4歳
「さぁ、アンナマリア様。ガブリエラ様。お客様に、ご挨拶に参りますよ」
オリビア先生は、扉の前で私たちに言う。
「緊張します……」
私はドレスの胸元をぎゅっとつかんで、すぅ、はぁ、と深呼吸した。
オリビア先生は優しく笑って、私の手をとり、
「だいじょうぶですよ、アンナマリア様。エルン語も、あんなにお勉強したではありませんか。発音も、とてもお上手になられていましたもの。今日はわたくしもご一緒させていただきますし、ご挨拶だけです。いつもの舞踏会とかわりませんわ」
「はい……!」
今日は、私とガブリエラの外交デビューである。
すこし前に、お母様がおばあさまから王位を継がれて女王になられたからか、私たちにもこんな機会がまわってくるようになったみたい。
外交デビューのお相手は、隣国のエルンの大使のガーディナー伯爵。
お父様の親戚筋にあたる方らしい。
まぁ、私もガブリエラもチートに賢いとはいえ、まだ幼児。
外交なんてかっこつけても、舞踏会が始まる前にご挨拶をするだけなんだけど……。
それだけでも、めちゃくちゃ緊張する。
だって、今生は王女とはいえ、前世は普通の女子高生。
国王とか大臣とか大使とか、そういう偉い人はテレビの中にいるものって感じなのだ。
そりゃ、今の人生的には、母が女王ですし?大臣とかも、毎日顔をあわせている。
でも、今まで会っていたのは自国の人だから、私たちがちょっとボケたことしても許される雰囲気があるんだよ。
でもでも、外国の偉い人って、ミスったら大変なことになりそうで緊張する……。
「お姉様は、そのおかわいらしいお顔で、にこにこ笑っていればいいんですわ」
「ガブリエラ……」
考えれば考えるほど緊張してきて、手が震えていた。
するとガブリエラが、あきれたように言う。
「大使へのご挨拶は、わたくしがします。お姉様はただ笑っていてください」
「ガブリエラ……!」
私は、ぎゅっとガブリエラを抱きしめた。
「そうだね、そうね。ガブリエラが一緒だものね。わたくし、がんばります」
今日の私は、ガブリエラとお揃いのドレスを着ている。
あわい薔薇色の、ふわふわしたドレス。
私の髪は金、ガブリエラの髪はブルネット。
だけど瞳の色はおそろいの緑。
年齢は1歳年上だけど、私が華奢なのに対して、ガブリエラは骨格がしっかりしているから、見た目は同じ年齢くらいに見える。
中身は、もう争う気もなくなるくらい、ガブリエラのほうが頭もいいし、しっかりものだ。
エルン語だって、ガブリエラはもう古語も読める。
でも、私がお姉ちゃんなのだ。
ガブリエラはすこし生意気だけど、前世の弟みたいに暴れたり、私のものを奪ったりしない。
きついことを言っても、本当に私を傷つけることはしないようにしてくれているし、もし私が傷ついたら「ごめんなさい」って顔をする。
そういう妹なのだ。
だから、私もがんばってお姉ちゃんしないと!
「だいじょうぶ、ご挨拶もわたくしがするわ。……でも、ガブリエラはすっごくエルン語も上手だから、ガブリエラも一緒にご挨拶してね」
「お姉様……、わかりましたわ」
ガブリエラはツンと澄まして言うけど、頬がちょっと赤い。
うん、かわいい。
「よっし。女は度胸!プラス愛嬌!オリビア先生、心の準備はできました!行きましょう!」
気合を入れて、姿勢を正す。
ちっこくても、レディです。
ふわりと笑ってオリビア先生を見ると、オリビア先生もにっこり笑ってくれた。
「では、参りましょう。アンナマリア様、ガブリエラ様」
先生が合図を送ると、扉を固めていた兵たちが扉をあけてくれる。
「第一王女アンナマリア様、第二王女ガブリエラ様のご入場です!」
高らかに名前が告げられると、広間の人々の視線が集まる。
だいじょうぶ。
舞踏会でご挨拶するのは、初めてじゃない。
4歳児のかわいらしさを武器に、周囲の大人たちに笑いかける。
王女らしく、上品に。
でも、子どもらしさは隠さなくていい。
自分の倍くらい身長がありそうな大人たちがきらびやかに着飾ってる中を歩くのは、いつでも緊張する。
グランフィルドはお母様の威光が隅々までいきわたっているから、王女の私たちにもみんなが優しい。
でも、心の中では、みんないろんなことを考えているはずだ。
王家に対する批判や、国に対する批判。
それに私たち王女への品定め。
子どもだからという以上に、私はかわいい。
ふわふわの金の髪、お人形のように整った顔。ミルク色の肌。薔薇色の頬。
頭も、普通の子どもよりは賢い。
マナーもきちんとしている。
私は、かわいらしい王女として、この国で受け入れられている。
でも、それだけだ。
人々の視線は、先に立って歩く私には止まらない。
かわいらしく、小利口なだけの王女は、この国では重要視されていない。
みんなの関心は、私のすぐ後ろを歩くガブリエラのものだ。
濃く太い眉に、薄い唇。
知的な顔ではるけれど、かわいさも美しさも愛想もないガブリエラ。
けれど、そんなものは彼女の目を見張るような知性の輝きをすこしもかげらせはしない。
私たちがお母様たちのところまで歩いて行くと、お母様は背の高い男の人に紹介してくれた。
「エルンの大使、ガーディナー伯爵ナディス様よ」
「やぁ、これはかわいらしい王女様方でいらっしゃる」
ガーディナー伯爵は、お父様よりすこし年上の男性だった。
びっくりするほど背が高く、真っ白な詰襟が似合っている。
「ご紹介にあずかりましたエルン国のガーディナー伯爵ナディスです。アンナマリア様、ガブリエラ様」
「グランフィルドの第一王女アンナマリアです」
「第二王女のガブリエラです」
『このたびは、遠方からおいでくださり、ありがとうございます』
『お会いできたこと、嬉しく思います』
「おや。おふたりとも、エルン語が話せるんですね!お小さいのに、素晴らしい」
『ありがとうございます』
『わたくしたち、お隣の国ですもの。これからも仲良くしていただきたいと思っているのですわ』
私たちが口々にエルン語でご挨拶すると、ガーディナー伯爵は目を丸くして、褒めてくださった。
「グランフィルドの王女様たちは美しいだけでなく、目が覚めるほど頭がいいと伺っていましたが……なるほど、噂というのはいつも過剰に語られるものでもないんですね」
私は、うふうふと笑う。
ガブリエラも、わかりにくいながらも嬉しそうにしている。
「こんな王女様方かいらっしゃるなら、グランフィルドは次代も楽しみですね」
ガーディナー伯爵は、大げさな感じで言う。
だから、私も子どもらしく嬉しそうに笑った。
でも……。
「次代が楽しみだ」というガーディナー伯爵の目は、ガブリエラを捕らえていた。
噂。それは、どんな噂なのだろう。
ガブリエラは、かわいい妹だ。
でも。
私は、いつまで「グランフィルドの第一王女」と名乗れるのだろう。