第116話 人形の知識と心
「ファム、スミス。手間とらせて悪かったな」
「いえ」
「また何かあればお呼びください」
付き合ってくれたファムとスミスに礼を言い、自分たちの部屋へと戻っていく2人を見送る。うーん、やっぱ2人も日本語は流暢に話すことが出来るが、外国語はほとんど話せないみたいだな。機械人形だからもしかしてっていう思いもあったんだが、そう簡単にはいかねえか。
ふっ、と息を吐いて気を取り直しパペットやお化けかかしなんかに話しかける小さな背中へと声をかける。
「セナ、そっちはどうだ?」
「思わしくはないな。日本語の理解は出来ているようだが」
「やっぱそうだよな」
まあファムやスミスが話せなかった時点で望みは薄いとは思っていたんだけどな。
「お前たちも付き合わせて悪かったな。明日までゆっくり休んでくれ」
「……」
ペコリと頭を下げて人形たちが待機部屋へと帰っていく。そしてコアルームには俺とセナだけが残された。もぞもぞと縄で簀巻きにされた何かが動いているような気もするが、きっと気のせいだ。
「残るは今ダンジョンで働いている奴らだな」
「そうだな。個人的にアリスは英語を話せるのではないかと思うがな」
「原作はイギリスだったか?」
「うむ」
セナとそんな会話をしながらダンジョンが閉まるまで時間を潰す。確かにセナの言う通りアリスが英語を話せる可能性はあるかもしれない。しかしなぜか俺の心はもやもやとしており、その予想が正しくないと告げていた。
そしてダンジョンから侵入者全員が出ていき、静寂に包まれたところで俺たちはアリスやサン、先輩やユウなど言葉を理解できる可能性の高い人形たちを一堂に集めた。集めたわけだが……
「うん、話せないよ!」
「無理……」
「「……」」
アリスはきっぱりと、仔熊のぬいぐるみを抱えたユウはぼそりと、そしてサンと先輩も首を横に振って英語を話すことは出来ないと示した。セナが英語以外の言葉で話しかけたりして試しているが誰も理解できていないようだった。
しばらくしてセナが黙り込む。
「うーむ」
「まあ検証はこんなもんだな。皆今日もお疲れさま。ゆっくり休んでくれ」
腕を組み、難しい顔で考え込むセナを残して皆が自分の居場所へと戻っていく。今日一日働いてくれたんだから夜くらいはゆっくり休ませてやりてえしな。本当は別に休まなくても良いらしいが気分の問題だ。
さて、現状で出せる材料は出尽くした。皆に確かめてもらったおかげでけっこう腑に落ちたしな。完璧に正解って訳じゃねえだろうけど。
眉間に皺を寄せながら考え事を続けているセナの前に腰を下ろす。セナが視線を上げ、俺の顔を見た。
「答えがわかったという顔をしているな」
「まあな。確実じゃねえけどな」
「ふむ、聞かせてみろ」
セナがぽすっと床にあぐらをかいて座りこむ。そんなセナへと、どうやったら伝わるかと自分の頭の整理をしながら言葉を紡いでいく。
「このダンジョンの人形たちって俺が造っているだろ」
「そうだな」
「近くで見てきたセナならわかるかもしれねえけど、人形を造るってことは俺にとっては家族を増やすようなものなんだ。だからこそ手を抜かずに常に良い状態を目指すし、心を込めて作る」
「……」
セナは何も言わずコクリとうなずいた。その姿に思わず笑みが浮かぶ。てっきり家族なんて言ったら茶化されるもんだと思っていたんだけどな。まあいいや。
「人形は本来動かない。そして知識も心も持たない。だがダンジョンのモンスターになれば動くことが出来るようになる。そして同時に知識や心も持つようになる。それはいつ、だれが与えたものだ?」
「それは……」
俺から視線を外さないセナにうなずいて返す。このダンジョンの人形たちはちゃんと知識と心を持っている。それは疑いようのない事実だ。サンが、先輩が、ナルが、ユウが、アリスが、そして皆がそれを証明している。
その元となったのは……
「それは製作者、つまり俺じゃねえのか。もちろんそれぞれ本来持っているものはある。ファムやスミスの専門知識なんて俺にはねえしな。だから元々持っているものにプラスアルファで心や知識を与えられるってのが<人形師>の、人形を造る1人の人間としての俺の力なんだと思う」
だから人形たちは俺と同じように日本語しか話せない。俺が与えられないからだ。もちろん生み出した後に自ら学べば、外国語を話すことが出来るようになる人形が現れるかもしれねえ。だがそんなことをしてこなかった現状では言語に関しては俺と同等になるのは当然なのだ。
検証したおかげでわかった。自分が人形に心を与えられることをはっきりと自覚できた。そのことが何より嬉しい。人形に心を与えられるなんて、なんて素晴らしい力なんだ。そうと決まればさっそく新しい人形を……
「透、嬉しそうにしているところ悪いが問題は全く解決してないからな」
「んっ? 問題?」
「推測が正しければ、お前が造った人形はお前と同等の言語力しか持たないということになる。日本語しか話せないお前とな」
「あっ。いやでも人形に心を与えられると自覚したからより良い人形が造れそうな気がするし、改造ももっとうまく行きそうな気も……」
