第11話 初心者ダンジョンの構想
ダンジョンから2人の警官たちが出ていったことを気配で察したセナが立ち上がる。そして体をほぐすように動かしながら部屋を出ると先ほどの突きあたりまで歩いていった。
つるはしを壁に振り下ろしていたパペットたちは既に動きを止めており、その間を通ってセナがそのつきあたりの壁の隅へ行き、座り込んでごそごそと壁を触っていく。しばらくしてセナの前の壁に10センチほどの隙間が空き、そこにあったスイッチを押すと突き当りの壁の中央に通路が現れた。
そしてセナは迷うことなくその通路へと入っていくとその姿を消し、そして現れた通路もしばらくして消え失せ見えなくなった。
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「帰ったぞ」
「お疲れさん」
帰ってきたセナを立ち上がって迎える。今回の殊勲は間違いなくこいつだからな。というか俺は監視用のタブレットでセナが警官たちを案内するのを見ていただけで他には何もしてねえし。
セナが得意げな顔をしながらふっと息を吐く。
「どうだ。私の演技は? なかなかのものだっただろう」
「確かにな。特に死んだふりとかは迫真だったな」
「だろう。敵兵に見つからないように味方の亡骸の下で息をひそめたものだ。あれはひどい戦場だった」
からかうつもりでかけた言葉に対して返ってきた思わぬ言葉に苦笑を浮かべる。まあ深くは突っ込まないでおこう。事実にしろ妄想にしろ聞いていて気持ちの良い話じゃねえだろうしな。若干セナの表情から哀愁を感じられるのが怖いしな。
小さく首を振りそのことを頭から振り払い気持ちを切り替える。
「ともあれとりあえずの目標は達成だな」
「そうだな。今後の動向次第ではあるが近日中に動きはあるだろう」
「あと6日か」
「まあ私たちのように早く出現させるダンジョンマスターもいるだろうけどな」
セナと2人で現状を確認しあう。とは言えここまで来てしまったからには出来ることはほとんどない。待つことが仕事みたいなもんだな。何もしていないように見えても俺は仕事してるんだ、ニートじゃねえし。
何となく居心地が悪かったのでタブレットでダンジョンの様子を眺めていく。既に警官たちは出て行ってしまったし他の侵入者なんているはずもないから変わったところはない。しかし自分の作ったダンジョンを眺めるだけでもそれなりに面白いもんだ。
俺たちの作ったダンジョンはいたってシンプルだ。3つの部屋が直線の通路によって繋がっている構造で串だんごのような形をしている。まあその先端にパペットたちの待機部屋やこのコアルームがあるわけなんだが、はっきり言ってダンジョンと呼べないような簡単な造りだ。
ダンジョンに入って最初の部屋は待機部屋だ。ここでセナのように侵入者の応対をしたりする予定でモンスターを配置する予定はない。いわゆるセーフティゾーンってやつだな。
個人的にはこのダンジョンに入る奴を管理するための受付とかが出来てくれれば良いなあとは思うがまあ作るのは俺じゃねえからどうなるかは不明だ。
で、次の部屋がモンスターと言うかパペットと戦うための部屋だ。ここには常に1体のパペットがいてそいつと戦う事が出来る。倒されたら奥の待機部屋からパペットが補充される予定だ。
モンスターを倒すと人類はステータスを見ることが出来るようになるらしい。これがダンジョンを攻略するうえでの肝となるので実際はモンスターとの戦闘というよりもステータスを見ることが出来るようにするってのが本当だな。
3つ目の部屋にはダンジョンコアが置かれている。とは言えこれはもちろん俺たちのダンジョンのコアではなくDPで購入可能なフェイクコアというものだ。
フェイクコアにも種類があって本物のダンジョンコアで出来るダンジョンの改変などの機能の一部を持つ子機のようなものやコア間を瞬間移動出来るなんてものもあるんだが、俺が買ったのは最も安いただそれっぽく光るだけの飾りだ。なので取られたとしてもこのダンジョンにはかけらも影響はない。
いや、影響はあるか。何の機能もねえのに1,000DPもかかったしな。あまりの高額さに思わず躊躇しちまったくらいだからな。絶対に必要だったから仕方なく買ったが、ただのオブジェクトのくせしやがって。
攻略できない初心者ダンジョンを作るとセナに大見えを切ったからな。失敗なんてしたら俺を信じてそれに従ってくれたセナに顔向けが出来ねえよな。
危険な任務をやり遂げたことに満足そうなセナの可愛いどや顔を眺めながらあの時のことを俺は思い出していた。
「で、具体的にどんなダンジョンにするんだ?」
「そりゃあ、もちろん初心者ダンジョンだからな。誰でも簡単にクリアできるような……って最後まで話を聞け!」
誰でも簡単にクリアと言った瞬間にどこからか取り出したメリケンサックを手にはめようとしだしたセナを慌てて止める。さっきまでは何も持っていなかったはずなのにどこから取り出しやがったんだ、こいつは。
「大丈夫だ。こいつで殴ればお前の頭もいくらか回るようになるだろう」
「それ、棘がついてんじゃねえか! 頭が回る前に血が噴き出すわ!」
「おっ、そんな特技もあるのか。ぜひ見せてくれ」
「特技じゃねえし。とりあえず聞けよ」
