第113話 一括修復への挑戦
セナにダンジョンの管理を任せて俺はコアルームの手前にある1つの部屋に入っていく。ここは元々人形たちの待機場として作っておいた小部屋だったんだが、人形たちの数が増えていくにつれて拡張していき、今は小学校の運動場くらいの広さになっていた。
現在この部屋には誰もいない。今日の人形修復をまだしていないから当たり前なんだけどな。
基本的に俺の初心者ダンジョンでは人形たちの勤務はお茶会の会場なんかを除いて1日単位の2グループによる交代制になっている。まあ倒されなかった奴はそのまま継続して勤務になるんだけどな。
うーん、生き延び続ける限り働かされ、倒された時だけ1日の休息が得られるって、言葉にすると相当ブラックだよな。夜はダンジョンに入ってくる奴がいないから休憩はあるにしても。
とは言え最近はフィールド階層にいる人形たちのほとんどが毎日やられちまうからほぼ2交代制といっても良いだろう。
普段<人形修復>はコアルームで行って、何か異常があった場合にもすぐに対応できるようにしているんだがそんなことは滅多に起きないし、起きたとしてもセナがいればほとんどのことには対応できるだろうから大丈夫だ。さすがに1度に複数体の人形を修復する練習をするなら広い場所の方が良いしな。
しかし一度に複数の<人形修復>か。
基本、俺がいつも<人形修復>する時にイメージしているのはハンドメイドの人形造りだ。対象の人形を思い浮かべて、パーツの整形、結合、仕上げって感じの流れを頭の中で行うことで<人形修復>をタブレットを用いずにしているって訳だ。
床に腰を下ろしてあぐらをかき、俺たちのために働いてくれたパペットへ感謝しながらそのイメージを作り上げる。
「とりあえず2体から行くか。<人形修復>」
両手を前に差し出して、その片手ずつで人形造りを行っていくイメージをする。しばらくしてそれぞれの手の前にパペットが現れた。
「よし。……これは出来ると思っていたんだよな。っとと、悪いな。お前たち、ありがとうな。明日まで待機だから適当に過ごしていいぞ」
そのまま検証に頭がいってしまいそうになったが、すんでのところで思い出してパペットたちに感謝を伝える。人形たちへの感謝を忘れちまったらタブレットでやるのと変わらねえからな。
パペットたちはこくりと頷くと俺の前から離れて部屋の隅の方へと歩いていった。好きに過ごして良いと言ってもいつも特に何をするでもなく体育座りして待機しているんだけどな。自分で動くことが出来るとは言え、そういうところがちょっとサンとかとは違うんだよな。
「次は3体だ。<人形修復>」
先ほどと同じように、ただ人形の数だけを増やしてイメージを行って<人形修復>をする。イメージに問題はなかったはずだ。しかし俺の目の前には2体のパペットしか現れなかった。まあいきなり成功するはずがねえよな。
それから2時間ほど3体同時の<人形修復>が出来ないか検証していたんだがどうやってもそれは不可能だった。と言うかできる気配すら全く感じられねえ。
「やっぱ、俺の中のイメージの問題なんだろうな」
何もない天井を見上げ、ふぅーと息を吐く。2体同時に出来るようになったと言うことは同時修復が出来るようになったということに他ならない。だがそれ以上ができない。
俺がイメージしているのは手で直接加工する人形造りだ。そして俺の手は当たり前だが2本しかない。だから2体以上の<人形修復>が不可能なんだろうな、きっと。そもそも通常人形造りを片手で行うことなんてしないから、2体同時に出来るようになったこと自体がすごいことなのかもしれんが。
「手がいっぱいあればなー。千手観音なら最大千体まで出来るのか? いや、でも千手観音像に手って千本もなかったよな」
コキコキと首を鳴らして固まった体をほぐしながら現実逃避気味に思考を飛ばす。そもそも俺は千手観音じゃねえから出来るはずがねえんだけどな。うーん、このままじゃ無理そうだしちょっと発想を変えるしかねえよな。
「大量生産するイメージってことだよな」
大量生産って考えると最も先に思いつくのが工場やなんかの機械による画一的な製造だ。普通におもちゃ屋とかで商品として売られている人形なんかだな。とは言え最近は細かいディテールなんかが求められるようになってきたことで全部機械じゃなくて人の手が入っていることも多いんだけどな。ってそれはどうでも良いか。
うーん、とは言え俺は機械じゃねえし、工場ってのも俺のイメージと違うんだよな。俺自身が個人の製作者だし。そう考えると一度に大量の人形を作る方法ってのは限られてくる。その中でも俺の中でイメージがぴったりとくるのは……
「やっぱモールドだよな」
言葉に出して呟いてみたが、やっぱりこれが一番しっくりくるな。
モールド、別の言い方で言えば型のことなんだがこれは同じ姿の人形造りの方法としては一般的なものだ。型の種類は石膏、金属、シリコンなんかと様々だし、造れる人形の種類も陶器人形やレジン人形、ソフビや俺が主に造っているような粘土の人形なんかと幅広い。全身じゃなくっても人形のパーツなんかを造る場合に便利だしな。実際俺もドールアイとかに使ってるし。
モールドを使った人形造りは大まかに言えば、まず原型を作成して半分ずつ型取りし、出来たモールドに人形の素材となる材料を流し込んだり詰め込んだりって流れだ。あとはその素材が固まったら型を取り外せば大体の形の出来上がりって訳だな。
もちろんそこから最後の仕上げとか着色とかがあるし、同じ型のはずなのに微妙に表情とかが違ったりしてこれはこれで奥深いんだよな。原型より良い表情の奴とかが出来たりする奇跡も稀に起こるし……と、まあ今はそこじゃねえよな。
俺が普段使うモールドはパーツごとだ。だが今回は全身の型をとるイメージが必要だ。パーツごとに想像してくっつけるイメージだとまた2体しか出来ねえような気がするし。
とは言え全身を形取ると動けないような気も、それにパペットってそもそも木だしな……
「〈人形修復〉。……ちっ、駄目か。いや、でも……」
試しにモールド成型をイメージした〈人形修復〉をしてみたが結果は失敗だった。俺の目の前にはパペット1体さえ出てきていない。しかしなんとなく行けそうな手応えはあった。余計な雑念が入ったから失敗した感じだ。
「ふぅ、よし!」
息を吐いて心を落ち着け、ゆっくりと目を閉じる。
余計な考えは捨てろ。素材がとか、動きがとか、バリがとかは今は必要ない。俺の頭の中なら全ての人形造りは思いのままだ。出来ないことなんて、何もない!
モールドに素材を、パペットたちの魂を流し込むイメージ。それは確かに注がれていき、そして確かに固まっていく。魂が徐々に形づくられていき、そして命を持った俺の子どもたちが産声を上げる。
「〈人形修復〉!」
イメージがピッタリと重なった瞬間、自然とその言葉が口から出た。そして目を開けた俺の前には3体のパペットが現れていたのだった。
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