5歳-1 図書室
大陸の共通語であるシュベナ語のお勉強のため、オリビア先生とガブリエラと一緒に、城の図書室に赴く。
図書室といっても、一国の王城のものだから、城の一角にある3階建ての棟がまるまる図書室になっていて、生前の学校の「図書室」や市立の「図書館」とは比べ物にならないほど大きい。
壁に沿ってつくりつけられた書棚にびっしりと並べられた本は、難しい内容のものが多いけど、前世から本好きだったので、ずらりと並ぶ本にはわくわくする。
司書さんに案内していただいて、シュベナ語で書かれた小説本を数冊手にとる。
できれば恋愛モノがいいんだけど、司書にそう告げるのは恥ずかしい。
5歳児のくせにって思われそう……。
「お姫様がでてくるお話がいいわ」
なんとなく、恋愛要素がからんできそうだし。
リアル王女である私には、恋愛なんてまだまだぜんぜん縁が遠そうだけど。
「それなら、こちらや、こちらはいかがですか?」
司書さんがすすめてくれたのは、まだシュベナ語が上手ではない私でもなんとか読めそうな短編集だった。
パラパラと見ると、雷を操る異能を持ったお姫様が悪い龍を倒すお話や、仔馬に姿を変えて一目ぼれした王子様をさらうお姫様のお話があった。
なんか期待したのと違う。
けど、これはこれで気になるし、借りていってじっくり読もう。
「これをお借りしますわ。でも、もう1冊お借りしてもいいですか?悪い龍や、悪い人が出てこなくて、仲良しなお話がいいんです」
もっとストレートに萌えられる小説ってないのかなぁ。
それとも、お子様向けってことで、このセレクトなのかな。
直接的に「恋愛ものくれ!」と言えなくて、もじもじしながら司書さんにおねだり。
上目づかいで司書さんを見ると、司書さんはほほえましげに私に笑いかける。
「アンナマリア様は、お優しい方ですのね。お話の中でまで、みんなが仲良しがいいなんて。そうですね……、こちらはいかがでしょう?仲のいいお姫様と王子さまが、国中のおいしいものを食べに行くお話です。このお姫様と王子様は、実際にいらしたご夫婦なんですよ」
「それ、すっごく面白そう!それもお借りします!」
グルメ旅行記なのかな。
それもイチャラブなセレブ夫婦の。
よくそんな本、王城の図書室にあったなー。
嬉しいけど。
司書さんは、私の選んだ本を侍女のサラに手渡してくれた。
お母様よりもすこし年上のサラは、艶やかな黒髪の優し気な美人さんで、すごく華奢だ。
でも食べるのが大好きだから、グルメ旅行記本に興味をひかれたみたい。
司書さんから本を受けとりながら、タイトルを確認している。
……後で自分でも読むつもりなのかな。
「ガブリエラ様は、いかがなさいますか?」
司書さんは、棚を眺めていたガブリエラに尋ねる。
ガブリエラは、眉間にしわをよせて言った。
「このあたりの本は、わたくしには簡単すぎます。シュベナ語も読み書きには不自由しませんし、物語なら教養になる古典小説か詩をお願いします」
「ガブリエラ様は、記憶力は優れていらっしゃいますものね。古典は、すこし奥に配架しています。よろしければ、何点かお持ちいたしますが」
「いいえ。足を運びます」
「そうですか、ではご案内いたします。アンナマリア様は、こちらでお待ちいただけますか?」
司書さんに訊かれて、ちらっと護衛と侍女たちに目を向ける。
サラが小さく目配せしてくれた。
ここに残ったほうがいいという合図だ。
「わたくしは、こちらで待たせていただきます」
「かしこまりました。では、失礼いたしますね」
司書さんは礼をすると、ガブリエラと一緒に奥へと歩いていく。
その後ろをガブリエラ付の護衛と侍女がついていった。
「アンナマリア様、こちらのご本をお読みになってお待ちされますか?」
「ええ。それを読むわ」
選んだのはもちろん、グルメ旅行本だ。
机に本を用意してもらって、よいせっと本を開く。
なかなか厚みのある本なので、5歳児にはちょっと重いので、本が傷まないように丁寧にページをめくる。
サラと護衛はそっと壁際に移動する。
しんと静まり返った図書館の一室で、私はあっという間に本に夢中になった。
私のシュベナ語能力では、この本はちょっと難しいかなと思ったんだけど、中身の面白さはちょっとの語学力不足を補う。
3代前の西の大国ラーファンの王子と王子妃が、ぶらり魔物退治の旅に出て、道中のご当地グルメを楽しむ旅行記は、いろんな意味で面白かった。
田舎の旅籠で食べたという釣りたての白身魚をさっと湯通ししたやつとか、描写がめちゃくちゃおいしそうだったし。
じゃが芋のフライがおいしかったというくだりでは、フライドポテト食べたい!って強烈に思った。
城ではだされたことがなかったから、こっちにはない料理かと思ってたけど、どうも素朴すぎるからだされていないだけみたい。
城下ではパブとかで人気らしい。
そりゃね。
おいしいよね……!
グルメと恋愛は、めっちゃ心惹かれる。
ぐいぐい読んでいると、サラに小声で名前を呼ばれた。
「アンナマリア様」
「なぁに?」
本から目をあげると、サラは「お邪魔して申し訳ございません」と頭を下げる。
「クラウム大臣のご子息が、こちらにいらしているので、ご挨拶をと」
「クラウム大臣の?リアン様かしら」
「はい。リアン・クラウム様です」
リアンは、私より3歳年上の8歳の少年だ。
近しい年齢の子どもたちは、私やガブリエラのお友達候補としてちょこちょこ交流を持っている。
財務大臣の息子であるリアンもその一人。
でも、ギラギラしいオーラの他の子たちと違って、リアンは落ち着いてて、なんか好きなんだよね。
見た目も地味めで、ほっこりするというか、親しみがもてる。
そういえば、ときどき王宮の図書室に来ているって言ってたな。
サラに許可を出すと、リアンが侍従と一緒に顔をだした。
「アンナマリア様。お久しぶりです」
「ええ。リアン。2週間ぶりね」
答えれば、リアンはにこりと笑う。
ただそれだけなのに、彼の周囲から暖かな空気を感じる。
「時間があれば、かけてちょうだい」
リアンに椅子をすすめると、リアンは嬉しそうに私の隣の席に座った。