しぶしぶといった感じでメリケンサックを外すセナの姿にほっと胸をなでおろしていると、目を離したつもりはなかったのにいつの間にか手にあったはずのメリケンサックが消えていた。タブレットを取り出した時もそうだったがどうなってやがんだ? でも突っ込まねえ、絶対に突っ込まねえからな。なぜか性犯罪者のように扱われるからな。
はあ、と小さく息を吐いて気持ちを入れ替える。
「セナは俺たち最初のダンジョンマスターが2代目以降のダンジョンマスターに比べて有利な点って何だと思う?」
「聞けと言っておいて質問するとは礼儀がなっていないが……まあ透だから仕方がないな」
やれやれとわざとらしくため息を吐きつつそんなことを言ってくるのでぴきびきっとこめかみがうずくが我慢だ。ちらっ、ちらっとこちらを見てやがるからわざとおちょくろうとしてやがるのは確実だからな。
しばらくしても俺が反応しないため諦めたのか、ふんっ、鼻で笑うとセナが表情を引き締める。
「クラスやダンジョンの場所を選択できることだな。次世代のダンジョンマスターは適性のあるなしに関わらず前ダンジョンマスターのクラスを引き継ぐし、場所も決められているらしいからな。まあ同時にダンジョンが攻略されでもしたら別だが」
「えっ、マジでそんな感じなのか?」
「そう言えばどこかの愚か者はそのメリットにありつけていないらしいがな」
「ぐっ」
その言葉にぐうの音も出ない。誰のことをセナが言っているかは当事者である俺が最もよく知っているしな。確かに自分の好みや適性を見ながらクラスを選べるのはかなりのメリットだし、場所だって危険性の少ない場所やDPが稼げそうな場所を選べるのは確かに有利と言える。
でもいいんだよ。【人形師】のクラスは気に入っているし、警視庁本部前という立地だって俺の構想では最高に近い場所なんだからな。
「まあその反応を見る限りこれらはお前の言う有利な点ではないらしいな。うーん、人類のレベルが低いことか? 2代目以降ではそれなりのレベルの者もいるかもしれないしな」
「あー、モンスターを倒すとレベルが上がるんだっけ。マジでゲームみたいだよな。確かにそれも有利かもしれねえけど俺の考える最も有利な点ってのは……」
セナの目の前でもったいつけるように人差し指を立てる。
「ダンジョンを知らないってことだ」
「ふむ、続けろ」
「まあ言いかえるとダンジョンの定義が無いってことだ。つまりこれから現れる俺たちのダンジョンがダンジョンというものを定義づけていく訳だ。という事は逆に言えば今ならどんなダンジョンだろうとそういうものがあるのかもしれないと受け入れられる可能性が高い」
セナに説明しながら自分自身でも考えをまとめていく。構想は浮かんでいる。しかしそれでも確信があるわけじゃない。だからこそ話しながらも何かないかと模索する。人に話しているうちに思い浮かぶことだってあるだろうしな。
セナは腕を組んでこちらをじっと見つめている。眉間にちょっとしわが寄っているので俺の発言についてセナなりに考えているんだろうが今は聞くことに徹するようだ。
「だから俺は本当にチュートリアルなダンジョンを造ろうと思う。ダンジョンに初めて入る奴のための訓練所みたいなもんだな。モンスターとの戦い方とかダンジョンの攻略方法なんかを知ることが出来るんだ。もちろんチュートリアルだから死んでも生き返るぞ。まあ正確には俺がDPで生き返らせるんだが」
セナに向けて身振り手振りを加えながらダンジョンの構想を語っていく。話していくうちにだんだんと具体的なダンジョンの形も見えてきた。俺たちが生き残るためのダンジョンの形が。
DPを稼ぐには人を殺すのが手っ取り早いってのは無理やり入れられた知識で知っている。セナが言っていたように何を賭したとしても叶えたいものがある奴らがダンジョンマスターに選ばれたのだとしたら人を殺さないって選択はしないだろう。
だが俺には記憶がない。逆に言えば叶えたいものなんてないのだ。だから俺は他のダンジョンマスターが取らない選択が出来る。人を殺さないという選択が。
まぁ、正確に言えばなるべく人を殺さないってことになるんだけどな。俺たちの目的は死なないことだからもし殺されそうになったとしたらきっと俺は躊躇せずにそいつを殺す。だって死にたくないからな。いわゆる正当防衛って奴だ。
人を殺さずにDPを貯めるのは難しいが、俺のダンジョンが本当に初心者ダンジョンだと認識されてしまえば人は絶対にやって来る。人類はダンジョンっていう試練と向き合っていかなければならなくなったようだしな。そうしてやって来る奴らからもらえる少しのDPをこつこつと貯めていけば少なくとも生きてはいけるはずだ。
そうしている間に俺が生きている意味って奴も見いだせるかもしれないしな。
「って感じだな」
大まかな話を話し終えセナの様子をうかがう。セナは「ふむ」と小さく呟くと目を閉じて考え始めた。待ってみるがなかなか目を開けない。なんていうか研究発表の後の講評を待っている時のようでドキドキするな。
そしてしばらくしてセナが目を開け、そしてこちらを真っすぐに見た。
「透、お前の案には重大な欠点がある」
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