「透に良いことを教えてやろう。0に何をかけても0になるのだ! 今人形造りがうまくなったとしても言語問題の解決には微塵もならん!」
ぴしゃりとセナが俺を睨み付けながら言い放つ。思わず正座に姿勢を変えてしまうほどの迫力だ。いや、確かに問題解決にはならないかもしれねえけど少し試すぐらいは良いんじゃねえかと思うんだけどな。まだ2週間もあるし。
確かにセナの言うことは正論なんだが、怒ると融通が利かなくなるんだよな。困ったもんだ。心なしかサイドテールも荒ぶっているような……
「何か言いたいことでもあるのか?」
「イエ、メッソウモアリマセン」
ギロリと冷たい目を向けるセナに片言で返しながら視線を逸らす。原因追求しただけで悪いことはしていないはずなんだけどな。とても口には出せねえけど。
「ふん。しかしその理論でいけば私が作れば多少はカバーできるかもしれんが、今後もいろいろな国の軍隊を入れていくとなると厳しすぎるな。そもそもロシア語と中国語は理解できないから初めから破たんしているか。とりあえず一部だけでもカバーできるように予定通り人数を増やして情報部を作るか?」
「あのー、セナさん。情報部って何? 予定通りって、俺、聞いてないけど」
全く初耳の言葉をさも当然のように言ったセナに恐る恐る手を挙げて尋ねる。セナはこちらを見つめ、マジかこいつと言うような顔をしているが聞いたことがないのだから仕方がない。
さすがに「情報部」なんて怪しい言葉が出てくれば覚えているはずだしな。まさか人形造りしている間とかじゃねえよな。それなら自信はねえぞ。
「最近人数が増えてきて情報収集が大変になったと話していただろう」
「おう。それは知ってるぞ」
フィールド階層を作って入ってくる人数が一気に増えたし、アイテム交換が始まってさらに増えたからな。その話題がたまに出ていたのは覚えている。
「情報とは戦いにおいて重要な要素の1つだ。これが得られるかどうかで勝敗が決まるといっても過言ではない。そう教えたな」
「そうだな」
戦術とかの話になるとセナは無駄に熱く語るからな。しかも適当に聞き流すと怒りやがるし。いや、俺にとって有益な話だとはわかっているんだけど、あんま興味ないことって集中力が続かねえんだよな。とは言え、この情報の重要性については繰り返し言っていたのでちゃんと覚えている。
俺の返事に満足したのかセナが立ち上がり、俺に向かってズビシと指を突き付けた。
「つまり言わずとも現状を解決するために情報部を創設するという結論になるだろうが!」
「飛んだな。完全に一足飛びに話が飛んだよな!」
「情報収集に忙しくて最近はせんべいを味わうのも片手間で満喫することも出来んのだぞ!」
「そっちが本音だよな! 俺には結構満喫しているように見えたけどな。食後とか優雅にせんべい食べてるじゃねえか」
「ふっ、あの程度で満喫していると考えるとは片腹痛いな」
「片腹痛いって、お前なあ……」
気の抜けるようなセナの言葉に勢いを失う。
考えてみれば確かにセナには俺も結構な負担をかけているしな。逆に言えば好きなせんべいを食べる時間を削ってでもダンジョンの監視をしてくれていたってことだし。
セナに向かってぺこりと頭を下げる。
「悪かったな。気づいてやれなくて」
「いや、私も情報共有が出来ていなかったのは失敗だった」
セナも俺に対して謝ってきた。謝る相手の顔を見ながら同時にふっと笑みを浮かべる。よし、ちょっと気持ちを入れ替えるか。
「とりあえず情報を集める人形を増やす方向ってことだよな」
「うむ。モニターの並んだ専用の部屋を用意した方が良いだろう。そこで情報を取りまとめて報告を受けるようにすれば我々の負担は減るはずだ。問題は……」
「やっぱ、言語か」
「うむ。さすがに外国語を話せる能力を持った人形はリストになかったからな」
確かにそんな人形があれば一発だったんだけどな。翻訳人形とかな。別にいてもおかしくないとは思うんだけどリストには入ってなかった。海外の人形が元になっただろう人形系のモンスターはいることはいるんだが、煙出し人形が日本語しかわからなかったことを考えると望み薄だ。
翻訳アプリとか搭載したロボットをアスナに買ってこさせるか? でも絶対にそれじゃあ手が足りねえよな。<人形創造>でモンスターにしても電波が届かない状態で使えるのかわかんねえし、そもそもその翻訳がどの程度正しいのかもわかんねえからな。
はぁ、解決の糸口が見えねえな。俺が造ったり召喚した人形じゃ問題解決にはならねえし。
今回のことで人形に心を与えられるってわかったのは嬉しいが、考えてみれば今までだってはっきりとわかっていなかっただけで心を込めて人形は造ってきたわけだしな。
まあそれは俺だけじゃなくって人形が好きで造る奴らほとんどに言えることだと思うけどな。んっ? あれっ、もしかして。
「セナ、この問題解決できるかもしれねえぞ」
「どういうことだ?」
「心を込めて人形を造っている奴は俺だけじゃねえってことだよ」
「?」
よくわからないようで首をひねっているセナに、俺はニヤリと笑いながら1つの可能性の話を始めるのだった。
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