第10話 チュートリアルの次は?
「「……」」
倒れている少女の人形を何とも言えない表情で2人の警官が眺めていた。そしてゆっくりとそちらへと近づいていく。
その透き通った紫の瞳は閉じられて見えなくなっており、まるで眠っているかのようにも見えた。もちろん少女の人形はしゃべることも身動きすることも無い。その当たり前の事実にどこか寂しさのようなものを2人は覚えていた。
「どうする? 一応持っていくか?」
「そうだな」
警官が少女の人形へと手を伸ばす。証拠は出来る限り多い方が良いというのは事実だったがこの少女の人形をこのままここに置いておき、朽ち果てさせることはためらわれたのだ。
そしてその手が少女の人形へと触れようとした瞬間、その瞼がぱちりと開きアメジストのような綺麗な瞳がライトの光を反射した。
「女の体をむやみに触れないでもらおうか」
「なっ!」
動きを止める警官をよそに少女の人形がさも当然のような顔をしながら立ち上がり、体についた土をぱんぱんと払う。その動きと連動するかのように光が戻っていきダンジョンは先ほどまでのようにライトが必要ないほどに明るくなった。
「どういうことだ? 攻略したんじゃないのか?」
動揺を隠しきれずに問う警官へと少女の人形が視線を向ける。そしてこてんと小首を傾げ不思議そうな顔をした。
「攻略したぞ。ダンジョンコアを奪えばダンジョンはすぐに消滅する」
「消滅してないじゃないか!?」
「何を言っている。ここは初心者ダンジョンだぞ。他の者にもチュートリアルを受けさせる役目があるのだ。消えるはずがないだろう。それよりそのコアを返せ。後の奴が困るだろうが」
両手を伸ばす少女の人形に警官が困惑した表情のまま持っていたダンジョンコアを渡す。少女の人形は受け取った体勢のまま中央の黒い木の幹へと近づいていきダンジョンコアをそこへと戻した。そして再びダンジョンコアが明滅を始める。
「これで良し。ではこれで現状のチュートリアルは終了だ。報酬を受け取って帰ると良い」
「報酬?」
「あれだ」
少女の人形が指さす先へと警官が視線を向けるといつの間にかそこに2つの宝箱が置かれていた。宝箱と言っても装飾を施されたような豪華なものではなく、木と金属で作られた半ば箱のようなものだったが。
2人は宝箱へと近づいていき、そして少々警戒しつつもそのふたを開ける。そして中に入っていた物を取り出し、けげんな表情をした。
「棒?」
入っていたのは60センチほどの長さの何の変哲もない木の棒だった。警棒と同じ程度の太さで握りやすいがそれ以上これといった特徴はなかった。
不思議そうに棒を眺めたり、振ったりする警官たちに向かって少女の人形が説明を加える。
「ダンジョン産の木の棒だ。これならモンスターへ普通に攻撃を加えることが可能だ。まあ威力はお察しだがな」
「モンスターと戦う時はこういうものを使えという訳だな」
「そうだな。さぁ、報酬を受け取ったらさっさと帰れ。帰って報告とやらをすると良い。残された時間はあまりないぞ」
そう言い残して少女の人形は通路の奥へと向かって歩き始めた。まるでチュートリアルを終えた2人には興味の欠片もないかのように振り返りもせずに。その姿をしばらく警官たちは眺めていたがその姿が消える前に1人の警官がその背中へと声を掛けた。
「その先には何があるんだ?」
少女の人形がびくりと体を止め、そして振り返る。
「私たちの待機場所と新しいチュートリアルのための区画だ。今は何もないが……見たいのか?」
「確認させてもらって良いか?」
「……付いて来い。面白いものはないがな」
少女の人形が再び向きを変え通路の奥へと進んでいく。その後を警官たちは宝箱から出た木の棒を手に持ちつつ慎重に付いて行った。
少女の人形の後を付いていった警官たちであったが、少女の言葉の通り面白いものがある訳では無かった。通路のわきに作られた小部屋にパペットが8体並んで立っていたくらいだ。一瞬警戒を強くした警官たちだったがそのパペットたちは警官たちを見ても動く素振りすら見せなかった。
そしてその部屋から出て通路を進んでいき、ついに突きあたりへと到着した。そこでは2体のパペットが壁に向かってつるはしを振り下ろしていた。
「何をしているんだ?」
「新しいチュートリアルの区画の作成だ。ダンジョンには罠があるからな。それに慣れるためのチュートリアルが必要だろう。時期が来たら出来るようになる」
「時期とは?」
「時期は時期さ。さあ帰ると良い。時間は有限だぞ」
少女の人形はそう言い残すと今度こそ警官たちを無視して先ほどの人形たちの待機部屋へと向かい、そしてパペットたちの横へと座り込むと瞳を閉じ動きを止めた。その様子を確認した警官たちは報告のために立ち去ろうとし、そして部屋を出る直前に思い出したように振り返って少女の人形へと敬礼をした。
そして部屋を出て警官たちが去っていく。少女の人形の口角が上がりニヤリと笑っていることに警官たちが気付くことはなかった。
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