第115話 言葉の壁
すみません、間違って予約投稿のままでした。
「透は外国語が話せるのか? そして人形たちは外国語を理解できるのか?」
そのセナの言葉に俺は首をかしげる。なんかもったいぶっていた割に俺の予想の範囲内だったからだ。海外の軍人が来るって考えれば真っ先に思いつくことが言葉の壁の問題だからな。
「うーん、どうだかな? 俺は微妙にわかるような、わからんような……」
「ふむ。Hello、你好、Bonjour、Guten tag、Здравствуйте、Boa tarde、Buenas tardes、Muraho、Magandang tanghali」
「最初の方は聞き覚えがあるが……マガンダン タンハーリ? って何語だ?」
「タガログ語だな。主にフィリピンなどで使われている」
「もしかして話せるのか?」
「いや、挨拶程度だ。それに使わないと錆びるからな。私が現状で自信をもって理解できるのは日本語と英語で、あとはフランス語とポルトガル語が少々といった所だ。あぁ、スペイン語はポルトガル語と似ているからおおまかな意思の疎通くらいはできるかもしれん」
「おおぅ」
意外とセナさんがハイスペックだった件。いや、もともと戦術とかそれ関係では非常に有能だったわけだが、まさか複数の言語を操れるとは夢にも思わなかった。セナと話しながら俺自身話せそうか考えてみたが、答えは否だな。あんな発音が俺の口から出るとは思えねえし、長文になったら聞き取ることも出来ねえ気がする。さっきのだって俺に聞き取りやすいようにゆっくり言ってくれていたから聞き取り出来た程度だしな。
うーん、でも全くできないって気もしねえんだよな。
「会話は俺には無理そうだな。……あっ、でも文字にしてくれたらわかるような気がするな」
「ふむ」
真っ白な紙をテーブルの上に乗せたセナがさらさらとアルファベットを筆記体で羅列していく。ちょっと斜めの癖のある文字だ。そういえばセナが文字を書くなんて初めてのことじゃねえか?
いや、それよりも今は内容か。なになに……
「人形を見る彼の眼は非常に恐ろしいものを感じさせる。それはまるでその倒錯した情欲がその瞳に宿っているかのようで……ってなんだこれは!?」
「ふーむ、英語の読み取りは出来るということか。しかし会話は難しい。なんというかいびつだな」
「いや、内容のことを聞いてんだよ! さらっとスルーすんなよ」
セナが腕組みしながら首をひねっている。俺の問いに答える気はなさそうだ。言いたいことが無いわけじゃねえが、はぁ、と息を吐いて諦める。今重要なのはそこじゃねえしな。
セナが言う通り読み解くことは結構簡単に出来た。日本語みたいにすらすらって訳じゃねえけど支障はないレベルだな。セナの変な文章も訳せたわけだし。
「まあ、俺のことはいいだろ。でもよ、別に話せなくても問題なくねえか。俺だって言葉の壁については思いついたけど自衛隊の奴らがいるんだぜ。俺たちが外国語を理解できなくても絶対に通訳できる奴を連れてくるだろ。そいつがアリスや青虫たちの言葉を訳せばフィールド階層やお茶会会場で困るってこともねえだろうし」
「それはそうだろうな」
あっさりとしたセナの同意に少し拍子抜けする。致命的って言ってたはずなんだけどな。
さすがに外国の軍隊をダンジョンに入れて放置するわけもねえから自衛隊の奴らだって通訳とか監視とかで人員を派遣してくるはずだ。今まで人形たちが話していた言葉は日本語だけだし、そのあたりには対応してくれるだろう。
「なら何が問題なんだ?」
「透の言う通り侵入者側から見たダンジョンについては特に何も変更する必要はないだろう。しかし問題は情報収集の面だ。こちらが理解できない言葉で会話されてしまえば情報収集が出来ず、結果的に後手に回るしかないのだぞ」
「あっ、そういうことか」
セナのその言葉に合点がいった。今までは話す言葉が日本語だけだったから専門用語とか以外はすぐに理解することが出来たし、その対応を考えるのも容易だった。しかし侵入してきた奴らの会話が拾えないということはダンジョンに対して致命的なことをしようとしていてもそれを実行するまでは手がかりを得ることが出来ないってことだ。
そもそもそんなことをダンジョンの中で話さないって可能性はあるが、それでも全く会話せず探索を行うなんてことはあるはずがない。少しでも安全性を増すためには言語を理解できる体制を整える必要があるってことか。
「なるほどな。確かに言葉を理解できる奴が必要だな」
「うむ。これからこのダンジョンには様々な国の者たちが入るようになるだろうしな。それに備える意味でも調査をした方が良いだろう」
「すぐ出来るのは人形がどこまで言葉を理解しているか確かめるってことか。日本語を理解しているってのはわかってるから、次は英語か? っていうか理解できる言語がそれぞれ違ってる可能性もあるんだよな」
「その通りだな。とりあえず、せんべい丸で試すか」
セナがピョンと椅子から飛び降りせんべい丸のところへと向かっていき、様々な言語で話しかけていく。それに対してせんべい丸が○とか×とかを手で作ってリアクションをしていくんだが……×ばっかりだな。
しばらくしてセナに何かを言われたらしいせんべい丸がどさりと床に崩れ落ちる。めっちゃ落ち込んでんじゃん。あれ、泣いてんじゃねえか?
そんなせんべい丸に声をかけるどころか振り返りもせず、セナがこちらへと戻って来た。
「駄目だな。日本語以外はほぼわからないようだ」
「いや、それはいいけどよ。お前、何言ったんだよ? あいつ落ち込んじまったぞ」
哀愁の漂う姿で床に伏したまま動かないせんべい丸を指さすと、セナもそれを追ってその姿を見た。そして小さく首を傾げる。
「特にひどいことは言っていない気がするが」
「いや、でもあれだけ落ち込むって早々ないだろ。少しは優しくしてやれよ」
「本当に厳しいことは言っていないぞ。私は“透と同程度だな”と言っただけだ」
「おい、ちょっとせんべい丸。俺と同程度って言われて落ち込むってどういうことだ?」
ピキピキっとこめかみがひきつるのを感じる。さっきまでの俺の気遣いはなんだったんだろうな。
「ちょっとオハナシしようぜ」
「……」
椅子から立ち上がりせんべい丸の方へとゆっくりと歩いていくと、即座に立ち上がったせんべい丸が視線をさまよわせた。コアルームに逃げる場所なんてほとんどねえからな。こんな袋の鼠状態でふざけたことしやがった自分を嘆くんだな。
そしてあと少しで手が届くといったその時、せんべい丸はくるりと身を翻し、脱兎のごとく1つの扉に向かって逃げ出した。
「あっ、待て!」
その言葉に従うはずもなく、せんべい丸は扉の中へと消えていく。食事を食べる前まで俺がいた部屋、人形たちの待機部屋へと。
確かにあの部屋なら広いし、身体能力に差がありすぎて俺にせんべい丸を捕まえることなど出来ないだろう。実際何度か待機部屋で逃げ切られたこともあるしな。しかし……
「ふふっ、いつもと同じだと思ったのがお前の運の尽きだ。今日は人形たちの修復はもう終わってんだよ。数の暴力ってやつをじっくり味わうといい」
「なにやってんだか……」
意気揚々と部屋へと入っていく俺の背後で、セナがやれやれとばかりにため息をついていたが関係ねえ。本格的な言葉の調査はどうせ人がいなくなる夜まで出来ねえんだ。それまでにしっかりと上下関係ってやつを思い知らせてやる。
覚悟しやがれ、せんべい丸!
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