第1話 ダンジョンの始まり
(君たちに望むのは人類へと試練を与えること。その力は既に君たちの中にある。そしてその報酬は君たちが心から望むものだ)
それだけを言い残して頭の中の声は消え失せた。
うん……意味わかんねえな。
っていうかここどこよ。なんもない真っ白な空間なんだけど。天国? 天国にしては殺風景すぎんだろ。俺一人しかいねえし。頭の中で声が聞こえるなんて神様っぽいけど……男なのか女なのかわかんないような声だったしなぁ。
まさか本当に死んだとかじゃねえよな?
腰を下ろして地面? を触ってみるがなんというかふわふわしている。毛糸のセーターみたいな感じといえばいいのか?
めっちゃ歩きにくそう。はっきり言ってこんな場所に見覚えはないっていうか……
「そもそも俺、誰なんだ?」
この場所どころか自分が誰かさえわからず途方にくれた俺は、大の字に寝転がり真っ白な何もない空を見上げた。地面が柔らかくて結構良い寝心地だった。
「はっ、だめだ、だめだ。危うく寝るところだった」
しばらくぼーっと白い空を見つめていたのだがふわふわとした感覚と変わらない真っ白な空というのはかなりの催眠効果があるようだ。
おのれ孔明め!
「馬鹿なことを考えてる場合じゃねえか。状況を整理しないとな」
とりあえず自分が誰かは思い出せないのでこれは放置するしかない。孔明とか一般的な基礎知識は覚えているから当面は問題ないしな。記憶を無くすなんて一昔前に流行った漫画や小説のようだと思わなくもないが……とりあえずしまっちゃお、ってやつだ。
とは言え状況を整理するといっても、手がかりになるのは頭に響いた声くらいしかない。ええっと確か……
「人類に試練を与えろ、だったか。力は俺の中にあって、報酬は心から望むもの。そういえば君たちって言ってたような気がするな。俺以外にもいるってことか?」
キョロキョロと周囲を確認してみるが俺の他に人が居るようには見えない。まあ真っ白な空間がどこまで広がっているのかわからんから見えないくらい遠くに居るのかもしれんが。
人を探して歩き回るってのは無しだな。めんどいし。
っていうか試練を与えろって何だよ。要望が抽象的すぎてよくわからん。試練って言葉自体普段使わねえだろ。なんとなく高い壁とか苦難だろってのはわかるんだが。
それに報酬は心から望むものって言われても記憶がないから何を望むのかわからんし。記憶が戻ることってのも違う気がするしな。
つまり現状の俺にとっては報酬なしのただ働きな訳だ。ワーオ、ブラック通り越して真っ白になりそうだぜ。目の前が真っ白にな。
「はぁ、とりあえず出来ることをするか。俺の中に力があるって……どうすりゃいいんだ?」
見たところ特に何も持っていない。服も紺のストレッチジーンズに白いシャツという何の面白みもない服装だ。ポケットの中を探ってもハンカチの1枚すら持ってねえし。エチケットはどうしたんだ、俺よ。
特にこれといったものはなさそうなので俺の中というのは俺自身の内面ってことか? ハハッ、眠れる力なんてまるでどこかのヒーローみたいだ。目からビームが出たりしてな。猫なのかアメコミなのか気になるところだが。
でも万が一と思って数秒試してみたが全く変化がないので仕方なく俺の中、自分の心へと意識を向ける。うーん、なんというか自分の心に語りかけるとかって中二病的な……
「ぐぅぅうう!」
声をあげ、頭を押さえて床の上を転がりまわる。痛い、熱い、気持ち悪い。自分の頭の中に自分以外の何かを無理やり突っ込まれて火箸でかき混ぜられたような猛烈な痛みを伴う不快感。吐きたいのに胃の中に何もないのか、えづくことしか出来ねえ。
「いぎぎぎぎ」
歯を食いしばり力の限り頭を両手で押さえつけて堪える。放置すれば針を刺した風船のようにパンッと割れてしまいそうだ。自分の中に入った異物が落ち着くのを必死で耐える。
