第107話 面倒な店員
杉浦の問いかけに面倒くさそうに煙を吐き出し、青虫がキセルでカウンターの隅に並べられた樽を指し示す。そして何か言葉を発するかのように口を開いて一瞬固まり、そしてそのまま面倒になったのか再びパイプをくわえて突っ伏した。えぇー! と言わんばかりの顔で見つめられているがそんなことお構いなしだ。
いや、一応交換所で働くから話せるようにしてあるんだけど意味がねえな。
「この中にポーションが入っているってことー?」
興味津々な様子で樽へと向かっていった桃山がその樽についている取っ手へと手をかける。さすがにそのまま開くようなことはしねえよな。こいつの考えはよくわからんが仮にも警官だし。
少しハラハラしながら事の推移を見守っていると、青虫が再び水キセルを外して口から煙を吐きながら面倒くさそうにコンコンとカウンターを叩いた。その次の瞬間、青虫が座っていたキノコの椅子の後ろにある扉がバタンと勢いよく開き、白い物体が飛び出す。いきなりのことに皆が身構える中、それは高らかに右手を上げた。
「はいはいはいはいー。呼びましたかー青虫ちゃん。あれっ、なんで私出てきたんでしたっけー? まっ、いっか。じゃさよならー」
「待って」
「ぐえっ! ひどいですよー、首にキセルを引っ掛けるなんて。キセルから出る煙で私の羽が白くなっちゃったらどうするんですかー。あっ、私の羽って元々白かったんだ。良かったー。じゃ、そういうことで」
「帰らない」
「ぐえっ」
突然の登場に唖然とした表情で皆が見つめる中、青虫とまるで噛み合わない漫才のようなやりとりをしているのは青虫と同様に顔だけが出るような真っ白なハトの全身の着ぐるみを着た人形だ。
不思議の国のアリスでも青虫とハトは同じ章に出てくるし、送られてきた衣装も着ぐるみで同じだったからコンビとして交換所を任せたもう1人の交換所の店員だな。
うん、今更ながらこいつらに交換所を任せて良かったのかちょっと考えちまうな。悪い子ではないんだけど、客商売には向かねえんだよな。だから任せたっていうところもあるんだけどよ。
「客来た。説明」
「あっ、本当に来てるねー。いらっしゃいませー。ありがとうございましたー。またお越し下さい」
「いや、このポーション(樽生)は何かを教えてもらいたいのだが?」
深々と頭を下げて会計後の挨拶をし始めたハトへ杉浦がなんとも言えない表情をしながら指で樽を指して再び問いかける。ハトは首をコテンと倒し、そして樽へと視線をやるとポンと手を打った。
「それは樽ですよ!」
「いや、それはわかっているんだ。つまりこの樽の中にポーションが入っていて自分たちでそこのコップに注ぐということで良いのだろうか?」
「招待状25枚と交換できるよー」
「とりあえず肯定ということで良いのかな。ちなみにこれは別の容器に詰め替えても問題はないのかな?」
「支払いは青虫ちゃんに渡してねー」
「特に問題は無いということかな」
おぉー、会話が全く噛み合っていないにも関わらず話が進んでいく。とは言え強引に話を進めている印象じゃなくってハトの受け答えの様子から返答を推察していっている感じがするな。
なんというか慣れているようだし、杉浦はこういった脳内補正が得意なのかもしれねえな。そう言う奴が身近にいるってことか? それはそれで大変そうだけど。
ハトの受け答えである程度、自分の考えに自信をつけたらしい杉浦が、傍らにいた牧へと視線を向ける。
「牧」
「おう」
杉浦の短い呼び掛けに牧が応じ、招待状の束を青虫の前のカウンターへ置いた。青虫がのっそりとその招待状を手に取り、見えないようなスピードでそれをめくって枚数を数え始める。そしてそのまま自分の座っているキノコの軸に空いた穴へと放り込むとぐでっと再び突っ伏した。
「1杯」
「どうぞですってー」
「あっ、ああ。桃山さん、お願いできますか?」
「はいはーい」
桃山がコップを手に取り、そして取っ手をひねると樽から突き出たその口からポーションが流れ落ちていった。そして桃山がコップの8割ほどたまったところで取っ手を戻し、最後の一滴がぽちゃんとコップへと落ちた。
「まず間違いはないはずだが、とりあえず効果を確かめるぞ」
そう言うが早いか牧が自分の腰につけていたナイフを引き抜きそして指先をピッと切った。切れた指から赤い血かじわじわと盛り上がっていく。
「うわっ、マジかよ。躊躇なく自分の指を切りやがった」
「んっ? 別にあの程度怪我の内にも入らんぞ。ここはジャングルなどの劣悪な環境でもないから傷が化膿することもないし」
「いやっ、それはそうかもしれねえけどよ……」
セナは当たり前のような顔をしているが、普通自分の指を切ろうとしたら躊躇するだろ。確かに言い分はわかるし、俺だってあのくらいの傷なら我慢出来るだろうけどよ。
牧は桃山からポーションの入ったコップを受け取ると指へと少し振りかけた。ポーションによって血を洗い流されたその指にはもう傷跡は残っていない。まあ本物なんだから当たり前だな。
このポーションはファムがフィールド階層の素材から作成した物だ。最初は瓶をDPで購入して詰めて宝箱用にしようかと思ったんだが、作業が面倒くさすぎた。
パペットたちが出来れば楽だったんだが素の状態だと良く失敗したしな。〈人形改造〉するって手もあったんだがせっかく交換所も始まる予定だったし、その目玉商品も欲しかったからこっちで活用することにしたのだ。だってこっちなら樽に詰めるだけで後は勝手に自分たちでやれ、で済んじまうし。
ポーションとかの回復アイテムの需要は高いからあっちも欲しがるだろうし、俺たちにしても素材は無料で手に入って一度にそれなりの量が出来るから手間もそこそこでDPもほぼかからずリーズナブル。お互いにWinーWinの関係ってやつだ。
ふぅ、とりあえず本物って信じてくれただろうから、これをモチベにしてこれからも頑張ってくれれば……そう思ったのだが、画面に映る杉浦たちの表情はいつの間にか深刻そうなものへと変わっていた。
「何かあったか?」
「いや、特には気づかなかったが」
画面を見ていたセナが小さく首を横に振る。特に何の変哲もないポーションのはずだぞ。俺にとっちゃあファムが手作りしたプレミアムポーションだがこいつ等はそんなこと知らねえし。
俺たちが訳もわからず見続ける画面の先で、ふぅ、と杉浦が息を吐いた。
「上の判断を仰ごう。牧、そのポーションを詰めてついてきてくれ。他の者は休憩後、任務を続行してくれ」
そう言い残すと、難しそうな顔をしたまま杉浦と牧はダンジョンを出ていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
感想返しが遅れていてすみません。
地道にコツコツ更新していきますのでお付き合い下さい。
ブクマ、評価、感想などしていただけるとやる気アップしますのでお気軽にお願いいたします。
既にしていただいた方、ありがとうございます。励みになっています。