネズミのコスプレをした人形だった訳だが、キョロキョロと視線を彷徨わせながら早口にとうとうと語るその言葉は日本語だった。他の言葉を話せるのかって聞いたら「ハハッ」と笑って何故か壮大な物語の序章みたいなもんを話し始めてごまかしていたから、たぶん話せねえんだろう。
まあ最後の仕上げをしてもらったとは言えほぼ全てを俺が造ったんだからこれは順当な結果だともいえる。
と言うことで1からセナに人形を造ってもらうしかない。とは言えセナは人形造りに関して言えば初心者だ。だからどんな人形が良いか選ぶのがまず問題なんだよな。多少大目に見るとしてもある程度のクオリティは譲れねえし。
初心者でもとっつきやすいと言えば布系か粘土系あたりか。まあ突き詰めようとするとどっちも奥が深いんだが、初めてでもそれなりの形にはなるし失敗しづらい。あっ、でも布系だと多少なりとも裁縫技術がいるな。
ネズミの人形を適当にあしらっていたセナに声をかける。
「なあセナ。お前って裁縫とかできるのか?」
「何を言っている。針と糸の扱いなど慣れたものだ」
腕を組みながらセナが自信満々にうなずく。その表情からしてセナがある程度の実力を持っていることをうかがわせた。裁縫とかの家庭的なことなどするはずがないだろう、とか言われるかと思ったのにちょっと意外だな。セナにもちょっとは家庭的なところが……
「損傷した装備を補修したり、傷口を縫って応急手当てすることもあるしな。モルヒネ等が無かったり戦況的に使えない場合もあるから早さが重要でな。なかなかの手際だと自負しているぞ」
「おっ、おお」
ちょっと自慢気に言うセナに悪いが……うん、完全に違ったわ。っていうか裁縫じゃなくって縫合だよな。いや装備品の補修は裁縫と言えるか。しかし何の薬も使わずに縫合って聞いただけでも俺には無理だ。
ちょっと引き気味になっている俺に構いもせず、セナはどこか遠くを見つめ何かを思い出すようにしながら言葉を続けていた。
「手際の悪い者が行うと敵に気付かれるし、放置すれば虫などの格好の餌になる。傷口に蛆がわく程度なら可愛いものだがな。感染症や敗血症になり……」
「そうか! そんだけの腕があるなら大丈夫だな」
「んっ? まあな」
「じゃ、俺は材料とってくるわ」
このまま放置するとなんか悲惨な戦場あるあるを聞かされそうな気がしたので強引に話を打ち切り、セナ用の人形造りの材料を探しに材料なんかが置いてある俺の個人スペースの物置へと向かう。いや、蛆がわくって全然可愛くねえだろ。
物置部屋の一角にあった材料を引っ張り出し人形造りに必要な道具類を用意してコアルームへと戻ると、セナは椅子にちょこんと座りせんべいを食べながら俺の帰りを待っていた。相変わらずマイペースな奴だ。
その目の前に材料と道具を置いていく。セナがそれを見つめ、そして少し不思議そうにしながらこちらを見つめた。
「これだけなのか?」
「まあな。というより複雑な人形なんて初心者に造らせねえよ。時間があるなら別だけどな」
「そういうものか」
ふむ、とうなずきながらセナが目の前に置かれたハサミへと手を伸ばす。普通サイズのハサミなんだが小さなセナが持つと不釣り合いでかなりの大きさに見えるな。うーん、使えるのか? 下手な道具を使うと怪我の元だしな。でもセナ用の大きさのハサミだと切れるかわかんねえし。
俺が頭を悩ませる横で、セナがハサミをジョッキン、ジョッキンと動かしている。懐かしのホラーっぽい動きだ。大まかな動きは問題なさそうなんだけどな。
「それで、これでどうやって人形を造るのだ?」
「セナに造ってもらおうと思っているのはフェルト人形だ。簡単に言えばこっちのフェルト生地を切り取って縫い合わせて、その間に綿を詰めるだけだな」
「ずいぶんと簡単そうに聞こえるな」