どのくらいそうしていたのかわからないほど耐え続け、その痛みがある瞬間を境に嘘だったかのように消え去る。そして同時に自分ができることも理解した。しかし今思考の大半を占めているのは……
「はぁ、床が土とかじゃなくて白いふわふわで良かった。砂まみれになるところだ。ちょっと休もう」
疲れきった心と体を癒すために全身全霊をかけて床に転がるのだった。ぜってーふて寝してやるからな、この野郎。
「寝れん!」
うがー! と叫びつつ体を起こす。ふて寝してやろうと寝転んだわけだがうとうとは出来る。うとうとは出来るのだが最後の最後で意識が落ちない。自分の意思のせいと言う訳ではなく落ちそうになると無理やり邪魔されているような感じだ。
「はぁ、めんどいけどやるか。少なくともここから出れば邪魔もされねえだろ」
こんな場所へと連れ込んで睡眠さえも邪魔してくる奴に恨み節を呟きながらこきこきと肩を鳴らして立ち上がる。
とりあえず先ほどの拷問のような刷り込みですべきことはわかっている。どうやらダンジョンを作って人類に試練を与えると言うのが俺の役割らしい。
ダンジョンっていうのはいわゆるゲームとかでよくあるモンスターが出たり、宝箱があったりするアレだ。
ダンジョン作って試練になんのか、っていうか試練(物理)かよ、とか思わなくもないが、まぁそれしか出来ないのだからとりあえずは従うしかない。
で、ダンジョンを作る前段階、最初に行うのが使い魔の召喚らしい。こいつはダンジョンの運営を補佐する大事な相棒になる予定だ。いわゆるガチャのような不確定なものではなく数ある候補の中から選ぶことができ、しかも実際に会って性格が合わないと感じれば変更もできるみたいだ。
まあこれからずっと一緒に過ごすのだから相性は重要だしな。
「じゃ、やりますか。しかし……いや、ここには俺しかいないはずだ。恥は捨てろ。よしっ、いくぞ! サモン、サーヴァント」
顔が赤くなるのを我慢しつつ手を差し出してそう言うと掌から放たれた光が地面へと広がっていき、それが目の前で20メートルほどの魔法陣を形成していく。そして魔法陣が完成したと同時に白い光の柱が天へと伸びていった。
「おぉ、それっぽい」
何と言うか感動である。こんな演出つきとは思わなかった。まるで自分が大魔法使いにでもなったかのような気分を味わえるとは。
白い光の柱が徐々に薄くなって消え失せていき、そして完全に消失すると、魔法陣のあった場所の中央に先程まではなかった高さ30センチほどの人形が1つ現れていた。
「あれっ?」
選択肢があるはずなんだがな、と疑問に思いながらその人形へと近づいていく。
よくよく見れば人形と言うよりフィギュアと言った方が正しいかもしれない。緑の長い髪をサイドテールにした可愛らしい顔立ちをした女性のものだ。スタイルは良さそうな気はするのだが、いかんせんデフォルメされた2等身のボディなのでセクシーさなどは全くない。なぜか迷彩服を着ているのが気になるところだが。
素材としてはやっぱりクレイ系か? PVCじゃないしエポパテやポリパテとも違うだろうし。レジンでもないしな。
頬の赤みなどの着色も自然でまるで本当の人間をそのまま人形にしたかのようだ。下地塗りからヤスリがけを丁寧に行い、肌の色を自然に調整するために何度も塗り重ねたはずだ。そうして整えた上で化粧しているからこれほど自然なんだろう。
デフォルメされていながらもところどころに浮き上がって見える骨がアクセントになっていてこの人形の魅力を引き立てている。迷彩服の縫製も丁寧に細かく作ってあるし言うことなしだな。
そんなことを考えながら人形の前に立つと、閉じられていたまぶたがゆっくりと持ち上がり、アメジストのような透き通った紫の瞳がじっと俺を見つめた。
「貴様が私の主人の鈍亀か」
お読みいただきありがとうございます。
更新を楽しみにしていた現代ダンジョン攻略ものが終わってしまったのでその悲しさから書き始めてしまいました。
勢いで書いていますので誤字があったらすみません。