折り紙ひとつ(4月12日)
日比谷花壇によれば、カタクリ。
花言葉は『初恋』です。
https://www.hibiyakadan.com/hanakotoba/m04.html
私が春野香子と出会ったのは、町の病院の大部屋でだった。
事故で右足を骨折してしまい、しばらく入院する事になったのだけど……同室の彼女の美しさに、私は胸が高鳴るのを感じた。
一目ぼれだった。だから、人見知りな私だけど、自分から『佐野ゆかりです。少しの間ですが、仲良くして欲しいです』と積極的に話しかける事にした。
その甲斐が有ったのか、『香子ちゃん』『ゆかりちゃん』と呼び合うようにはなれたけど、未だに告白するどころか、連絡先さえ聞けていなかった。
私はもう、今日で退院するっていうのに。
こんな事を幸いといってはいけないけれど、彼女はまだ入院が続くみたいだった。
病状は聞いてないし、お互いに気軽に動ける状態じゃなかったから、それぞれのベッドの上で話す位だったけど。
それでも、近い内にお見舞いに来ると約束して、私は病院を後にした。
退院後、2週間が経った。
本当はもっと早く行きたかったけれど、入院中に溜まっていた用事の関係で、どうしてもこの日になってしまったのだ。
久しぶりに香子ちゃんに会える。そう思ってドキドキしながら、私は病棟を訪れた。
だけど……そこにはもう、彼女はいなかった。
「転院……ですか?」
「そうよぉ。状態が悪化したらしくて、もっと大きな病院に移ったそうなの。まだ若いのに、可哀そうにねぇ」
そんな話を、私の後に入ったらしいお婆さんが教えてくれても、私は何も返せなくて。
ただ、空っぽになったベッドを、眺めることしかできなくて。
――もう、香子ちゃんには会えないんだ。
――私には、彼女を励ますことさえ出来ないんだ。
この広い世界で、偶然再会できる可能性なんて、無いに等しくて。
大きい病院と言ってもいくらでもあるし、探して回る事も出来ないから。
認識が追い付いてくるにつれて、あふれ出てくるものを、抑える事が出来なかった。
「あらあら、泣かなくても大丈夫よ。きっと、元気になって戻ってきてくれるから。今はそう信じて、祈ってあげましょう?」
「……知らないんです」
「何をかしら?」
「どんな病気なのか、だとか。いつから入院してたのか、だとか。入院前はどこに住んでたか、だとか。……連絡先も、聞けてなくて」
お婆さんからすれば、迷惑でしかないと思うのに。
それでも、想いを吐き出さずにはいられなかった。
彼女は、自分も大変な状態の筈なのに、優しく相槌を打ちながら、私の話を聞いてくれた。
それを有り難く思うと同時に、申し訳なくもなった。
あの時、勇気を出して聞いてみれば良かった。
そうしたら、また会えた筈なのに。
想いを伝えたかった。彼女の気持ちが知りたかった。
そんなことまで、つい話してしまう。
本当に、迷惑極まりないと思うけれど、それでもお婆さんの表情は優しかった。
「ねぇ、あなたの名前を聞いても良いかしら?」
「……? 佐野ゆかり、です」
そして、私の名前を聞くと、お婆さんはにっこりと笑って、こう言った。
「実はあの子とは知り合いでね、親友のお孫さんなのよ。それで、もし『佐野ゆかり』という女の子が来たら、渡して欲しいと頼まれているものが有るの」
「渡して欲しいもの、ですか?」
思わず、じっと彼女の瞳を見つめてしまう。
そんな私に、彼女は手招きをすると、ベッドのそばのロッカーを指さして、こう続けた。
「そのロッカーを開けてちょうだい。上から三段目の棚にある、封筒の中に、それはあるわ」
家に帰って、封筒の中身を再度見つめる。
それは、台紙に貼られた一つの折り紙だった。
カタクリの花……私が好きだと話したことのある、紫の花の折り紙ひとつ。
その花言葉は、『初恋』。
好きな花なのは本当だけど、ヘタレな私に出来る、精一杯の告白だった。
だからこそ、分かる。これが彼女の『答え』なんだって。
届くかも分からないのに、知人のお婆さんに頼んでまで、伝えたいと思った気持ち。
――私も、貴女が初恋の人でした。――
そんな言葉が、風に乗って聞こえて来たような気がした。
Wikipediaとか見て、ふと浮かんだ話にしました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%AA
尚、僕は骨折した事が無いので、どれくらいの期間を入院するのかは分かりません。
2週間位かなと思っているのですが、まぁSSですし気にしないで頂ければな、と。
ちなみに、最終的にはハッピーエンドになります。
いつか、中編とかで書けたら良いですねぇ(そんなのばっかり)。