「うーん、まあ人形造りを始めたい奴が試してみるのにはちょうど良いんじゃねえか? 材料も安いしな。だからと言って奥が深くねえって訳じゃねえぞ。例えばフェルト生地にしたって種類はいくらでもあるし、その対象となる人形の形に従ってパーツも増えるし、表面を加工したり、綿の詰め方にしたって固すぎず柔らかすぎずその人形にあった量を最適な部分に詰めたりするにはそれなりの……」
「あー、とりあえず生地を切れば良いんだな」
「いや、ちょっと待て。まずは型紙にどんな人形を造りたいか書くところからだ」
フェルト人形について説明していたところ、セナがいきなりハサミをフェルトに入れようとしたので慌てて止める。もうちょっと詳しく説明しておきたいところだったが、まあ習うより慣れろって感じがセナには似合っているし仕方ねえか。
型紙となる薄い紙を机の上に広げ、セナに小さくなった鉛筆を渡す。
「フェルト人形はこのシート状のフェルト生地を2枚重ねて人形にする。人型なら頭、胴体、手足って感じでパーツを造って繋げるのが基本なんだが……」
「わかった。頭、胴体、手足だな。少し待っていろ」
セナが鉛筆を抱えるように持ったままちょこまかと型紙の上を動いて絵を描いていく。その姿はちんまりしていてとても愛らしいのだが、その型紙に書きあげられていくものを目の当たりにすると苦笑しか浮かんでこない。いや、まあセナに人形を造らせようとした段階でそんな予感はしてたんだけどな。
そこに書かれているのは20センチと15センチほどの円と、ちょっとずんぐりとした手足だった。
ほんの短時間でそれを書き終え、かいてもいない汗を拭うように前髪をかき上げたセナがニヤリとした笑みを浮かべながらこちらを見た。
「出来たぞ。私が造る新たな人形。これからこのダンジョンの諜報を取りまとめていくせんべいシリーズの先駆け!」
ダンっと型紙を踏み、セナがもっていた鉛筆を伝説の剣のように型紙へと突き立てる。あっ、型紙に穴が開いたな。まあいいけどよ。
「その名も、醤油せんべいのショウちゃんだ!」
「おー!」
言い切って満足げな笑みを浮かべているセナへパチパチパチと拍手する。まあセナの気持ちが入る人形って言ったらそうだろうとは予想していたしな。なによりモチベーションは大事だ。人形を造りたいって意思が重要なんだから。
なんか後ろでぽふぽふ音がすると思ったらせんべい丸も俺と同じように手を叩いていた。考えてみればこいつに家族が出来るようなもんか。いや、俺としてはこのダンジョンにいる皆が家族みたいなもんだが、同シリーズが出来るのはやっぱ嬉しいだろうしな。
「で、やっぱ総指揮はせんべい丸になるのか?」
俺の言葉にせんべい丸が立ち上がり任せろとばかりにドンと胸を叩く。そんなせんべい丸をセナは見つめ、そして首を振った。横に。
「何を言っている。せんべい丸はどれだけ強かろうとただの一兵卒に過ぎん。こちらは情報部の取りまとめの任を負うのだぞ。階級的にも役割の重要さでも段違いだ。むしろ直立不動で敬礼をするべきだろう」
「……あー、うん。そうか」
「うむ。それでこれからはどうするのだ?」
「使うフェルト生地に型紙を乗せて切っていく工程だな。セナがイメージする色を選べよ。いろいろ種類があるから」
「わかった」
フェルト生地の束へと向かっていくセナの背中から視線を外し、燃え尽きたように地面に崩れ落ちているせんべい丸を眺める。うん、どうフォローして良いかわかんねえけど、とりあえずフェルト人形を造り終わったらなんかしてやろう。
「透、この生地なんてどうだ?」
「んっ、いいんじゃねえの。せんべいの焦がした醤油の感じが良く出てるし。っていうかせんべいシリーズにするならそれ系のフェルトの消耗が激しそうだよな」
こげ茶色の生地を持ち上げるセナに返事をしながらそちらへと近づいていく。シクシクと泣き声が聞こえてきそうな気配に少し後ろ髪をひかれながら。
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